星子とデート


 夏休みも終わり秋野ちゃんも休みの日にしか訪れなくなって少しの日々が過ぎた。

 その間もラノべ同好会のメンバーは家でまったりラノべ三昧、待望の『全裸の国after〜神のみぞ知る世界〜』も発売され速攻で買って一気読みした。


 だって、前作で変な終わり方したんだもん。続きあってもおかしくないよね。


 《詳しくは語りぬこ、全裸の国で検索だ。》


 おっと、そろそろ出る時間か。


「むぅ、お兄ちゃん出掛けるの?」


 四葉ちゃんは膨れている。そんな四葉ちゃんに僕はお小遣いを渡して、


「これで何か出前でも取ればいいよ。友達に会うだけだからそんなに遅くならないし、さみしくても我慢してくれ。」

「だ、誰がっ……べ、べべ別にさみしくなんかないし! 勘違いしないでよね!」

「はいはい、んじゃ行くわ。」

「あっ! ちょっと待って! お兄ちゃん、鞄!」


 四葉ちゃんは僕の肩掛けの小さな鞄を持って来てはそれを差し出した。鞄には四葉ちゃんがくれた可愛いキーホルダーが付いている。

 しかし、今日は財布一つで出掛けるつもりだったのだけど……仕方ない、持って行く事にしよう。


 鞄を受け取った僕はアパートを後にした。




 隣町の大きな公園で毎年開催されるお祭りはそれなりに有名だ。その数日は離れた町から人が押し寄せるほどだから、これじゃ四葉ちゃんはまず無理だ。泡吹いて倒れてしまうに違いない。


 児童に優しい自動販売機を通り過ぎ、いつもの茶トラ猫とすれ違いながら少し歩くと待ち合わせ場所に到着した。

 四葉ちゃんと同じくらいの短い髪を風になびかせる浴衣姿の星子は先に到着していたようだ。少し待たせてしまったかな?


 僕は少し急ぎ足で彼女の元へ。

 そんな僕に気付いた星子は大きな胸ではち切れそうな浴衣の胸元をギュッと寄せるような仕草を見せては悪態をつく。


「遅いぞ〜?」

「ごめんごめん、四葉ちゃんがゴネててさ。」

「そうなのか?」


 星子のその仕草は意図せず不意に襲って来るから気をつけないと。


「今日はボクとデートだって言って来たの?」

「いや、友達と会うとだけ。」

「ふ〜ん。さ、行こっか! デートなんだからちゃんとエスコートしろよ?」

「何だ? お腹空いたのか星子?」

「馬鹿、ボクはそんなに食い意地張ってないって!」


 僕達は屋台を適当に歩きながらたわいもない話に花を咲かせた。四葉ちゃんの現状も相談がてら話してみたけれど、星子からそれといったアドバイスは得られなかった。


 無理もないか。

 金魚すくいに興じる星子の胸が弾むのが気になるけど、久々の息抜きを楽しんでいるみたいで良かった。


「次はあっちをまわろう!」

「あ、おい……星子?」


 いきなり腕を組んでくるから驚いた。星子の柔らかさがダイレクトに伝わる。

 僕と星子の間に鞄が挟まり四葉ちゃんのくれた猫の人形がぎにゃっと変形している。星子は人形を掴みグイッと二人の間に埋め込んだ。



 その後も歩き倒し、少し休憩とベンチに座った。

 どうもトイレに行きたくて仕方ないな。


「星子、悪いけどここで待っててくれる?」

「うん、なら鞄はボクが持っててあげるよ。」


 僕は鞄を彼女に預け人ゴミの中トイレへと向かった。鞄を手放すと途端に身体が軽くなる。

 あの人形、やけに重いんだよな。


 重い、か。なんだか四葉ちゃんみたいだな。


 いや、そんな事言ったらまた勘違いしないでよね! って怒られてしまうか。それが可愛いんだけどな。あまりからかうと縛られるから気を付けないといけないけど。


 何とか……なんとか来年には学校に通えるようにしてやりたいな。秋野ちゃんも一人頑張ってるんだ、四葉ちゃんだって勇気を出して……


 いや、これだけは自分との戦いだ。四葉ちゃんが自分で決めて動くしかないんだよな。全く、うちの親連中は仕事の前に自分の娘に目を向けろって。





 用をたした僕は星子の待つベンチへ戻る。星子は鞄を僕に手渡した。

 肩からかけると人形が軽快に揺れた。四葉ちゃんがくれた猫の人形だ。



「そろそろ花火が上がるんじゃないか?」


 星子は笑顔で言っては僕を見上げる。

 楽しそうな星子を見ていると、僕まで楽しくなってきた。差し出された小さな手を自然に握り返した僕は、この時初めて自分の気持ちに気付いた。


 そっか。僕は星子の事を意識している。

 ——多分、ずっと昔から、小さな頃、四葉ちゃんと星子が僕を取り合っていた時から……



「なぁ、星子?」


 星子が振り向いて、首を小さく傾げる。頬を赤らめる彼女を、花火の光が照らした。


 大きな音で頭が真っ白になった。


 僕はその後の言葉を、口にしなかった。





 本当、フラれるのが怖くて何も言えないなんて、情けない話だ。きっと星子は昔と同じように仲のいい友達でいたいのだろう。


 僕と四葉ちゃんと、星子、三人でよく遊んだあの頃のままで。——そう思うと、先の言葉を飲み込まざるを得なかった。

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