後輩と四葉の同級生


「せーんぱいっ! お久しぶりですっ!」

「えっと……誰だっけ?」


 通勤中、僕に笑顔で話しかけてくる少女がいた。

 赤茶色のショートヘアが良く似合う彼女は僕の高校時代の後輩、木野皆実きのみなみだ。

 元陸上部の彼女も、高校三年生になり受験に向け猛勉強の最中なんだとか。

 と、聞いてもいないのに色々話してくる木野は僕のスーツ姿を見て笑う。


「せんぱい、全然似合ってませんねっ!」


 そう言って細い身体でくるりと回転までし始めた木野は勢いあまって電柱に頭を打ち付けた。


「いったぁ……」

「大丈夫か木野? ……木野は昔から変わらないな。性格も、あと胸のサイズもな。」

「むぅ、せんぱい、人の性格が一年ちょっとで変わってたまりますか。それに胸はBカップにランクアップしたんですっ! よく見て下さいよ!」


 木野は膨れて胸を張る。確かに、陸上やってた時よりは大きくなっている気もしない事はない。


「運動不足で太っただけなんじゃない?」

「せんぱい、ひどぉいですっ! 皆実がせんぱいのことを想って膨らませた胸なんですっ!」

「意味が分からん。それより僕は仕事なんだ。これくらいで。受験、頑張れよ?」


 木野は何故か顔を真っ赤にして、「はいっ!」と笑顔を見せた。いつも元気だな、木野は。

 高校三年生とは思えない無邪気な笑顔を炸裂させた木野は僕に背を向けると、この上ないくらいの綺麗なフォームで走り去ってしまった。


 木野は昔から近所に住んでいて、良く遊んだ仲だ。高校三年生になった今でも、こうして僕に懐いてくれている。

 謂わば、もう一人の妹みたいな存在かな。




 ……

 仕事も終わり、アパートに帰ると四葉ちゃんのテンションがおかしな事になっていた。

 頭には立派なシュノーケルマスク、細い真っ白な身体を覆うものはスクール水着、腰には浮き輪、……つまりは完全夏仕様の四葉ちゃんに変身していた。


「お兄ちゃんっ、夏休みだよ! ヤッホイ!」


 四葉ちゃんは毎日が夏休みじゃないか。


「その格好、どうしたの?」

「夏の予行練習だよ?」

「え、四葉ちゃんプールにでも行きたいの?」

「む、無理むりっ、あんな所に行ったら目が回っちゃうよ!」

「じゃあ海?」

「む、むむ無理ぃっ!」


 じゃあその格好の意味がないだろう。

 と、頭を抱えていると、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。

 四葉ちゃんはピョンと跳ねると、すぐさま部屋へ飛び込み隠れてしまったけれど、とりあえず放置して僕は玄関へ向かう。


 玄関を開けた先には明るめの茶髪をツインテールにした中学生くらいの少女がいた。


「あ、お兄さん、お久しぶりです。」


 少女はペコリと頭を下げた。

 確かこの子、四葉ちゃんの同級生の……


秋野彩月あきのさつきです。四葉ちゃんのお兄さんがここに住んでいる事を突き止めて、来ちゃいました!」

「来ちゃいましたって……なんでまた。」

「……ここに……四葉ちゃん、いますよね?」


 秋野彩月の目付きが変わった。

 何となく、僕は四葉ちゃんの存在を知られてはいけない気がして嘘をついた。


「いや、いないよ?」

「そうなんですか? おかしいな、四葉ちゃん学校にも来ないし心配してたんだけど。……四葉ちゃんがいないと、色々困るって言うか……」


 秋野ちゃんはツインテールをクルクルと指で巻きながら俯いた。そしてすぐに顔を上げると、「失礼します!」と、靴を脱いで部屋へ上がり込んで来た。


「あっ、ちょっと……!」

「四葉ちゃん? いるんでしょ?」


 秋野ちゃんは僕の部屋に繋がる引き戸を開けようと手をかけた。しかし、開かない。


「あれ〜?」

「そ、そこは開かないよ。」


 と、とりあえずお茶と菓子でも出して、サクッとお引き取り願おう。

 四葉が出てこないって事は、多分あまり得意なタイプじゃないのだろうし。とはいえ、これはチャンスかも知れない。


 この子と話す事で四葉ちゃんが登校拒否になった理由が分かるかも知れないからな。

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