夏菜の嘘


 五月三日、ゴールデンウィークも後半に差し掛かるというのに、今日も四葉ちゃんは部屋から出て来ない。せっかくの休みなのに、外に出ないのは勿体ないと思うのだけど、なにぶん、四葉ちゃんは吸血鬼だから、頑なに外に出たがらないのである。

 というか、四葉ちゃんはいつも休みなんだけれど。何とかして学校に行ってほしいものだ。


 ……暇だしコーヒーでも飲むか。レアモンスターに会えるかも知れないしな。

 と、僕は部屋を後にした。そして児童に優しい自動販売機に小銭を入れた。……入れたと同時に、足元でゴトン、と音が鳴る。

 僕が足元に目をやると、そこにはレアモンスターがいた。しかも悪戯な笑顔で僕を見上げている。


「ふふふ、オレンジジュース、いただくのです。」


 ナツナツか。僕は信じていたぜ、この児童販売機、いや、自動販売機にいるとナツナツが出現するとな。オレンジジュースくらい、奢ってあげるさ。

 ……すると、

 数字が三つ揃い、陳腐な電子音が鳴る。


「はい、この分で咲良兄さんもコーヒーをどうぞです。太っ腹なわたしが奢るのです。」

 と、自慢げにツインテールを揺らす。

 児童に優しいな、コイツ。それなら、有り難くブラックをいただきますかな。


「今日は読書です? 四葉姉さんはまだ引きこもってるんです?」

「まぁな。暇だし、公園で軽く読むか。」

「そうですね、この前咲良兄さんに教えてもらったネット小説でも読むのです。」

「おう、何話まで読んだ?」

「五十八話までです。」

「お、奇遇だな、僕も同じだ。」

「ふふ、わたしと咲良兄さんは一子相伝ですから、心が通じ合ってるんです。」

「ナツナツ、それは多分、以心伝心だ。」

「おっと、わたしとしたことが、失礼しました、許してにゃん。」


 おお、どうしたナツナツ? 今日はサービス旺盛じゃないか。と、

 くだらない事を話しながら公園のベンチに座った僕とナツナツは、スマホを開き無料小説投稿サイトの画面を表示。すると、


「……あっ!」と、ナツナツ。

「どうしたの?」

「……か、感想の返信が。」


 その感想は僕の時と同じくらい、とてつもなく長い感謝の言葉で埋め尽くされていた。この作者さんは感想には律儀に返信するようだ。

 やはり趣味の範疇はんちゅうとはいえ、こうして感想を書いてもらえるのは嬉しいものなのだろうか。……いや、この熱意、もはや趣味を通り越している可能性も無くはない。


「そう言えばナツナツはゴールデンウィーク、何処かに出かけたのか? ほら、親御さんとかとさ。」

「えっと、そうですね。一応は……」

「へぇ、何処行って来たんだ? 僕なんてずっと家にこもってラノベ三昧だったわ。おかげでかなりのラブコメを網羅したぞ? 感想文も上手く書けるようになってきたしな。」

「か、感想文……」

「四葉ちゃんが感想文書かないとうるさいんだよな。」

「ほう、つまりそれは……妹物を読ませて、その妹の気持ちに気付けよ? というサインですな。」

「いま、何か言った?」

「いえ、独り言です。」


 あれ、話が脱線したけど、……ナツナツって、いつも一人だよな。通学路でも、休みの日も、基本的に一人だ。ナツナツも四葉ちゃんみたいに、学校で上手くいってないのか? それは考え過ぎかな。

 本人は楽しそうにしているし、僕が変に勘ぐることではないか。


 ふと左手に、ナツナツの小さな指が触れた。そこに目をやると確かに、ナツナツの手。

 急にどうしたんだろう? ——僕がナツナツに声をかけようとした、その時だった。

 サッと手をはなし、ピョンと立ち上がったゴスロリツインテールは振り向かずに言った。


「……うそです。」


 嘘? ……何を言ってるんだ、ナツナツ?


「うそ、です、……ゴールデンウィーク、わたしはどこにも行ってませんよ、咲良兄さん。」


 何処にも……そうか、家庭の事情もあるし、親御さんは仕事が……


「言ったじゃないですか、……」


「ナツナツ?」

「もう、……今日はもう、帰るのです。」


 ナツナツは振り返って笑顔を見せた。ツインテールはピョンと跳ね、小さな輝く雫が落ちるのが見えた。……踏み込むべきか、僕は悩み、


「咲良兄さん、またなのです!」

「ナツナツ。」

「はい?」


 ナツナツは大きなつり目がちな瞳を瞬かせ、首を傾げた。


「明後日、時間作れるか?」

「え……何を……」

「明後日の朝には朱里さんも里帰りから帰ってくるし、皆んなで出掛けないか? 朱里さんには僕から言っておくし、ノリの良い人だからきっと来る。……問題は四葉ちゃんだけど、死ぬ気で引きずり出すからさ、思いっ切り遊ぼうぜ?」


「で、でも……」


「ナツナツ、深い事は聞かない。ただ、ナツナツのそんな哀しそうな顔は見たくないな。だから、遊ぼうぜ?」


「……咲良兄さんは、ほんとにアレです。」


「ラノベ主人公、か?」


「……です。」


 ナツナツは溢れてしまった涙をサッと拭くと、今度こそいつもの笑顔を見せた。


「わたしは皆んなと一緒なら何処でも良いです、強いて言うなら……そうですね、ピクニックに行きたいです! 場所はえっと、神野う……」

「神野浦高原緑地か? ここからだと一時間くらいで着くな。いいぞ、それじゃぁ弁当も作らないとな。楽しみだなぁ。」


 詳細はまたメールで伝えると告げ、僕はナツナツと別れ、アパートへ帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る