彩月入会試験


 再びやって来た秋野ちゃんは僕の対面に座ってじっと見つめてくる。と、思いきや、はぁ、とため息をつき口を開く。


「お兄さん、この如何わしい書籍の山は何ですか?」

「……ラノベだけど。」

「らのべ? ……あー、あのオタク文庫ですか。」


 この上ない軽蔑の眼差しで僕を見る秋野ちゃんは一冊手に取り表紙、あらすじと頁をめくっていく。


「うわ……ふ、普通に引きます。」

「そうか? 割と面白いんだぜ? 四葉ちゃんだって好きだし。しかも僕なんかよりもっと詳しいんだ。」

「お兄さんがオタクだから四葉ちゃんが歪んでしまったんだね。知ってますか? うちの学校の女子にこんな物を読んでる人はいません。」

「マジで? 遅れてんじゃない、その学校。」

「理解出来ませんよ、こんなの。それが原因でもあるんですからね? 四葉ちゃんが標的にされちゃったのは! 四葉ちゃんはっ……」


 声を荒げる秋野ちゃんの言葉を遮るように僕は言った。


「イジメられたんだな。聞いたよ……ずっと話してくれなかったけど、秋野ちゃんが来てくれたその日に泣きながら僕に打ち明けてくれた。」

「知ってるならこんな趣味……」

「今、四葉ちゃんからラノベを取り上げたらそれこそ逃げ場がなくなってしまう。皆んな同じだろ? アニメや映画を見るとき、その時だけは現実に目を向けなくていい、その世界に入り込める。非現実を体感出来るんだ。その手段の一つがラノベだと思う。」

「逃げてるだけじゃん……」

「……逃げるのは、悪い事じゃない。」


 秋野ちゃんは言葉に詰まってしまう。


「私だって……」

「なぁ、これ読んでみろよ? 妹物が苦手ならファンタジー系とかどうだ? 四葉ちゃんが好きなんだ、友達の秋野ちゃんも好きになれると思うけどな?」

「ふん、四葉ちゃんが帰って来るまでの暇つぶしに読んであげてもらいいですよ?」


 秋野ちゃんは渋々書籍を受け取り頁をめくる。

 頬を膨らませながらも読み進める事数分、一瞬彼女の口元が緩む。あー、確か序盤にシュールなネタがあったな。多分あそこで笑ってしまったんだな。

 分かる分かる、思わず吹いたし。


「な、何ですか?」

「いや、なんでもないよ。」

「む……」


 秋野ちゃんは更に読み進める。小一時間ほどの時間が経過する。秋野ちゃんは読み終えた書籍を閉じ俯いた。やっぱ合わなかったかな。


「むむむむ……」プルプル……


 うわ、何かプルプルし始めたよ?


 と、思うとドンとテーブルを叩き立ち上がった秋野ちゃんは僕に睨み付けるようにして息を荒げる。


「……酷い……ひどいよ……」


 ヤバイな、怒ってるよ……


「わ、私をこんなにして……せ、責任取って下さいよ、お兄さんっ! つ、続き、続きはないんですか! 気になって仕方ないんですけど!」

「お、おう。あるよ。はい。」


 秋野ちゃんは食い入るように頁をめくる。凄い勢いだな……異世界モノがハマるのか。


「えっと、秋野ちゃん?」

「静かにして下さいっ! 今、集中してますから!」



 どうやら入会試験は合格だな。

 後は皆んなと顔合わせすれば秋野ちゃんも立派なラノベ同好会のメンバーだ。


 そうこうしている間に四葉ちゃん達も帰って来るだろう。と、そんな考えを巡らせていると玄関のドアが開く音が聞こえてきた。

 帰って来たみたいだな。さて、どうなるかな?



 言うまでもなく四葉ちゃんは目を丸くして硬直してしまった。後ろで朱里さんとナツナツ流石に黙ってそれを見つめている。


「……さ、彩月……ちゃん……」

「ひ、久しぶり……えっと、四葉ちゃん……それ、どうしたの……?」

「あ、えっと……気分、転換?」



 四葉ちゃんの長い髪がサラサラショートヘアになってる。肩に届かないくらいの短さ、前髪も少し切って大きな瞳が良く見える。


「夏だし、ツンデレちゃん軽量化しちゃった!」


 朱里さん、四葉ちゃんはミニ四駆じゃないよ?

 いやでも何だろうか。悪くない、可愛い。


 朱里さんは秋野ちゃんを見ると笑顔で、

「私は赤野朱里、四葉ちゃんと仲良くさせてもらってるんだ。宜しくね。」


「あ、は、はい。……き、綺麗な人……」

「でもその人、変態だから気をつけな?」

「……え?」


 こうして適当な自己紹介を済ませた僕達は、いよいよプールの日時を決める事にした。



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