朱里の提案

 こうして僕達のゴールデンウィークは終わり、また職場と家の往復ループが始まった。

 とはいえ、合間にラノベを読むようになってからは割と充実していたりもする。


 上司の朱里さんは相変わらずで、季節も暑苦しい六月半ばだというのに、テンションは上がる一方。


「高野君、全裸の国の続編が出るらしいぞ!」

「え、アレのですか?」

「そう! アレだ、全裸の国! 今から楽しみだ!」


 た、確かに楽しみだな。悔しいけれど。


 僕がそんな考えを巡らせていると、朱里さんはいつものように目の前で生着替えを始める。

 そうか、もう五時か。


「高野君はネット小説の方は読み進めているのかい? あの二年以上前から更新され続けているの。」

「あ、はい。読んでますよ。今三百四話です。まだ先は長いですよ。

『兄が振り向いてくれないから、兄の周りから女を全て消し去る事に決めました。』

 これ、中々ネジ外れてて面白いんですよね。」


 朱里さんは僕のスマホを手に取りサイトを開くとあらすじを読んでは大きな瞳を瞬かせた。


「最初からやっべぇなこれ。もし、これが現実で起きたら大変だな。例えばツンデレ四葉ちゃんが高野君を好き過ぎて、暴走したら……」

「いやいや、勘弁してくださいよ……そもそも四葉ちゃんと僕は兄妹で……」

「禁断の恋! 萌えるね〜お二人さん! 高野君、君はもう少し女の子の気持ちを分からないといけないな。よし、決めた!」

「……え、何を?」


「今度の日曜、少し出掛けるとしよう。車は私が出すし、勿論ドールちゃんも連行する! 雨もよく降るし……そうだな、行き先は水族館だ!」

「い、いきなりですね!?」


 朱里さんは半裸のままピンと形の良い胸を張ると、究極のドヤ顔で言った。


「そこで高野君には私達三人と個別でデートをしてもらう! 三人から合格点を貰えなかったら……ふっふっふ、罰ゲームだ!」


 いや、最初から罰ゲームですよ朱里さん!


「いや、何でわざわざ個別に……」

「ふっ、女心を知る為さ。そして最後に高野君が彼女にする人を決めるのだ。もしそこで間違えてしまうと……知らないよ? なんてね!」


 意味がわからない。朱里さんは何でもゲーム感覚で楽しむ癖があるんだから。

 四葉ちゃん、ちゃんと出て来てくれるかな?

 この前キャンプは出来たけれど、今回は完全に人混みだ。流石に嫌がるんじゃないか?


 とはいえ、朱里さんが言い出すと止まらない。

 説得するだけしてみるか。餌付けの為にさくらんぼ餅も買って帰った方がいいだろう。



 ——

 そして高野家、


「水族館〜! 四葉行きたいよ〜!」


「そうか良かった。でも水族館は人が多いけど大丈夫、四葉ちゃん?」

「……あ……ぁぅ……やっぱ無理だよ。」


 四葉ちゃんは一気にヘナヘナと萎びてしまった。

 僕は少し考えて、


「僕の隣にちゃんといれば大丈夫じゃないか? 学校だって人がいっぱいいただろ? そこに行けてたんだから、同じと考えてだな。」

「同じ……おなじ、なら……尚更……嫌。」


 四葉ちゃんは今にも消えそうな声で言って、俯いてしまった。

 そうか、四葉ちゃん、そんなに我慢していたんだな。人に合わせて要領良く出来ないんだ、人より少し敏感で、考え過ぎるんだ、


 だから人がこわいんだな。四葉ちゃんは。




「……お、お兄ちゃんが……ちゃんと手を引いてくれるなら……四葉、頑張って行きたいけど。」



 ……四葉ちゃん!


「勿論、ちゃんと離さないって約束する。」

「わ、わかった……なら、行く……」



 こうして何とか外出する勇気を振り絞った四葉ちゃんだった。


 そして、——





 ——


「よーし、到着したぞ!」


 朱里さんが運転席で伸びをしながら言った。

 車で小一時間、海沿いの町に立つ水族館の駐車場に到着。天気は晴れてはいないけれど、曇りでとどまってくれた。


「こ、ここって……!」


 四葉ちゃんが目を輝かせる。

 その横でナツナツも同じようにキラキラしていた。もはや小学生の姉妹だな。


「昔来た事あるの、憶えてる?」

「ぼんやりだけど!」


 四葉ちゃんは笑顔で振り返った。今のところ大丈夫そうだな。

 いや、そもそも僕が心配し過ぎなのかも。


「四葉姉さん、はやく行くのです!」

「うんっ! 行こう夏菜ちゃんっ!」


「あ、四葉ちゃん!?」


 二人は館内へ突撃してしまったのだけど、暫くすると目を回した四葉ちゃんの手を引いて何とか帰還してくるナツナツが確認出来た。


 やはり人混みは苦手みたいだね、四葉ちゃん。

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