第2話窶れた男からの依頼

珈琲を飲み終えた二人は。


 「彩、俺はタクシーで来たからさ、先に会計を済ませてくるよ。お前は車なんだろ?」


「うん。じゃあ、店の前で拾うから、お願いね。」


「あいよ。」


 零士は会計済ませる為に店内に、彩は車を取りにそのままカフェテラスから出た。

 ドアを開け、店内に入ろうとしたその時、1人の黒いスーツ姿の女性と肩をぶつけてしまう。


「おっ!?」

「あっ!?」


 女性は手に珈琲の入ったプラスチック製の白いタンブラーを持ちながら友人と話しをしながら歩いていたらしく、零士に気付いていなかった。

 その為ぶつかった瞬間身体がよろけてタンブラーを落としそうになるが、素早く態勢を戻す。


(!?)


 その動きに零士は一瞬目付きが変わる。

が、いつもの癖が顔に出た事に気付き、表情を元に戻すと、零士は女性にぶつかった事をびた。

 「すいません。急いでいたもので、痛くなかったですか?」


 女性の方はまたやってしまったと言った感じの顔になっている。


「あ、大丈夫ですよ。私の方も友達と話してて余所よそ見してたからおあいこです。気にしないでください。」


 女性の後ろにサングラスを掛け、赤いニット帽を被りパーカー姿のラフな格好の友人の女性も、笑顔で会釈えしゃくする。


 その言葉を聞くと零士も少し笑顔になり、ぶつかった女性に会釈した後会計を済ませ、店を出た零士は彩を追い掛けた。


 外に出ると、3分程して赤いスポーツカーがバンビーナの前に止まり、車の中では、彩はいつもと変わらない感じで待っていた。


「お待たせ。氷室は品川のいつもの場所で待っているそうよ。さっ、早く乗って。」


「ああ。」


零士は彩の車に乗り込む。

「で、今回は竜星会がらみじゃないって、どう言う事だ?」


「詳しくは氷室から聞いて欲しいけど、会長の斎藤が、学生時代の友人に頼まれた口らしいの。相手は一般人みたいね。」


「そうか」


「零士、あと何件か依頼を受けてから辞めるの?」


 彩の問いに少し黙る零士だったが。

「————そうだな、その後辞めると伝えるさ。俺達の間柄は一蓮托生いちれんたくしょうだからな、キチッと筋を通せば良い。その場合は氷室じゃなくて組長の斎藤に話しを俺がするよ。」


 零士の表情を見て彩もうなずく。

車を走らせながら、零士はカーラジオのスイッチに手を伸ばした。ラジオからニュースが流れて来る。


「———この件に関して、自由共和党の中川前法務大臣は、尖閣諸島は日本固有の領土であり、オリンピックも控えてめ事を起こしたくない政府の弱気な姿勢を見透かした中国政府の意図を感じると発言しており、阿賀野総理に対して———」


「零士、あんた政治に興味でも出て来たの?」


「そう言う訳じゃないけどさ。変えるのか?」


「ええ、聞いた所で何にもならないわ。」


「へいへい。」


「さっきの話だけどさ。」


「ん?ああ、辞める事か。」


「辞めた後有香さんの事はどうするの?諦めた訳じゃないんでしょ?」


「まぁな。それも考えているよ。」


約20分後。

 彩の運転する車で、零士達は竜星会が都内に複数所有する建物の1つ、東亜第二ビルの前に来ていた。


「はい、到着。じゃ、私は氷室に会いたくないから、後はよろしくね。」


 この時だけは、彩は笑顔で零士を送り出すのだった。


「はいはい、分かったよ。直ぐ済むかどうかは分からないから、連絡したら拾いに来てくれ。」


 そう言うと零士は車のドアを開く。

「分かったは。それじゃあ、後でね。」

「ああ。」


 零士は短く返事をすると、ビルの中に入って行った。ビルの中に入ると、管理人室の男と目が合う。


 管理人の山崎だ。山崎に対して零士は《な》れた調子で会釈をする。

 すると山崎も慣れているらしく、どこかに電話をかけた。

「霧島さんが来ました。はい。了解です。」


 受話器を置くと零士にどうぞと言って先に行く事をうながす。

 零士はまた軽く会釈えしゃくをした後にエレベーターに脚を進めた。

 エレベーターの中に入ると、零士は5階のボタンを押し、いつもの癖でボタンのない左側に身体を寄せる。


(ここでは必要ないが、ついやってしまうな。)


 5階に着きエレベーターのドアが開く。廊下に出ると、ひんやりとした空気が漂う中、 氷室が待つクランシェと書かれたドアの前に立った。

 監視カメラの動く音だけが、辺りに響いている。輸入雑貨販売、株式会社クランシェ。

竜星会が所有する企業の1つだ。


 竜星会傘下の企業は500以上、海外にも100社以上あるが、経営者が竜星会関係者と知らないで営業している企業も少なくない。またダミー企業も幾つか存在する。

 ここもそんなダミー企業の1つである。

ドアをノックすると、直ぐに中から声が帰ってくる。

「開いてるぜ。さっさと入ってくれ。」


氷室の部下と思われる男の声がする。

 中に入ると、そこにはデスクと椅子が向かい合わせに四対。

 それが二列に並んでおり、右側に曇りガラスの付いた衝立ついたてが置いてあり、衝立の向こうに人影ある事に零士は気づく。


(あそこに人が居るのは珍しいな。)


 気にせず前を見るとオフィスに並ぶデスクのその奥、窓に背を向けて椅子に腰かける氷室の姿があった。氷室は一際大きいデスクに右肘を置き、どこかに電話をかけている。


「そうか、順調だな。分かった。引き続き頼むわ。ああ、時期が来たら知らせるよ。あ、すまないな。客が来た、また連絡してくれ。」


 零士に気付いた氷室は電話を通話を切って立ち上がり、零士に近づいて来る。氷室実親ひむろ.さねちか

 零士の幼馴染みでもあり、竜星会幹部だ。


「よお~1ヶ月半ぶり霧ちゃん。元気にしてたかな~?」


 零士は軽い口調の氷室には慣れているようで、ああ、と短く返事をする。

「今回はいつもの竜星会の仕事じゃないんだろう?詳しく話しを聞かせてくれ。」


「あー、分かった分かった。霧ちゃんは相変わらず愛想がないな~。まぁいいか、こっちだ。」


 手で近くに来るようにうながす。

氷室の前に立つと、氷室は衝立の向こうの人影に向かって声をかけた。


「山岡さん。お待たせいたしました。うちの手配した始末人が来たのでご紹介します。」


 衝立の向こうの人影は立ち上がり零士から見て左側から中年の男が姿を表す。

 氷室は部下に椅子を持って来るよう指示を出し、山岡に声をかける。


「ささ、此方にどうぞ。」


 山岡と呼ばれるその男は、頭髪に白髪が目立ち、やつれて疲れ切った表情をしていた。


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