ネット小説と感想


 四月二十日、土曜日。仕事は休み。

 昨日、星子と出掛けた後、四葉ちゃんに締め出しを喰らった訳だけど、何故か許してもらえ、屋内で眠るに至った。

 リビングだけど。


「ん、まだ六時半か……」


 時計は午前六時半を過ぎたところ、……休日の起床時間としてはまだ早いけれど、どうも目が冴えてしまったみたいだ。

 起き上がり窓の外を見ると、昨日のどんより空が嘘かのように晴れている。


 ——

 ……ガコン、と音が鳴る。僕は取り出し口に手を入れて、中で転がる冷たい缶コーヒーを取り出した。

 ドット数字が回転を始めた。しかし、

「ハズレ、か。」

 児童には優しいけど、大人には優しくないな、この自動販売機。

 少し歩くか。……そうだ、近くの公園のベンチでネット小説でも読もう。


 歩いて数分、いや数十秒の場所に位置する小さな公園のベンチに座り、スマホを開く。——この間、四葉ちゃんに教えてもらった、小説の投稿サイトのページを開くと、まず、検索、そして、新着小説の一覧が目に飛び込んできた。

 ——検索と言っても、何を検索すればいいのか分からない僕は、とりあえず新着小説一覧に目を通してみる。


 こうして見ると、こんな時間から凄い数の小説が投稿されている。ジャンルも様々だけれど、一番目立つのは異世界物、他には……悪役令嬢、……この悪役令嬢って、いまいち意味が分からない。でも、やけにそのワードが目に映る。

 ラブコメも人気あるよな、四葉ちゃんが大好きなラブコメ、少しチェックしてみるか。

 えっと、タイトルが長いな……?


『兄が振り向いてくれないから、兄の周りから女を全て消し去る事に決めました。』


 タイトル重っ! ……しかし、なんだろう。このタイトル、妙き気になるな。詳細を確認、と。

 初回投稿、……え、二年前? この小説、二年前からずっと投稿されてるのか?

 ——しかし、評価はまずまず、か。百万文字を越える超大作の割には、ポイントは二桁止まり、ブックマークは四十人、か。これがどれ位の評価なのかは知らないけど、二年の集大成と考えたら低いのかな、と、僕は初心者ながら思った。


 あらすじを読んでみたけど、とにかくアレだ。あまり文章を書くのが得意ではなさそうだ。

 しかし、面白そうではある。とりあえず読んでみようと僕は次のページを開いた。この、とりあえず読んでみよう、の発想がポンと浮かぶようになった事で、僕も立派なラブコメ信者になり始めているのを実感した。……

 二年間、ほぼ毎日更新だけあり、目次がこれまでに見た事もないような文字の海になっている。

 この作者、とてつもない精神力で書いてるな。

 こりゃ間違いなくニートだ! じゃなきゃこれだけ更新出来ないだろ。


 そして僕は、一話目に目を通した。


 率直な感想だけれど、ぶっ飛んでいる。だけど、ぶっ飛んでいるのが逆に面白いとも言える。

 残念なのは、文章が上手くない、の一言。惜しい。

 タイトルを見ても一目瞭然だけど、これは四葉ちゃんが大好きな『妹物』だ。ヒロインの妹が、あの手この手で兄の恋路を邪魔するけど、全く想いに気付いてもらえないといったストーリー。


 ……

 気が付けば、七時半。ついつい十話まで読んでしまった。やけに親近感の湧く話だったな。懐かしいというか何というか……暇潰しに読むには超大作過ぎるけれど、僕は嫌いではないな。……そろそろ帰らないと、またチェーンを閉められては困る。

