鎖と手錠



 ——ヤバいよヤバいよ!? これヤバいよ!



 断っておくけれど、僕はあの、テレビで人気のリアクション芸人、『出○』ではない。ごく普通の善良な市民だ。


 しかし、叫ばずにはいられない。……正確には、そう心の中で叫ばずにはいられないのだ。何故なら僕は今、ピンチ、いや、大ピンチだからだ。


 僕の背後に只ならぬ気配がする。

 ……誰だ? この気配は、何者だ? 僕はどうなってしまうのだろうか。


 とにかく、逃げないと。

 ……と、思ったけれど、そうだ、逃げられずに僕は途方に暮れていたところだった。気が動転して、まともな思考すらままならない。落ち着け、僕。


 まずは状況確認から……


 両手は後ろ手で金属製の……多分、これは手錠ですね、はい、手錠で拘束されているみたい。

 この時点で絶望的なんだけど、逃げずに現実を受け入れないと。——どうやら僕は、何者かに捕らえられ、この薄暗い部屋に監禁されている。

 金属製の冷たい椅子に、鎖で締め付けるように拘束された僕は、身動き一つ取れない。下手に動こうものなら鎖が身体に喰い込み、痛みを伴う。


 頭は背の高い椅子の背もたれに貼り付けられ、背後の存在を確認する事も出来ない。

 しかし確実に、そこには『誰か』がいる。殺気にも似た、……良くない気配を漂わせながら、確かに『何者』かの気配が……そこにある。


 ——ヤバいよヤバいよ! マジでヤバいって!


 何度も言うが、バラエティ番組で活躍中のリアクション芸人ではなく、割とマジで笑えない。

 こんな拘束、バトル物の漫画に出てくるマッチョなキャラクターくらいネジぶっ飛んでないと、抜け出せる訳がない。



 ……マッチョなキャラクターか。



 と、馬鹿な考えを脳内に巡らせていた僕は、……鉄製の冷たい椅子に鎖と手錠で拘束されているという極めてカオスな現実に引き戻された。


 ——声が聞こえたからだ。


 その声により、現在、僕を拘束して、この薄暗く狭い殺風景な部屋に監禁した張本人が、何者かを知った。『彼女』は僕の身体に絡みつくようにして、耳元で囁いた。




「誰にも……渡さない……」




 ……叫んだ。


 僕は、喉が破れるくらいの、怒号にも似た絶叫、……否、もはや咆哮とも言うべき声をあげ、彼女の名を叫んだ……っ




「よ、四葉ちゃんっ!」




 ……背後から舌打ちが聞こえると同時に首元の鎖が僕の喉仏に食い込む。呼吸が出来ない。暴れようとするが、やはり鎖で身動きが取れない。

 ただ、ガタガタと椅子が揺れるだけだ。意識が遠退く……そう思った時、鎖の圧迫が和らぐ。


 僕は今、物凄い表情で息を吸っている事だろう。遠退いていた意識も次第に戻ってきた。すると、耳元で声が聞こえる。



「……この期に及んで、妹の心配するんだな?」


「なん、で……こんな事……」


「決まってるじゃないか。君が好きだからだ。」


「でも……」


「約束したじゃないか。」


「約束……」



「そう、誕生日のお返し……」



 背筋が凍る。僕の前に回った幼馴染は哀しさと怒りが入り混じったような、そんな表情で瞳を潤ませている。


 天野星子、僕の幼馴染だ。



「十二月二十四日、今日はボクの誕生日だよ。咲良君、君は何を用意してくれたんだい?」


 狂気に満ちた表情。


「何もないなんてこと、ないよね?」


 脳裏にあの言葉が蘇る。


「まさか、他の女と会うつもり……だったなんて言わないよね?」



 怪我じゃ済まないかも知れない。


 そう、あの時朱里さんは僕にそう言ったんだ。



「……仕方ない人だね、咲良君は。大事な彼女の誕生日プレゼントを忘れたのかい。なら、今ここで貰おうかな?」

「ちょっ……!?」


 星子の胸が目の前に迫る。僕の膝に腰を下ろし、真っ直ぐに見つめてくる。顔が近い。


 そうだ……この瞳……


 玄関を開けた時に見た、この淡い光。


 これは……

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