彩月と四葉


 この秋野彩月あきのさつきちゃんと話せば、四葉ちゃんの登校拒否の理由が分かるかもしれない。

 そう思った僕はお菓子とお茶を出してやり、とりあえず彼女には座ってもらった。


「お兄さんの部屋、どうなってるんですか?」

「まぁ、色々あって開かなくなってね。」

「ふ〜ん? ここに四葉ちゃんがいないということは……お兄さんは知らないの?」

「知らない、とは?」

「四葉ちゃんの登校拒否。」


 知ってるよ。というか、後ろにいますよ。


「うん、今日秋野ちゃんに聞いて知った。」

「そうなんだ〜、てっきりお兄さんが四葉ちゃんを隠してるんだと思った。監禁とか。」

「す、する訳ないだろう?」


 どちらかと言えば、僕が被害者なんだけど。


「あ、お兄さんゲームとかするんですね?」

「ま、まぁな。秋野ちゃんもゲーム好きなの?」

「ぜ〜んぜん、知らない。」


 女子ならゲーム知らないくらい良くあるか。


「お兄さん、料理するんですね? ほら、キッチンに食器とかフライパンがあるし。」

「ま、まぁな。秋野ちゃんは?」

「やらな〜い!」


 それは気まぐれに四葉ちゃんが作ってくれた残骸だよ。中々質問するタイミングがないな。


「お兄さんって、女装癖ありですか? ほら、これ。」と、秋野ちゃんは四葉ちゃんの脱ぎ捨てた洋服を指さし、大きな瞳を瞬かせる。


「なっ……そ、それは……えっと……」


 ヤバいな、こりゃバレたか?

 と、考えを巡らせていると僕のスマホにラインが送られてきた。……四葉ちゃんからだ。


 ——吐いたらお仕置き。


 どーしろって言うんだ四葉ちゃん!

 そんな僕の苦悩をよそに秋野ちゃんがずいっと迫ってくる。四葉ちゃんの可愛い部屋着を僕に合わせるようにして、う〜ん、と唸り首を傾げる。


「どう考えてもサイズに無理が。クンクン、それにこの香り……四葉ちゃんの香りがする。」

「何その四葉ちゃんの香りって。」


 いや、分かるけど。人には独特の匂いがあって、四葉ちゃんのソレはとても良い香りだって知ってはいるけれど、何故この子はそんな事まで嗅ぎつけてくるんだ?


「お兄さん、何故四葉ちゃんが学校に来なくなったか知りません?」


 これだ。この質問を待っていたんだよ。


「いや、それを知りたいと思ってたんだよ。」

「へ〜、知りたいと思ってた、ですか。」


 秋野ちゃんは部屋着を手放し、いきなり僕の膝に跨るようにして対面で座った。

 女の子の柔らかいおしりが僕の太ももに乗っかっていて、目の前にはツインテールの美少女の顔。秋野ちゃんはそのまま顔を近づけて来ては、僕の耳元で小さく囁いた。


「お兄さんの所為だよ……?」


 は?


 秋野ちゃんは立ち上がり、恐らく目を丸くしているであろう僕を見下すようにして口元を緩めた。


「またお邪魔しますね? お兄さん。お菓子とお茶、ご馳走さまですっ!」


 控えめに言って、天使並の笑顔を見せた小悪魔は、そう言って僕のアパートから出て行ってしまった。

 いったい何だったんだ。今の子は。

 結局理由も分からず、か。


 すると、ガチャッと後ろから音がして四葉ちゃんが部屋から顔を出した。


「彩月ちゃん、帰った?」

「お、おう。友達なのか? それなら出て来てあげても良かったんじゃ。」

「友達だよ。たった一人の友達。でも、彩月ちゃんのお願いでも、四葉は学校に行きたくない。」

「四葉ちゃん、何故か聞いてもいいか?」


 大体は分かる。四葉ちゃんが人と話すのが苦手な事と、団体行動が苦手な事、それを考えると自ずと答えは出てくる。

 しかし僕は、それを本人から聞きたい。


 四葉ちゃんは身体を捩らせ、震える唇で小さく漏らす。


「……酷い人達がいるから。こわい。」

「その人達に、何かされたの?」

「……教科書を捨てられた。」


 イジメ、か。


「体操服に穴が空いてた。」「机に落書きされた。」「トイレで蹴られた。」「無視された。」「男子を連れて来られて、襲われそうになった。」「その時は彩月ちゃんが先生を呼んでくれて助かった。」「先生はこの事をなかった事にした。」「その日から彩月ちゃんも一緒にイジメられた。」


「四葉は……逃げた……」




 ……ごめん、四葉ちゃん……



 僕は何も言わずに四葉ちゃんを抱きしめていた。秋野ちゃんが言っていた、四葉ちゃんがいないと困るって言葉は、あの子なりのSOSなんだ。

 今、あの子は一人でそのイジメに耐えているのかも知れない。


「お兄……ちゃん……四葉は彩月ちゃんを裏切っちゃって……合わす顔なんて……ないよ。」

「そんな事ないよ。秋野ちゃんだって、四葉ちゃんに会いたいと思って来たんだよ。」



 この日、四葉ちゃんは僕とリビングで寝た。泣き疲れたのか、僕の胸に顔を埋めながら小さくなって眠る四葉ちゃんの顔を見ると、悲しみと怒りに似た感情がこみ上げてきた。


 学校側の対応も最悪だ。でも、何故それが僕の所為になるんだろうか?

 いや、そうか……僕があの家に残っていれば、四葉ちゃんがこっちに来る事もなかったと、そういう意味なのか?

 僕が家を出ないで四葉ちゃんの話を少しでも聞いてやれてれば、話は違っていたって事か?


 何はともあれ、もう一度あの子に会いたい。まずは秋野ちゃんと四葉ちゃんを仲直りさせてやりたい。出しゃばる訳じゃないけれど、四葉ちゃんのたった一人の友達なら……


 僕が受け入れない訳にはいかないだろ。

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