 とりあえず、ブクマ、と。


「ばぁっ!」

「うわっ!? ……って、ナツナツ?」


 突然の咆哮に僕は普通に驚いた。……大袈裟に仰け反った僕は軽く咳払いをして、目の前でぴょこんと跳ねるツインテールに気付く。

 ——咆哮の主はフレッシュガール夏菜ちゃん。


「おはようです、咲良兄さん! 朝の散歩をしていたら見かけましたので、ご挨拶を、と。」

「朝の散歩?」

「はいっ! お休みの日には、朝、昼、夕、三度にわたって縄張りを徘徊してるのです!」

「ナツナツは犬か。」


 そんなワンコなナツナツは僕の隣にちょこんと座った。まず、ナツナツの服装から突っ込むべきだろうと判断した。


「で、今日は何故に巫女さん?」

「気分、です。……でも、これは普通の巫女さんではなくですね、ほら、ちらり! ミニスカタイプの今時巫女さんなんですよ!」


 ナツナツはスカート部分をひらりとめくり、悪戯に笑って見せた。ナツナツは生粋のコスプレマニアなのかも知れない。……気になる、何処で買った? あんなのネットかド○キにしか置いてないぞ。


「こら、こんな所で絶対領域を披露するな! ……朝から事案が発生するだろ?」

「太ももをチラリズムしたくらいで事案は発生しませんよ。それにわたしと咲良兄さんは、側から見ればカップルに見えるでしょうし、大丈夫です。」

「カップルは無理があるだろ。」

「そうでしょうか、精神年齢的に大丈夫かと思って。それに、キスも……されたのです。」

「アレは僕がされた訳で、間違っても女子小学生、しかも三年生にキスを迫ったのは僕じゃぁない。」


 キスか。ナツナツの唇、思ったより柔らかかったな。その後の朱里さんがインパクト強過ぎて……ヤバい、思い出してしまった。


「あの、顔が極めてキモい変態顔に変化していますが……?」

「変態じゃない、僕は紳士だ。」

「いやいや、それはないです。」

「そうさ僕は変態ロリコン野郎だこらぁっ!」

「事案。」

「……すみません、調子に乗って。……あ、そうだ、ナツナツ。」


 僕の華麗な切り返しに、ナツナツは首を傾げる。


「このネット小説の感想ってどうやって送ればいいの?あまり使い方が分からなくてさ。」

「感想、です? ……少し見せて下さいです。」

 ナツナツは僕のスマホに目を通し、

「このサイト、わたしのと同じみたいです。四葉姉さんにでも教えてもらったのです? ……これは、こうして、あの、そこの腕をどけて下さい。」

 ナツナツは僕の左腕をどけて、僕にぴったりと密着して、スマホの画面を操作する。デコピンで折れそうな細い指は慣れた手つき。

 あっという間に感想欄まで辿り着いた。そうか、感想は現時点の最終話のページで送ればいいんだ。


「はい、ここで感想を書けるのです。」

「ありがと、ナツナツ。」

 僕はナツナツの頭を撫でて愛でる。ツインテールがピョンと跳ね、くすぐったいと身体を丸めるナツナツは愛らしい。

 ナツナツは僕の手のひらを両手で掴み、頭から離すと頬を赤らめながら言った。


「それにしても感想を書くとは、お気に入りが見つかったのです?」

「まぁ、そうかな。ラブコメなんだけど、懐かしいというか、親近感が湧くというかさ。これなんだけど。」


 僕がタイトルを見せると、ナツナツのツインテールが再び、……さっきより激しめに跳ねた。

「す、凄いタイトルですね。……わたしもたまに読もうっと。咲良兄さんと同じ物を読むのも、これで二作品目です。……共有、きょうゆ〜」


 嬉しそうに笑うナツナツが無邪気で、本当、食べたくなってしまう。

 言っておくけど、僕はロリコンじゃない。……ただ、小さくて可愛い女の子が好きなだけで。


 何はともあれ、これで感想の送り方は分かった。どれどれ、一つ送ってみるか。

 ……

 こうして率直な感想を、……なるべく失礼のないように書き記し、送信ボタンを押す。


 僕はナツナツと泣く泣く別れ、アパートへ足を運んだ。ちょっとだけ生意気だけど、僕に懐いて可愛いナツナツに癒された僕の心は弾んでいた。



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