埋め合わせと雨
誕生日から数日、時にして、四月十九日、金曜日。僕は仕事を終え、会社を後にするべく、いそいそと荷物をまとめていた。——今夜は用事がある訳で、少しばかり急いでいる自分がいる。——心なしか気分は浮き足立つのだけれど、一つ、残念なことがある。……それは、
「……降ってきたな。」と、ボヤいてみる。
すると、朱里さんが半裸で、「何か用事でもあるのか、高野君?」と、大きな瞳で僕を見る。僕は目のあてどころに困りつつも、朱里さんの素晴らしいボディラインを脳に記憶して、返事を返した。
「……まぁ、ちょっと連れと約束が。」
「連れ? ……高野君、友達いたのか。」
「失礼な、これでも人当たりは良い方なんですよ?」
「ふ〜ん、しかし…あいにくの雨だな。」
「まいったな。あ、それじゃあ、僕はこれで朱里さん、お疲れ様でした。」
「…………」
「……朱里、お疲れ様、また明日。」
「おう! お疲れ様! また明日な、高野君!」
世間一般的に考えて、超絶可愛い笑顔を炸裂させた半裸の上司を呼び捨てにした僕は、今度こそ、……ここ、夢咲梱包株式会社を後にした。
傘をさし、歩き慣れた道をいつもと逆に歩いて行く。……さっき、連れとか言ってリア充アピールをしたのはいいけど、今夜会う相手は連れというか、なんというか、……いえば星子であって。
つまりは、幼馴染だ。
誕生日パーティーの日、僕は星子も誘っていた。しかし、星子の都合は良くなかったようだ。
後日、星子は埋め合わせと称して、僕を食事に誘ってくれた訳だ。——そういえば、こんな風に星子と二人で出掛けるのって初めてかも。
いつもは僕の部屋に来て、手料理だけ作ったら帰るみたいな、そんな関係だった。……星子が相手だというのに、妙に緊張してきた僕は、会社で着替えておいた私服を電気屋のショーウィンドウに映してみる。——ちょっと地味だったかな。
これって、所謂、デートだよな。
いや、あまり意識するな僕。星子は僕の幼馴染であって、恋人でもなんでもない訳で……
つまりは、いい友達、であって。少し、いや、かなり立派な果実を実らせた、僕の友達の巨乳枠であって、……何が言いたいのかと言うと、そう、……落ち着け僕、と、今の自分に言ってやりたい。
何も今日、星子に告白される訳でもあるまい。……待てよ、もし、……されたらどうする? やっぱり受けるべきか? 星子って、良く見ると可愛いし、おっ○いも大きいし、ちょっと変わり者だけど……料理も美味しい。
そんな僕を妄想の海から引き揚げたのは、ポケットの中で激しくバイブするスマホだった。僕は屋根のある場所に移動して、スマホを確認した。
——四葉怒ってる! 何時に帰る?——
四葉ちゃんは僕の嫁か? とりあえず、返信しておかないと、後で縛られるのはご免だし。
——そんなに遅くはならないよ。会社の専務と飯に行くだけだからさ。テーブルの上にお金、置いてあるから、それで何か食べてて。
もしかして、さみしいのかな、四葉ちゃん?——
即座に返事が返ってくる。因みに、四葉ちゃんには会社の付き合いと言ってきた。何故、そんな嘘をついたのかは自分でも分からないのだけど、なんとなく、そう伝えて部屋を出た。
——そんなわけないでしょ! 馬鹿! 思い上がらないで! さみしいわけない! 勘違いしないで!——
四葉ちゃん、文面でもツンツンしてて可愛い。
僕はツンデレ貧乳ヒロインに少しばかり癒され、スマホをポケットにしまう。その際、鞄につけたキーホルダーが揺れた。……四葉ちゃんがくれた、やけに重たい猫のキーホルダー。
出来るだけはやく帰ろうか。
——
図書館を通り過ぎた先の小さな公園。そこで僕達は待ち合わせをしている訳だけど、——どうやら、僕は女の子を待たせてしまったようだ。
「ごめん、待ったか?」
公園のベンチ、……屋根のある場所のベンチに座り、雨を凌いでいるのは、僕の幼馴染である天野星子だった。
星子は僕に気付くと、「うん、二分待ったぞ。」と悪戯に笑ってみせた。星子の笑った時に見える八重歯が、僕の密かな萌えポイントである。星子には間違ってもそんな事は言わないけど。
「二分って、ついさっきじゃないか。」
「それでもボクの方がはやく着いたのには変わりないだろ? 女の子を二分も待たせるとは、やはりモテる男からは余裕を感じるな〜?」
「おいおい、茶化すなよ。それに、僕がいつ、何処でモテたというのか。」
「……変わらないなぁ、昔から。」
「どうした?」
「何でもない! ほれ、予約した店があるから行くぞ? 雨に濡れると服が傷むし。」
そう言ってすっくと立ち上がった星子の胸が、見事に揺れた。珍しく女の子らしい服装だと、改めて僕は思った。星子はいつもパンツスタイルにシャツといったシンプルな服装のイメージがあった。
だから、今日の星子は何だか特別に見えたのだ。白いワンピースは胸元も大胆で、とても春らしくて可愛い。内巻きの髪から覗くピアスも、大人っぽさを漂わせてくる。
雨が降ってなければな、と、僕は思った。
「こーら、あまり視姦しない! ボクだって女の子らしい服くらい着るっての。」
頬を膨らませた星子は腕を組み僕を上目遣いで見上げてくる。ギュッと寄せられて行き場をなくしたお胸が、とんでもない事になっているのを目に焼き付けた僕は、ゴクリと息をのみ、心の中に
落ち着け、欲情するな、そう、僕は菩薩、僕は今から、星子と夕飯を食べに行くだけなんだから。
菩薩は表情一つ変えず、僕の頭の中で光を放つ。
つくづく思う、僕の女性への耐性の低さを呪いたくなる。身体ばかり成長して、頭は中学生のまま二十歳になってしまったようだ。
こうして菩薩と化した僕は、悟りを開くように無心で、そして紳士的に星子の後をついて行く事にした。………………
な、なんと……!
……ワンピースの下……直で下着か? 歩く度におしりの形が浮き出して……って、おい菩薩! 全然効果ないじゃないか!
僕の菩薩様は遥か彼方へ去ってしまった。
「ははっ、咲良君は好きだね〜? そんなに女の子の身体に興味があるのかね? うりうり、若いから仕方ないことだけど、あまり関心しないぞ?」
振り返ってクスクスと笑う星子。だから、胸を寄せるでないわ! 首から下げたネックレスが埋もれていく様が生々しい。
そんなネックレスに嫉妬する二十歳がそこにはいた。というか、僕だけれど。
「星子が誘惑するからだろ。」と、拗ねてみる。
「こんな風に?」と、星子は胸を寄せる。
「ほら、またそうやって見せる。」
「……魅せてるのだよ、咲良君。」
「……星子、お前はサキュバスか何かなのか?」
「お、案外そうかもね。」
馬鹿な問答を続けているうちに目的地に到着、時刻は夜の七時。立派なフレンチレストランだ。
夢咲町にこんな店があるとは、流石は食の女神だ。しかし、こんな所、高いんじゃないのか? ……今夜は奢りだって言ってたけれど。
ま、星子は人気漫画家でもある訳だし、僕のような小市民より懐があたたかいのは言うまでもない。
お言葉に甘えて、ご馳走になるとしよう。
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