再登校初日
僕が学校に連絡、そして担任の先生とも話した。一度顔もあわせたけれど、この先生が四葉ちゃんを守ってくれるとは到底思えなかった。
それでも四葉ちゃんは学校に通うと決心した。
それにあたり秋野ちゃんが僕の代わりに守ってくれると約束してくれた。
僕は何かあれば何でも言ってくれと、秋野ちゃんと四葉ちゃんの頭を撫でる。
四葉ちゃんは嬉しそうに頬を赤らめるけれど、秋野ちゃんはキュッと小さくなってしまった。
「ちょっとお兄さん……くすぐったいです!」
「まぁ照れるなよ。」
「照れてませんっ!」
少し前の四葉ちゃんみたいだな。
今となれば四葉ちゃんは完全にデレちゃったけど、妹にデレられるのは悪い気分じゃない。
嫌われるよりは全然いい。
クリスマスの約束をした事は同好会の皆には既に知れ渡り、朱里さんもナツナツも、秋野ちゃんも、陰ながら四葉ちゃんの兄離れを応援してくれている。
そして四葉ちゃんの復帰の日が来た。
僕は会社がある。四葉ちゃんは秋野ちゃんが迎えに来てくれたから彼女に任せる事に。
「お、お兄ちゃん……い、行ってくるね……!」
「おう。無理はしなくていいから。駄目だと思ったら帰っておいで。はい、これ。無一文もなんだから持って行って。」
僕は五千円札を四葉ちゃんに握らせる。
頑張って、四葉ちゃん。僕は四葉ちゃんが前を向いて歩けるように願ってるよ。
こんな時でも親は知らんぷりか。この環境が今の状況を生み出してるって分かってないんだろうな。
最初からあてにはしてないけれど、自分の親ながら情けない。ため息が出る。
……
夢咲梱包株式会社。
昼休み、僕は朱里さんの半裸を横目にコンビニのお握りを頬張る。朱里さんはサラダパスタ的なのを食べている。
少し見惚れていると、朱里さんが思い出したかのように口を開く。
「確か今日からだよね。四葉ちゃん。」
「はい、今朝秋野ちゃんと一緒に登校しました。兄としては一安心ですよ。」
「四葉ちゃんも可愛いね。お兄ちゃんとデートする為に頑張って不登校を克服しようだなんて。その屈託のない愛に萌えるよ。」
か、顔が……朱里さん、顔。
「……何も……何もなければいいんだけど……」
最後の言葉はいつものチャラけた朱里さんではなく、少し重い言葉だった。
何も……大丈夫だ。何もないさ。あの先生も四葉ちゃんから目を離さないとは言ってたし。秋野ちゃんだっている。きっと大丈夫だ。
最初は辛いかも知れないけれど。
……
やがて終業のチャイムが鳴った。
僕は少し急ぎ足で帰り支度をする。朱里さんは生着替え中だけど、これをいちいち気にしていては営業課はつとまらない。
「朱里さ……じゃなくて朱里。今日はあがりますね!」
「おう、どうだったか連絡くれ高野君。それじゃまた明日!」
「はい、お疲れ様です。」
僕は少し早足でアパートに向かう。
茶トラ猫が睨んでくるのも、駄菓子屋のメルちゃんが買え買えオーラを発しているのも気付かないフリして一直線で。
アパートの前には二つの人影。
児童に優しい自動販売機の前で立っている二人は……どうやら四葉ちゃんと秋野ちゃんみたい。
今帰って来たのかな。
……い、今?
遅過ぎないか?
「よ、ただいま。学校どうだっ……た……!?」
四葉……ちゃん……
それに……秋野ちゃんも。秋野ちゃんの肘に痣みたいなのが……
四葉ちゃんは僕に飛びついて小さくなり、何も言葉を発しない。おかしい……
四葉ちゃん……
「四葉ちゃん、顔、あげてみな?」
「……っ」
四葉ちゃんは僕の胸で首を横に振る。
僕は直感で何かを悟った。咄嗟に低く屈み四葉ちゃんの両頬に手を添えてゆっくり顔を上げさせた。
……誰だ。……ダレガヤッタ?
この頬の痣は……誰の仕業だ?
何でだ。四葉ちゃんが何かしたのか!?
そんな筈ない……!
四葉ちゃん、四葉ちゃん、よつは、ちゃん……
「……ごめん……四葉ちゃん……」
「お兄……ちゃん……」
僕は二人を強く抱きしめた。四葉ちゃんも、秋野ちゃんも、タガが外れたように泣き出してしまった。朱里さんの良くない勘が当たってしまった。
……何かあったんだ。
いや、何かとかじゃなく、四葉ちゃんは登校初日からまた殴られてるじゃないか。
僕の所為だ。別に無理して学校行かなくてもデートくらいしてやれば良かったんだ。
ごめん……本当にごめん……
僕は分かってなかった。
イジメの標的になる事が、どれだけの苦痛なのか分かってなかった。
計り知れない重圧に耐えてるんだ。誰に言う事も出来ずに、迷路の行き止まりで気持ちが爆発して、
自ら命を絶つんだ。誰にも言えなくて。
社会に出れば、学校内で出しゃばっていた奴らが大したことないと分かる時が来る。でも、その時まで待てずに……
「四葉ちゃん……もういい。行かなくて……いい。僕が守ってやる。……秋野ちゃんも……親御さんに相談するんだ。誰にも言わない事が一番駄目だ。何なら僕も一緒に行ってやる。何かあればすぐに僕の所においで。」
その日の夜、僕は四葉ちゃんと一緒に寝た。何度も思い出しては泣き出す四葉ちゃんを強く抱きしめて寝た。
……僕は……この子を守りたい……
泣いてる顔なんて見たくない。
どうすればいい?
……僕はどうすれば……
……
気が付けば、朝になっていた。結局、一睡も出来ないまま。朱里さんには悪いけれど会社で少しだけ眠らせてもらおう。限界だ。
僕は四葉ちゃんに毛布をかけ直してやり、静かにアパートを後にした。
枕元に置き手紙を添えておいた。
——家で待ってればいいから。
と。
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