保護者(※)


 夢咲梱包株式会社、町の小さな会社の敷地に建てられたプレハブ小屋。営業課の事務所である。

 その事務所内で一人パソコンと向き合っているのは容姿端麗、しかしながら残念変態女子の赤野朱里。


「……おかしいな。高野君が連絡もなしに会社を休むなんて。」


 時刻は午後一時半、昼を過ぎても連絡すらよこさないのは異常である。特に彼、——高野咲良は欠勤はおろか、遅刻すらしない真面目な社員で通っているのだから。


 朱里は何度もラインを送ってみるが既読すら付かないのが現状だ。


「……まさか、四葉ちゃんに何か……?」


 彼女がそんな思考を巡らせていた時だった。デスクの上に置いてあった朱里のスマホが激しく、そして短くバイブする。再び激しくバイブ、三度目、四度目、振動は続く。通話の着信だ。


 朱里は瞳を瞬かせスマホを手に取る。


「番号……」


 朱里は恐る恐る電話に出た。



「…………はい、……はい、…………わかりました。はい、すぐに向かいます。……はい。」



 赤野朱里の表情は途端に曇る。

「あの馬鹿っ……」と小さくこぼし着崩れた服を直した。そして髪野専務に「帰る。」と一言伝えると夢咲モール方面へと走った。



 ……


 夢咲モールから数十メートルの位置にある白い小さな建物。その中の一室で二人の男に囲まれる若い青年がいる。高野咲良だ。


「君、なんであんな事したんだね?」


 中年の落ち着いた雰囲気の男が問う。しかし咲良は唇を噛み締めるだけで口を開こうとしない。

 すると、それを見ていた若い男が少しばかり強い口調で、


「最近は良くない事件も増えてるんだぞ。君の場合、未遂で済んだから良かったものの……人を怪我させたりしてたら交番じゃ済まなかったんだから。」

「……す、すみません……でも……」


 二人の男、夢咲交番の警官は顔を見合わせてはやれやれとため息をつく。


「君はどう見てもそんな事するタイプじゃぁないよね。でも、やろうとした。それは何故だい?」


 中年の警官は優しく諭すように問いかけた。彼も分かっているのだろう。高野咲良が、——この男が学校に侵入して教師を殴ろうとするような人ではないと見抜いている。


「……妹が……イジメられてるんですよ……それなのに……あの担任は妹を守るって言った。だから、不登校になっていた妹を送り出した……それが初日から顔に痣をつくって帰って来たんですよ。妹は泣きながら言ったんです。先生は見て見ぬフリで助けてくれなかったって……僕は……アイツを許せないんですよ……」


 高野咲良の肩は震えている。しかし声はハッキリと、怒りを込めて発した。

 若い警官の彼が奥の冷蔵庫から缶の烏龍茶を取り出してはデスクの上に置いた。


「……飲みな。喉、渇いてるだろ?」

「ありがとう……ござい、ます……」


 咲良は栓を開けて烏龍茶を一気に飲み干した。その瞳は誰と合わす訳でもなく、部屋の隅を見やる。


 その時だった。交番に女性が一人駆け付けた。


 ……


 ……



 咲良を連れて坂を登るのは警察からの電話で呼び出された赤野朱里だった。

 咲良は自分の親ではなく彼女に連絡してくれと伝えたみたいだ。


「何で私が保護者なのさ。それに、会社休んで何してんの。」

「すみません朱里さん……」

「……はぁ、気持ちは分かるけど、それで高野君が犯罪者になったら四葉ちゃんはもっと悲しむだろ。君らしくもない。」


 俯き歩く彼の背をトンと叩き優しい瞳で見つめた朱里は、少し悲しげな表情で無理に笑って見せる。


「四葉ちゃんには言わないでおいた方がいいね。いつかはバレるかもだけどさ、今の四葉ちゃんには刺激が強過ぎるよ。」

「朱里さん……僕は……ただ……」

「分かってる分かってる。君は何も悪くない。私だって、その教師をぶん殴ってやりたい。何なら全裸の国に転移させてやりたいくらいだ。」


 朱里は咲良を後ろからゆっくり、力強く抱きしめる。咲良は振り解こうとしたが朱里は離すまいと強く力を込めた。


「見ないでやるからさ、今のうちに涙は流しておきなよ。四葉ちゃんにそんな顔、見せられないだろ?」



 ………………彼は泣いた。

 自分の無力さに腹を立ててか、四葉を思ってか、朱里の優しさに心打たれてか……

 理由は何にせよ、とにかく止まらない涙を流し切るまで。



「朱里さん……」

「何だい……?」


「僕と四葉ちゃんは……本当の兄妹じゃないんです。僕が中学に上がる頃に母さんが再婚した相手の連れ子が四葉ちゃんです。……血は繋がってないんです、僕と四葉ちゃんは……」


「高野君……君は何を考えて……」


「僕が……四葉ちゃんを守ります。兄として、いや……一人の男として……彼女を守りたい。傷付いた心を僕が癒せるなら……そうしてあげたい。」


「で、でも……高野君それじゃぁ……」


「もう決めたんです。僕は……クリスマスのデートで、四葉ちゃんにプロポーズします。……大人になったら……」


「それ以上は言うな……高野君、君は……」


「大人になったら、僕は彼女と結婚する。誰が何と言おうと。朱里さん、貴女が止めてもです。」



 朱里は咲良の真っ直ぐな瞳を見て言葉を飲み込んだ。確かに四葉の恋心を応援はしていたが、まさかこんな事になるとは思ってもなかったのだろう。

 血が繋がっていないとしても兄妹は兄妹。それは紛れもない事実であって……


「ここで大丈夫です。今日は申し訳ありませんでした。明日、また会社で。」

「……あ、あぁ……」


 高野咲良は坂を下りて行く。その背中をじっと見つめていた朱里が最後に吐いた言葉は、彼の耳には届かなかった。



「それじゃぁ————はどうするのさ、高野君。」



 朱里は暗くなり始めた空を見上げ、大きくため息をついた。



「怪我どころじゃ済まないかもよ……」



 …………


 ……


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