四葉、知ってる


「お兄ちゃん? ……四葉、怒ってる。」


「え……どうしたのかな、四葉ちゃん?」


「いいからリビングへ! 話はそれから!」




 まずは状況確認。四葉ちゃんが怒っている。

 プンプンと膨れる四葉ちゃんは可愛いけれど、いったい何をそんなに怒っているのだろうか?


 確かにあの後、僕と星子はすぐには帰らなかった。特に何かあった訳でもないけれど昔の話なんかをしていたらつい時間を忘れてしまった訳だ。


 時刻は午後十時半過ぎ、高校生の門限じゃあるまいし……

 僕は言われるがままリビングへ。そして座る。


 すると、四葉も僕の対面に——というか、目の前に正座で座った。大きな瞳で睨みつつ口を尖らせた四葉ちゃんはゆっくりと口を開く。



「……楽しかった? 星子お姉ちゃんとデート。」



 瞬時に背筋が凍るような感覚に襲われる。四葉ちゃんには星子の事を伝えていないのだけど。



「ねぇ、楽しかった?」



 四葉ちゃんの表情は笑っていて、笑っていない。


「え、四葉ちゃん……何か勘違いを……」

「勘違いじゃないよ。お兄ちゃん、鞄。」

「……え?」

「鞄っ!」


 そう言って僕から鞄を奪った四葉ちゃんは、その鞄にぶら下がった猫の人形を取り外した。


「……っ……や、やっぱり……あのやろう……」


 四葉ちゃんは人形を床に投げつけた。人形はペシッと音を立ててうつ伏せに倒れている。


 その時、ずっと感じていた違和感に気が付いた。


 ……軽い?


 そうだ、いつからだっけ……鞄がやけに軽く感じてたんだった。あの人形、やけに重たくて何を詰めてるんだろうかって思ってたけど、良く見るとかなり平べったくなっている。

 まるで中身がなくなったかのように?


「この猫ちゃんにはね、簡単な発信機とボイスレコーダーを埋め込んでたの。お兄ちゃんが何処にいても、四葉のパソコンに居場所が表示されるように。でも、誰かがそれを抜き取ったみたいだよ?

 ねぇお兄ちゃん? 誰が抜き取ったのかな?」


 ……な、何を仰ってるんだ、この子は?


「四葉はいつか来るお兄ちゃんとの同棲生活に向けていっぱい準備してたんだもん! ネットで発信機の作り方を調べて部品を買って作ったの。だから知ってるんだよ、お兄ちゃんがちょくちょく星子お姉ちゃんに会ってる事くらい!」

「いやいや、そんなお金……」

「四葉の貯金とお兄ちゃんから貰ったお昼代を貯めたんだよ。」


 つまりその、僕が星子に誕生日を祝ってもらった日とかもバレていた感じでしょうか?

 確かに、あの時意味深な発言をしていたような。


 あの猫にボイスレコーダーが詰め込まれていたとして、今、それが無いということは……つまり星子がソレに気付いて取り外したってことか?

 あー……意味が分からん。


「……何でそんな事したんだ? 四葉ちゃん……」

「そ、それは……お、お兄ちゃんは分かってないの! 本当はめちゃくちゃモテるのに、それに全然気付かないんだから! 朱里さんだって、多分夏菜ちゃんも、星子お姉ちゃんも! 皆んなお兄ちゃんの事が好きだって……何で気付かないの?」


 いや、そんなはずは……


「よ、四葉だって……ずっと……ずっと……」

「四葉ちゃん、落ち着いて……?」

「そりゃ星子お姉ちゃんは可愛いよ。おっ○いも大きいし、明るいし、目もクリクリしてて大きいし、お料理も上手いし、優しいし……プロの漫画家さんだし……」

「星子と何かあったのか? あんなに仲良かったのに四葉ちゃん、ちょっとおかしいよ?」


「四葉だって頑張ってるんだもん……いいよ、見せてあげる……四葉が二年以上かけて書き続けた超大作を! お兄ちゃんの事を想って書いた物語で、四葉も有名になって星子お姉ちゃんに並ぶんだよ! あの人に勝つには、まずアニメ化だよ!

 星子お姉ちゃんは幸いまだアニメ化はしてないんだよ! だから!」


「いや、来年アニメ化決定してるらしいぞ?」


「ぬあっ!? ……そ、それでもまずは同じ土俵に立って……」

「立ってどうするんだよ? そもそも二年とか何の話をしてるんだ?」

「……もういいよ……お兄ちゃんの馬鹿。四葉だって……お兄ちゃんの事……」




 最後まで言わず四葉ちゃんは部屋に閉じこもってしまった。


 そりゃ、気付いてない訳じゃないよ。出来れば、そうでなけりゃいい、と思ってたけど。


 でも、僕と四葉ちゃんは兄妹だから。そういうのは駄目なんだよ。


 面と向かって言われて、さっきも星子と昔の事話していて、思い出した事がある。








「お兄ちゃんっ! 四葉ね、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」


「四葉ちゃんが? でも四葉ちゃんは僕の好きな事とか何も知らないだろ? それじゃお嫁さんにはなれないよ。趣味が合う方がいいし。」


「だったら、四葉にお兄ちゃんの好きなもの教えて!」


「え〜、そうだな。よく見てるアニメとかゲームとか? 四葉ちゃんには難しいよ。」


「じゃ、四葉もアニメ見る! ゲームする!」


「しょうがないなぁ。じゃあこうしよう。僕のオタク度を四葉ちゃんが超えたらお嫁さんにしてあげるよ。」


「ほんと? 約束?」


「お、おう。約束、な。」







 あの時は適当にはぐらかしたつもりだったけど、まさか今の今までそれを憶えていて……?

 今の四葉ちゃんは僕なんかより立派なオタクだ。ラノベまで極めつつ……ラノベ?

 さっき、何か言ってたような……二年書き続けた物語が何とかって……


 いや、まさかな。



 その時だった。

 僕のスマホに着信が。恐る恐る、それを開く。

 メールだ。内容はネット小説の更新通知。

 あの小説だ。


『兄が振り向いてくれないから、兄の周りから女を全て消し去る事に決めました。』


 が、更新された。

 最近は更新速度が落ちていたのだけど、このタイミングで更新された訳だ。


 続いてもう一度、着信音。


「お、おいおい?」


 更新、更新、更新?

 何これ? ストック大放出?


 ……聞こえてくる。四葉ちゃんの部屋、じゃなくて僕の部屋から、キーボードを凄い勢いで打つカタカタ音が聞こえる。


 恐らく僕の予想は当たりだろう。


 この、『兄が振り向いてくれないから、兄の周りから女を全て消し去る事に決めました。』の作者は四葉ちゃんだ。

 そうだ、バレたくないから相互フォローを拒否したんだ。つまりあの感想の返事も四葉ちゃんか。


 四葉ちゃんは僕が読者とは知らないみたいだけど、そろそろ向こうからカミングアウトしそうだし今のところは知らないフリをしておこう。

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