ラノベ主人公と二次元ヒロイン


 玄関のドアを開ける。……良かった、チェーンはかかってなかった。チェーンこそ、かかってはいなかったのだけど、僕は一歩を踏み出せずにいる。

 何故なら、玄関に鉄壁の門番、……キャラクター名にして、地獄の門番ケルベロスあたりのヤバいオーラを放つ門番が立ちはだかっている訳で、——つまりは、四葉ちゃんが立ちはだかっている。


「四葉、怒ってる。」


 ケルベロスは、怒ってるらしい。

 僕は朝の散歩も許されないのか? そんな四葉ちゃんは僕の手のひらを両手で掴み、睨みつけるような鋭い目つきで言った。


「くんくん。……JSの匂いがする……これは……夏菜ちゃん? ……お兄〜ちゃん?」


 なんて嗅覚だ! 伊達にケルベロスってねぇ!


「まぁいいか。四葉は大人だから、夏菜ちゃんみたいなお子様に妬いたりしないんだから。」


 そうか、窓から監視してたな四葉ちゃん。

 それにお子様度は大差ないと思うよ。寧ろナツナツの方が大人に見えなくもない。

 四葉ちゃんはサラッとナツナツに妬いてましたって言っちゃってるけれど、そこはスルーするのが長生きする秘訣だと、僕は最近学んできた。


「……でも、許してあげる。四葉、今日は気分が良いんだよ。こんな清々しい朝は久しぶりだよ!」


 あれ、許された? 清々しい朝って、部屋の中で言う言葉かな。何はともあれ、命拾いした僕は無事にリビングへ帰還する事が出来た。

 とりあえず、いつもの位置に座りテレビをつける。四葉ちゃんも座って、二人でテレビを見る。……平和な休日だ。すると、四葉ちゃんが思い付いたかのように手を叩く。


「よし、今日はお昼ご飯を作るっ!」

「……え?」

「だから、四葉がお昼ご飯を作ってあげるって言ってるの。」

「それはありがたいんだけれど、四葉ちゃん、料理出来たっけ? あまりイメージが湧かないんだけど。」

 ——正直、食べてるイメージしか湧かない。


「四葉だって、やれば出来る子なんだから! ……お兄ちゃん!」

「は、はい。何でしょうか四葉様。」

「材料、買って来て!」

「四葉ちゃんが行けばいいんじゃないの? お金なら渡すからさ。」

「無理無理! そんなの無理に決まってるよ! だって四葉、人混み苦手なんだから!」


 そんな胸を張って言う事でもないけれど、どうやら拒否権はないようだ。


「じゃ、三十分で帰ってくること!」

「僕に競歩でスーパーまで行けと言うのか四葉ちゃんは!」

「走ればいいの、はい、スタート!」


 ——

 僕は渋々了承して、四葉ちゃんからメモを貰い、朝早くから営業している商店街の端に位置する小さなスーパーを目指す。走るのは嫌だから、競歩で。


 メモには、——ジャガイモ、人参、玉ねぎ、

 あと、カレー粉。どうやら、四葉ちゃんは僕にカレーを振舞ってくれるみたいだけど、どういう風の吹き回しだろうか。


 ——可愛い妹の手料理を食べられるのは嬉しい事だけど、不安がないと言えば嘘になる。

 理由は明解、僕は四葉ちゃんが料理をする姿を、生まれてこのかた、見たことがないから。


 商店街を歩いていると、ちらほらと人とすれ違う。よく見る顔ばかりだけど、大して接点がある訳でもない僕は、気にせず道の端を歩いて行く。

 ……静かな休日だな。空も晴れていて、鳥達のさえずりも心地良い……と、思った矢先だった。耳をつくような甲高い声が商店街に響き渡る。

 何事かと、振り返ってみると……?


「うわぁっ、ちょ、ちょっとすみませんけど、退いてくれませんかぁっ!?」


 そう言って僕を華麗にかわし向こう側へ走り去ったのは、高校生くらいの男だった。なんだか頼りなさそうな、それこそラノベの主人公みたいな奴だ。

 ——すると、そのすぐ後ろから、先程の甲高い女の声がした。僕は何事かと再び振り返ったのだけど、


「あー、もう! じゃまじゃま〜っ! そこの冴えない男! 道を開けなさーいっ!」

「え、僕ですか?」

「アンタしかいないでしょ! ったく、こうなったら! とうっ!」


 少女は跳んだ。僕の頭上を跳びこえる高さで。短いスカートから、限りなく可愛らしい下着が見えた。……もろに見えたのだけど、これはいったい何のご褒美だろうか。


 少女は軽やかに着地、その際フワリとスカートがなびき、綺麗なピンクブロンドの髪からは甘い香りが漂う。……心なしか四葉ちゃんに似ている。見た目もそうだけど、……特に胸、……いやしかし、見た目より何より、雰囲気がよく似ているのだ。


 この子、間違いなくツンデレ貧乳ヒロインだ。


「……な、何ジロジロ見てんのよ! あ、こんな冴えないのに構ってる場合じゃなかった! こらー! 待ちなさいよー! すずきぃ!」

「リリィ! 勘弁してくれーっこれ以上は無理だ!」

「わ、私がシテあげてるんだからっ、か、感謝するとこでしょーが! すずきのくせに生意気よ! 待ちなさーい!」


 ……鈴木? リリィ? ……

 よく分からないけど、あまり見かけない女の子だったな。しかもピンク髪。いつから僕は二次元の世界に迷い込んだのだろうか。


「うわ、もう十五分経過している! 急がないと締め出しを喰らってしまうぞ! ぬおぉっ!」


 ……ここに、商店街を全力で走り抜ける二十歳がいる。額に汗を滲ませ、それこそ必死に走り抜ける、いい大人の姿が。

 まぁ、それは僕なんだけれど、背に腹はかえられぬということで、死にものぐるいで走る。



 ——

 アパートに着いた時には、僕の体重は二キロほど減っていたに違いない。

 しかしその甲斐あって、何とかギリギリ、締め出しを免れた訳である。


「お兄ちゃん、汗臭っ……!」


 四葉ちゃんのせいだろ! 酷い妹だよ本当!


「とりあえずシャワー浴びてくる。」

「うん、あまり四葉の家を汚さないでよ?」

「僕の家だ。四葉ちゃんのじゃない。」

「……お兄ちゃん、怒ってる?」


 おっと、つい口調がきつくなったかな?


「四葉、地上、苦手だから、あの……」

「怒ってないよ。ほら、これ。頼まれてたやつ。」


 ……地上って、四葉ちゃんはモグラか。

 僕は買ってきた食材を四葉ちゃんに差し出す。


「う、うんっ! それじゃ、お兄ちゃんはシャワー浴びて待ってて!」

 四葉ちゃんは鼻歌なんか歌いながら、奥へ走り去ってしまった。あんな四葉ちゃんは中々お目にかかれない。機嫌が悪いよりは全然いいけれど。


 こうして異例の、いや、前代未聞の強制イベント、『四葉ちゃんのツンデレクッキング』が始まってしまった。

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