咲良と四葉と水族館
「あれ? 朱里さんとナツナツは?」
「う〜ん……いないみたいだね。」
四葉ちゃんは頬を赤らめながら僕の服を掴んで離さない。それもそのはず、現在僕達二人は入場の為、長蛇の列に並んでいて、それこそ人に押し潰されそうな状況だからだ。
「仕方ないか、とりあえず俺達で先に入るか。」
「そ、そそそうだね、お兄ちゃんっ……」
だ、大丈夫かな……四葉ちゃん。
こうして館内に入場した僕は肩で息をする四葉ちゃんをとりあえず座らせて飲み物を買った。
お茶を一気飲みした四葉ちゃんは、ふぅ、と息を吐き僕を見上げた。
「も、もう大丈夫だよお兄ちゃん。」
「そうか。どうする? 朱里さん達に連絡しようか?」
「あ、えっと……四葉、お兄ちゃんと見て回りたいんだけど。朱里さんはしっかりしてるから大丈夫だよきっと。」
「四葉ちゃんがいいなら、先に見て回るか。」
館内は人混みで溢れかえっている。四葉ちゃんは大きなサメを見て楽しそうに笑い、人にぶつかって死ぬほど怖がっている。
普通は逆だと思うけど、まぁいっか。
「ペンギンがいる!」
「おう、ペンギンだな。」
「カピバラがお風呂入ってる!」
「気持ち良さそうな顔するよな、コイツら。」
人にビビりながらも、それなりに館内の水槽を見て回った僕と四葉ちゃんは休憩所で一息ついていた。
四葉ちゃんがスマホを取り出して画面を見る。そしてクスッと笑うと、その画面を僕に見せた。
「朱里さんから画像が届いたよ。夏菜ちゃんとラブラブデートだって。」
うわぁ……ナツナツの魂は既に吸い尽くされているな。メッセージを見ると、どうやら昼食も済ませているようだな。何々……これから観覧車に乗って来る、か。
……ドンマイ、ナツナツ。
お前の死は無駄にはしないぜ。
「あっちは楽しんでるみたいだし、こっちはこっちで見て回るか。四葉ちゃん何が食べたい?」
「海鮮!」
「はいよ、確か入り口付近にそんな店があったな。行こうか。」
「うん。」
四葉ちゃんは少し疲れたのか頬をほんのり赤く染め僕の服を掴んだ。
外を歩いていると四葉ちゃんが必死に僕を頼るんだから可愛くて仕方ない。小さい頃はずっとそんな感じだったけれど、中学になって少しずつ距離もあいたように感じてた。
でも、四葉ちゃんは四葉ちゃんのままだな。
食事を済ませ、もう一回り館内を見学してお土産コーナーを回り終えた僕は、そろそろ朱里さん達と合流しようかと考えた。
結局、当初の全員とデートは四葉ちゃんとだけになってしまったし、朱里さんは本当に自由奔放な人だよ。ナツナツは死ぬほど愛でられてしまったんだろうな。
いつの間にか空も暗くなってきた。
「四葉ちゃん……」
「お兄ちゃん、あれ。」
四葉ちゃんが指さす先にあるのは、
——観覧車。
もしかしてアレに乗りたいのかな? とはいえ、カップルでもあるまいし兄妹で乗るようなものか?
「お兄ちゃん彼女いないし、可哀想だから四葉が一緒に乗ってあげる。か、感謝してよね?」
「彼女いなくて悪かったな。」
僕はこの時、ふと彼女の顔を思い浮かべてしまった。僕は正直なところ、彼女が好きなのかも知れない。……ただ、一歩が踏み出せないだけで。
それはそうと、
結局、観覧車に連行された僕だった。
係の人がやけに微笑ましく笑っていたのは、僕と四葉ちゃんをカップルだと認識したからだろうか。
言わなければ兄妹に見えないのは仕方ない。僕と四葉ちゃんは全然似ていないのだから。
……そもそも、似るはずも無いのだけれど。
「お兄ちゃん! 見て、あんなに人が小さくなってる! これなら四葉もこわくないよ〜!」
「お、本当だな。四葉ちゃん、なんだかんだで楽しんでるじゃないか。」
「はっ! べ、別にっ……お、お兄ちゃんの為に乗ってるだけなんだからね? 四葉が乗りたかったとかじゃなくて……と、とにかく、勘違いしないでよね!?」
はいはい、分かりましたよ。
「でも、懐かしいね。こうして一緒に出掛けたりするの。」
「そうだな。親が基本的に放置だったから、出掛けるのも二人が多かったしな。」
「四葉、今となってはお兄ちゃんよりアニメも漫画も、ラノベだって詳しくなったんだよ?」
四葉ちゃんは得意げに言う。
確かにそうだな。昔は僕の方がオタクだったけれど、いつの間にか四葉ちゃんは立派なオタク女子に育ってしまったようだ。
「……もう、お兄ちゃんの馬鹿。」
僕が色々思い出してニヤけていると、四葉ちゃんがツンと口を尖らせた。
「馬鹿とか言うなよ……」
「ふん、馬鹿。お兄ちゃんはやっぱり嘘つきだよ。」
「えっと、どういう事?」
「帰ったらお仕置きだね。ふふっ! ……あ! 船が見えるよ! ほら!」
話が逸れた……四葉ちゃんの言う嘘つきの意味が良く分からないけれど、楽しそうにはしゃぐ彼女を見ていると何だか嬉しくなる。
その後、魂の抜け殻と化したナツナツと、若さを吸い尽くして元気いっぱいの朱里さんに合流、そして夕食を済ませて夢咲町へと帰ったのだった。
謎の罰ゲームはなかったけど、夜に小一時間縛られてしまった理由は分からないまま、今日という日が終わりを告げた。
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