返信



 チャイムが鳴り、玄関をドアを開けた僕の視界には、獲物を捕らえたドヤ顔の朱里さんがいた。ドールちゃんこと、夏野夏菜ちゃんの首根っこを掴みぶら下げた朱里さんがいた。


 ……散々愛でられたのか、ナツナツの魂は半分くらい、いや、八割方抜け出していた。

 僕の存在に気付いたナツナツは正気を取り戻し、スルッと朱里さんから逃れると、ペタペタと僕の元へ避難した。そして僕の脚にしがみついた。

 朝に会った時とは違う、ゴスロリ服に身を包んでいる。ナツナツは一日に何回着替えるのだろうか。


「……わたしは色々、失いました……です。」

「た、大変だったな。」

「……ペロペロされました……です。」

「お、おう……大変だった、な。」

「……モミモミされました……です。」

「そ、それはまた、……大変、だったな。」

「下着を、盗られました……でず……」


「こら朱里っ!? とりあえずパンティは返せ! パンティは駄目だ、パンティは!」


 朱里さんは「ちぇ」と膨れて、ナツナツの幼女らしいパンティを僕に手渡した。僕はそれを握る。

 ……僕はあろうことか、それを握りしめた。

 そしてそのタイミングで四葉ちゃんがリビングから顔を出す。


「こ、ここ、こんにちは……朱里さんに夏菜ちゃ……って、お兄ちゃん、な、な、何、してるのかな?」

「何って?」

「そ、その……右手に大事そうに握りしめた、可愛い、かわい〜い、パンティは何かな?」

「えっと……その……」


 若干八歳、小学三年生の脱ぎたてホヤホヤのパンティを、しっかり握りしめた、二十歳の男がそこにいた。……紛れもなく、それは僕だけれど。

 事案発生現場に出くわした四葉ちゃんの声は震えている、……怒りで震えている。

 四葉ちゃんは無言でリビングへ、そしてすぐに玄関に帰ってきたのだけど、その手には延長コードが握られていた。……いつものやつである。



 その後、僕がどうなったかは、皆の想像に任せるとして……


 ——

「高野君、いい感じに縛られてしまったなぁ! これが噂に聞くツンデレちゃんのプレイスタイルか!」


 アンタの所為だろうが、朱里こらぁ!


 四葉ちゃんはキッチンでカレーを温めなおしている。身動きの取れなくなった惨めな僕を、物珍しそうに観察するナツナツの目は、心なしか輝いていて、朱里さんは腹を抱えて大笑いしている。……全く、この人には敵わないよ……

 すると四葉ちゃんがキッチンから声をかける。


「あ、あの……お昼ご飯、まだだったら……その、カレーを作ってみたから、食べる?」


 恥ずかしそうに身体を捩らせた四葉ちゃんは可愛いなぁ。なんだかんだでこの二人の事が好きなんだな、きっと。


「お、いいのかいツンデレちゃん! それならお言葉に甘えていただいちゃおうかな〜」

「わ、わたしもっお腹空いてたんです!」

「う、うん……! なら、一緒に食べよ?」


 小さなローテーブルに四食分のカレーが並ぶ。とても良い香りがする。四葉ちゃんは渋々僕の拘束を解き、スプーンをくれた。

 それではいざ、……と、僕は器を片手にしたのはいいけれど、何だろうか、この違和感。とりあえず、すくってみたのだけど、極めて具が大きい。

 人参はブツ切り三等分程のサイズ、ジャガイモなんて半分に切っただけ、しかも皮付き。

 玉ねぎに至っては丸ごとそのまま、ありのままの姿で、器に鎮座しているのだ。

 ——豪快だ、実に豪快。しかし、これでは野菜に火が通ってないのでは? 僕はその一口、……大口を開けて何とか食べられるサイズの一口と睨めっこ。


「美味しそうです! ……いただきます! です!」

「あぁっ! ナツナツ!? そのジャガイモは!」


 時すでに遅し、ナツナツはジャガイモを小さなお口でパクリと食べた。

 ……

「うん、ホクホクで美味しいです、四葉姉さん!」

「うむ、この人参も玉ねぎも、口に入れた途端に崩れて溶けてしまうようだな。」

 ナツナツと朱里さんは美味しそうにカレーを食べながら言った。四葉ちゃんは照れ臭そうに頬を染めて、「圧力鍋を使ったから、短時間で何とか上手くいったみたい……」と、笑顔を見せる。


 圧力鍋か。四葉ちゃん、いつの間にこんな高等技術を……というか、お料理出来ちゃうなら、作ってくれたら良かったのに。

 確かに、野菜がホクホクで美味しい! 兄ちゃんは嬉しいぞっ! 四葉ちゃんが料理上手だったとは!


「四葉、カレーしか作れないけどね〜!」


 毎日カレーは勘弁です。

 少しばかり不安だった四葉ちゃんカレーを美味しく平らげた僕達は、朱里さんの買って来てくれたkokonoe洋菓子店のスイーツを堪能しながらの読書と洒落込む。


 ナツナツはエロスの三巻を読んでいる。朱里さんは……まぁ多分、完全に18禁を読んでいる顔だ。

 四葉ちゃんも、黙々とラブコメか何かを読んでいる。皆んなそれぞれ、言葉はなくとも同じ時間を共有している、不思議な感じだ。

 僕は今日の朝、感想を書いたラブコメでも読もう。

『兄が振り向いてくれないから、兄の周りから女を全て消し去る事に決めました。』を読もうと、小説投稿サイトを開く。


「……ん?」


 感想の返事が来ている。


 僕はその返信内容に絶句した。

 とにかく、長い。永遠に続くかのような、それこそ短編が書けそうなくらいに長い文が、所狭しと画面を埋め尽くしている。


 とにかく感謝された。嬉しい、初めての感想だからと、心底、喜んでくれたみたいだ。

 これだけ喜んでもらえると、僕も感想を書いて良かったと、そう思う反面、……いつ読み終わるかわからないレベルの感想を、ちゃんと最後まで読むかを否か……ほんの少し考えてしまった。

 失礼になるかと思い、ちゃんと最後まで読んだ僕は、それだけで達成感を得てしまった。


「ん? どしたの、高野君? 短編読み切ったみたいな顔して。」と、朱里さんに図星を突かれた僕は、我に返り小さく頭を振る。


「お、そうだ。高野君、お願いがあるんだけどさ、聞いてくれるかな?」

「……え、なんすか、朱里……さ、……あかり。」

「いや〜、スイーツを食べたのはいいが、物足りなくてな。そうだな、駄菓子でもあればいいのだけど。」

「駄菓子? ありませんよ、そんなの。」

「だーかーら、買って来て? ……駄目?」

「えー……面倒ですよ……」

「上司命令。」と、朱里さんの表情が営業モードに切り替わったのに勘付いた僕は、渋々、歩いて十五分、往復三十分の道のりを往く事となった。


「んじゃ、ごゆっくり。」


「おう、行ってらっしゃい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る