桜舞い散る河原で


 四月二十六日、金曜日。明日から史上最大の大型連休を控えた僕だけれど、その前に最後のイベントがあるのである。

 夢咲梱包株式会社、僕の勤める会社のお花見と称したバーベキューが、近くの河原で行われる訳だ。因みに僕は、ついこの前二十歳になった訳で、今年はお酒を飲める。……髪野専務が嬉しそうに全身の肉を震わせていたのを考えると、どうやら僕は飲まされる事になるだろうと予測出来る。

 ——こりゃ専務のロボ話に花が咲くな。


 そんな訳で、僕達は仕事を昼で切り上げると近くの河原へ向かった。総勢三十人程の従業員が、こうして揃って行動するのは珍しい。

 僕は飲み物の入ったクーラーボックスを両肩に、汗だくで目的地を目指す。すると、


「高野君、一つは俺が持つよ。手があいたからね。」


 こ、この優しい声は!


「リーダー! ……いえ、これしきなんて事……!」

「いいからいいから。ほら。」


 この人は作業ラインのリーダー、優しさの権化とも言える僕の上司だ。

 涼夜亮りょうやたすく、クールで男前で、王子様みたいな男性だ。会社の女子にも勿論人気があるのだけれど、嫌な感じが全然ない。


「ありがとうございます、涼夜リーダー。」

「いいってことさ。……それより、営業課はどうだい? 大変なんじゃない?」

「そ、そうですね。慣れないことばかりです。」


 毎日ラノベを読み漁っているなんて言えないな。しかも半裸の朱里さんまで拝めているなんて、口が裂けても言えない。


 ——

 そして河原に到着、適当な場所をとり準備を始める。それにしても凄い人だな。

 まもなく火の準備も完了、下っ端の僕は勿論焼き手に回らないといけない。……と、思ったのだけど、どうやら今回は違うみたいだ。


「高野くぅ〜ん、今年から飲めるんだから、肉なんて焼いている場合じゃないわぁ〜、こっち来て付き合いなさいよ〜ん!」

 髪野専務、……髪野不佐夫専務のお呼びがかかってしまった。肉を焼いている場合じゃないと、肉を震わせて言う専務は、始まって間もないのに既に出来上がりつつあった。


 その後、僕が専務のロボ話に散々付き合わされたのは、言うまでもないだろう。

 ——

 そして数時間後、専務は天に召され大の字で眠っている。僕はやっとの事で自由になった訳だけど、流石にお酒が回ってきたかな。少し頭がクラクラする。でも、何だろうな、悪い気分じゃない。


 缶酎ハイ片手に周囲を見回してみると、皆、桜と酒に酔いしれている。涼夜リーダーは相変わらず人気者で、女子社員やバイトさんに群がられている。なんて羨ましいんだ。

 ……でも、涼夜リーダーは心ここに在らず、って顔をしているように感じた。


「……あ。」


 少し離れた河辺に一人、腰を下ろしお酒を嗜む美女が眼に映った。まぁ、朱里さんなんだけれど、一人でどうしたんだろうか。

 さみしそうだし、話しかけてみるかな。


「朱里さん、皆んなと飲まないんですか?」

「……。」

「えっと……朱里?」

「あぁ、高野君か。……私は静かに飲みたい派なんでね。もしかして、付き合ってくれるのかい?」

「朱里が良ければよろこんで。」

「よし、ならあそこの草むらへ移動しようか。」


 朱里さんは頬を赤らめながら本気とも、冗談とも取れない微妙な表情を浮かべた。


「え、草むら?」

「あの日陰の方が、読書に向いているだろ?」


 朱里さんは持っていた手提げ鞄のチャックを開け、中の官能小説を僕に見せると、にっ、と白い歯を見せた。ほんのり頬を染めた朱里さんの笑顔は、とても可愛くて、そしてエロい。


「そうゆう事ですか。それじゃあ移動しますか。」


 ——

 日陰に移動した僕と朱里さんは、ほろ酔い気分で官能小説を読んでいる。……お酒のせいで何だかいつもより表現が生々しく感じた。

 ——いつもとは違って見える。文章も、……朱里さん、も。


「どうかしたのか?」

「いえ、なんでも……」


「……続き、」


 ……? 朱里さん?


「続き、しよっか?」

「えっ!?」


 朱里さんは僕の身体に密着すると、横を向き、僕の顔をじっと見つめてくる。

 ——続きって……まさか、

 相変わらず良い香りがする。今日はお酒の匂いも相まって、何とも言えない妖美な香りに感じた。

 朱里さんの唇が、僕の唇を塞ぎそうになった、その時、僕はふと、彼女を思い浮かべた。

 ——瞬間、僕の額に痛みが走る。


「痛っ……!?」


 頭突き!? 頭の中で鐘が鳴るような感覚を味わいながら、額を押さえた僕を見る朱里さんの表情は、僕が死ぬまで……ほんとその時まで忘れられないであろう、そんな哀しげな表情だった。

 ——そんな表情はすぐに晴れ、朱里さんは僕の額に指を突き付けると、笑顔を見せた。


「馬鹿、からかっただけだ。」

「ちょ、タチが悪いですよ?」

「はぁ、こりゃ四葉ちゃんの気持ちに気付くのはまだまだ先かな。」

「……いま、何か?」


「いいや、何でもない。もう少し呑もうか、高野君、お酒を取って来てくれる?」

「あ、はい。」


 僕はお酒を取りに皆の場所へ足を運んだ。確かにその時、朱里さんは言っていた。僕にはその意味が分からなかったのだけど、


「……失恋に、乾杯っ……てね。」


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