駄菓子屋のメル


 ……全く、何故に僕がパシられなきゃいけない。

 朱里さんめ、権力を惜しみなく行使するとは、パワハラだ、ついでにセクハラだよ存在が!


 と、心の中でボヤきながら、僕はいつもの通勤路で片道十五分の歩き旅中だ。坂を下るとまもなく住宅地に入って、少し歩くと駄菓子屋が見えた。

 僕は二度目の駄菓子屋へ突撃した。

 相変わらず中は狭い。当たり前の事だけれど。……今日はレジにお婆ちゃんが添えられている。完全に同化していたから最初気付けなかった。


「おや、いらっしゃいね。」


 優しい声だな。見た目の通り優しいんだろうな。あの子は今日はお休み、かな?

 とにかく僕は駄菓子を物色する事にした。うま○棒、さくらんぼ餅、モロッコヨーグル、これ懐かしいな。あ、さくらんぼ餅がない……

 仕方ないから土下座で四葉ちゃんに謝るか。

 と、その時、あの声が二階から聞こえてくる。


「婆っちゃ〜、在庫、おろしてきたのじゃ〜」


 のじゃ子だ。そうか、在庫を取りに上がってたのか。僕がのじゃ子をじっと見ていると、のじゃ子は大きな垂れ目がちな瞳をパチクリさせた。


「のじゃ?」と、のじゃ子。

「……の、のじゃ。」

「馬鹿にしてるのか?」

「ご、ごめん……」


 するとお婆ちゃんが、

「ほれ、メルや。お客さんやで?」

「む、そうだったのじゃ。……すまん、えっと。」

 のじゃ子、改め、メルちゃんは言葉に詰まる。

「高野咲良、メルちゃんっていうんだ、可愛い名前だな。」

「咲良か。か、可愛くなどないのじゃ。……ほれ、何を買うのじゃ? さっさと選ばんか。」

 一丁前に照れたのか、頬を染めたメルちゃんはお婆ちゃんとレジを変わる。メルちゃんの持ってきてくれたのはどうやらさくらんぼ餅だったようだ。

 これで僕は四葉ちゃんに土下座をしなくて済む。


 適当に駄菓子を選び、それをレジのメルちゃんに渡すと、例によって例の如く、壊れたレジをチーン! と開放して会計を済ませてくれた。


「また来るのじゃ。」

「はいよ、じゃ、店番頑張ってな!」


 いや〜、メルちゃんは可愛いな〜。

 僕はスキップで帰路についた。


 ——

 アパートに到着した僕は玄関のドアを開けた。どうやら中で三人が話しているようだ。朱里さんがやけに興奮しているようだけど、二人共、襲われちゃいないだろうか?

 そんな不安を胸に僕はリビングに繋がるドアを開ける。すると、四葉ちゃんの声がした。


「……朱里さん……ふふっ、あのキスを見たら誰だって分かりますよ。お兄ちゃんのこと好きだって。」


 え、と、何の話?

 立ち尽くす僕を、見上げる三人は少し頬を赤らめながら、驚いた表情を見せた。


 ……そんな訳で、読書タイム、再開だな。なんだかまた、ラノベ主人公とか言われたけれど、意味は分からないし、まぁいいか。

 その後は何気ない会話をしつつ、読書。気が付けば外も暗くなり始めていた。

 朱里さんとナツナツは「また今度」と部屋を後にしたのだった。


「片付けないとね。」

「そうだな。四葉ちゃん、楽しかった?」

「あ、うん……いい友達を紹介してくれて、ありがとう。」


 今日の四葉ちゃんは本当に機嫌が良いな。きっと何かいい事があったんだろうな。


「よぉ〜し、これからも頑張るぞ〜!」

「四葉ちゃん、何を頑張るの?」

「そ、それは秘密だよ! 四葉にも色々あるの。」

「そうか、良く分からないけど頑張れ。」

「うん、……これでよし、と。……お兄ちゃん?」


 四葉ちゃんが大きな瞳で僕を見る。


「何だ?」

「両手を後ろに。」


 あ、シャワータイムですか。

 僕は大人しく拘束される事にした。毎日の事で慣れてきている自分がいる。毎晩、妹に拘束される社会人の兄の姿が、そこにはあった。


 それもこれも全部、僕の事だ。


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