カレーとラノベ
僕は軽く汗を流し、濡れた身体を拭こうとバスタオルに手を伸ばす。バスタオルは綺麗に畳まれていて良い香りがする。洗たく洗剤の香り。
四葉ちゃん、いつも洗濯だけはしてるみたい。僕のシャツも、下着も、綺麗に、シワもなく、リビングの隅に置いてあるのだ。……リビングの隅なのが少しアレだけど、これには感謝しておこう。
案外、良い嫁になれるのかも知れないな、四葉ちゃんって。これなら料理も期待出来るんじゃなかろうか? ——そもそも作るのはカレーだし、失敗なんてまずあり得ない。
身体を拭き終えた僕は服を着て、リビングへ足を運んだ。すると、カレーの良い香りが部屋に漂って、料理は順調に進んでいると認識出来た。
——内心、ホッとした。
「あ、お兄ちゃん、まだ時間かかるからそこで座って待ってて。」
「……何か手伝おうか?」
「大丈夫、お兄ちゃんは四葉オススメのラノベ を読んでていいよ。ちゃんと感想も書いてよ? お兄ちゃん、最初だけちょこっと書いて、最近サボってるの知ってるんだからね?」
……サボりとか、あるの?
妹が一人でやると言ってるし、お言葉に甘えて読書でもするか。四葉ちゃんのオススメは確かに面白いし、……まぁ、妹物ばかりだけど。たまにファンタジーも読ませてくれるけど、例外なく妹キャラが存在するものばかりだ。
まるで、『妹』という存在そのものを研究しているかのような、徹底した妹萌え、……もしかして、四葉ちゃんって女の子が好きなのか?
僕の脳裏に、変態上司の顔が、……いや、全裸が浮かびあがる。僕は首を振り脳内から変態を叩き出して、読書に集中することにした。
…………読むこと数十分、ローテーブルが激しく小刻みに揺れた感覚で、僕はラブコメの世界から現実へと引き戻された。正確には、……ローテーブルの上で激しくバイブしたスマホの所為で、カレーの香りがするリビングへと引き戻された訳だ。
僕は本に栞を挟んだ。……いいところだったのに、いったい何者だ? 僕の読書を邪魔するのは。
…………変態上司だった。
朱里さんからのラインだ。なになに……
「お兄ちゃん、カレー出来たよ? って、どうしたの?」と、首を傾げる四葉ちゃん。
「あ、ほら……この前、お好み焼きパーティーした時の僕の上司朱里さんなんだけど、今近くにいるから寄っていいか? って。」
「あ、あのお兄ちゃんの唇を奪ったエロリさんが⁉︎な、な、何しに⁉︎」
「アカリさんな。エロリさんの方がしっくりくるけど、本人の前では言わないでくれよ? 多分、喜ぶから……」
四葉ちゃんの間違いを訂正した僕は、一息ついて続ける。
「kokonoe洋菓子店のケーキを買ったから、皆んなで読書タイムにしないか? ……だってさ。どうする四葉ちゃん?」
「朱里さん、神! ……すぐにお迎えして! お兄ちゃん、朱里さんの事、変態エロエロキス魔とか、絶対言っちゃ駄目だからね!」
一度も言った事ないし、初めて聞いたよ。四葉ちゃんの中では朱里さんは、変態エロエロキス魔、で定着しているのかも知れないな。
あながち、間違ってはいないのが、部下として辛いところだよ。
「わかったよ、……ラインも面倒だし、ちょっと電話するわ。」
僕は朱里さんに電話した。四葉ちゃんがカレーを作ってくれている事と、ちょうど読書中だった事も伝える。すると、朱里さんは、
『そうか、それならこの辺りに徘徊しているドールちゃんも捕獲してくる!』
「……ドールちゃん?」
『それじゃ、また後で! ……ツンデレちゃんによろしく言っておいてくれ!』
電話は一方的に切られてしまった。
ツンデレちゃん。……僕は四葉ちゃんをじっと見つめてみた。兄の視姦に堪え兼ねた妹、四葉ちゃんは頬を赤らめて身体をキュッと丸める。
「ジロジロ見ないでよ……」
「いや、四葉ちゃんって、やっぱり可愛いな〜っとか、思ってさ。」
「えっ……お、お兄ちゃん急に、そんな……事……言われたら……」
「あれ? 照れてるの?」
「ちょ、そんなわけないでしょっ!? な、なんで四葉が照れなきゃいけないの! お、お兄ちゃんが馬鹿みたいなこと言うから、ちょっと驚いただけなんだからね、か、か、勘違いしないでよねっ!」
期待を裏切らないね、四葉ちゃんは。
「で、ケーキはいつ来るの?」
「朱里さんな。メインはあくまでケーキではないんだから。すぐ来るとは言ってたけど、えっと、ドールちゃんを捕獲したらって。」
「夏菜ちゃんだね。」
「あー……なるほどね。」
どうやら今日は騒がしい一日になりそうだ。でも、やっぱり四葉ちゃんも拒否はしないみたいだ。
kokonoe洋菓子店の破壊力こそあるにしろ、それでも他人と絡めない四葉ちゃんが、ここまで心を許しているのは珍しい。
同じラノベ読者と語り合ったのが、それだけ楽しかったのかも。僕の知らない作者の話とかマニアックな話も出来るし、このラノベ同好会は四葉ちゃんにとって、いい刺激になっているようだ。
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