延長コード、目隠し、そして……


 ……朱里、さん!?……


 僕は横目で、四葉ちゃんを見た。……大きな目を見開いて、心なしか、それが潤んでいるように見えた。……そんな僕の頬を両手で包み込むようにして、唇を重ねるのは、

「んっ……っ……」

 四葉ちゃんではなく、朱里さんだった。それも頬ではなく、柔らかな唇は僕の唇を塞いでいる。——駄目だ、頭が真っ白になるってのは、こうゆう事を言うのかな。何も、考えられない……


 朱里さんのキスは、所謂、、だった。


 唇を離した朱里さんは、少しばかり頬を赤らめながら、クスッと、悪戯に笑った。そして、横で固まる四葉ちゃんに言った。

「もたもたしてるから、奪っちゃったぜ!」


「……っ……」

「あれ? もしかして、怒ってるのかな?」


 朱里さん? 何を言ってるんだ?


「……べ、別に……怒ってなんか、ない!」

「そう? なら、私が咲良君、貰っちゃってもいいって事なのかな?」

「そ、それは……っ……そ、そんなアンポンタンなお兄ちゃんでいいなら……か、勝手にしなさいよっ!」


 四葉ちゃん、アンポンタンはあんまりだ!


「す、凄いキスなのです……これが、大人のキス、なんです……」

「む、夏菜ちゃんも可愛いキスだった! なんなら私にもプリーズキスミー! さ、ウェルカム!」

「あ、その……」

「ウェルカムなちゅーーっ!」

「ぬぎゃぁぁぁっ!?」


 なんて事だ、ナツナツのファーストキスが呆気なく奪われてしまった。朱里さんはナツナツを堪能すると、黙ってしまった四葉ちゃんを見て、深妙な表情を浮かべる。


「四葉ちゃん……? あ、ごめん。ちょっと調子に乗り過ぎたよ。許してにゃん! ……駄目?」


 四葉ちゃんの前で両手を合わせ、テヘペロで許しを請う朱里さんは、……なんというか、最年長とは思えない姿だ。極めてシュールな構図だな。

 四葉ちゃんは、プィッと横を向いてしまった。しかし朱里さんは負けじと四葉ちゃんの前に移動する。それを数回繰り返し、いよいよ根負けした四葉ちゃんは、はぁ、と溜め息をついて、

「わ、わかったから……もう、怒ってないから。」と、肩を落とした。


「ヒャッハァ〜許してくれたぜ! そんなウブでツンデレな四葉ちゃんが私は好きだっ!」

「そ、そんなストレートに……ま、まぁ……でも、今日は楽しかったね。」

 四葉ちゃんは、少し不器用な笑顔を見せる。


 ……四葉ちゃん……!

 そうか、楽しかったんだな。良かった。やはり、共通の趣味を持つ仲間はいいものだ。

 一瞬、ヒヤッとしたけれど、何とか丸く収まりそうで、僕は胸を撫で下ろすのであった。


 こうして僕の誕生日パーティー、というか、ラノベ同好会のファーストエンカウントも、終わりが近付いてきた。時刻は午後六時半、ナツナツの事も考えると、ここらでお開き、といったところか。


「夏菜ちゃんは私が送ってくよ。高野君、また明日、会社でな。……そうだ、七時半頃に来てくれれば、ちょうど全裸だから! じゃぁね〜!」

「咲良兄さん、四葉姉さん、またね! です!」


 いや、その情報いりませんから! ……ナツナツはやっぱり笑顔が可愛いな、くそ!


 ——

 部屋は一気に静まり返ってしまった。

 僕は玄関の鍵を閉めリビングへ。しかし、四葉ちゃんの姿が見えない。部屋に戻ってしまったのかな。




 —————「両手を後ろに……」




 僕の背後に、只ならぬ腐敗のオーラを感じる。振り返って拒否するか? ……いや、もしかしたらお風呂に入りたいだけかも知れないし、ここは大人しく縛られておこう。

 そう判断した僕は、両手を後ろに束ねた。すると、例によって例の如し、延長コードでしっかりと拘束されてしまった。もはや慣れっこである。


「……そこに座って。」

「え?」

「いいから座って!」

「あ、はい……」

 あれ?やっぱ怒ってない? 四葉ちゃん。

「四葉ちゃん……?」


 …………………………闇…………


 突然の事だった。僕の視界が暗闇に覆われて、何も見えなくなってしまった。……頭の後ろ、つまりは後頭部の辺りで結び目を固く結ばれた感覚。

 目隠し、された? 何これ、超こわいんだけど?


 気配を感じる。……後ろ、いや違う、移動した? ……見えない所為で、やけに不安が。すると、耳元にスッと吐息が流れ込んできた。


「四葉、ヘコんでる。」

「あ、はい……」

「今日はね、本当に楽しかった。友達だって出来たし、夏菜ちゃんに朱里さん、二人共、とても楽しくて、ラノベも好きで、本当、楽しかった。」

「……四葉、ちゃん?」

「でも、罰ゲーム……よつ、は……罰ゲーム…」


 声、震えてる。もしかしたら、罰ゲームのキスが出来なくて、空気を悪くしたって、そんな事を気に病んでいるのか?


「四葉ちゃん、……四葉ちゃんの判断は間違ってないよ。だってほら、僕達兄妹だし? 他人同士ならまだしも、兄妹でキスなんてしないだろ? ……あ、ほら、だから朱里さんが割り込んで……」

「朱里さんのキス、どうだった?」

「……どうって……それは……」


「あの人、……本気、だったよ。」


 ……どういう意味だ? 本気とか、四葉ちゃんはいったい、何を言ってるんだ?


「お兄ちゃんって、ほんっと、ラノベ主人公だよ。お風呂、入ってくるから。」


 四葉ちゃんの気配が遠ざかる。やがて、バスルームのドアが開閉する音が聞こえ、シャワーの音も聞こえてきた。

 暫く、闇と戯れていると、四葉ちゃんが上がってきて僕の拘束を解き、目隠しを外してくれた。

 目の前には、短パンとシャツ姿の四葉ちゃん。シャンプーの良い香りがする。そんな良い香りのする四葉ちゃんの、可愛いお顔が、少しずつ、……少しずつ僕の顔に近付いてくるのが分かる。


 あと数センチ、いや、数ミリ……唇が触れそうになった時、僕は咄嗟に四葉ちゃんの肩を掴み引き離した。少し力を入れ過ぎたようで、軽い四葉ちゃんは体勢を崩し、後ろにあったローテーブルにおしりを打ち付けてしまった。


「ご、ごめん四葉ちゃんっ……」

「いててて……」

「よ、四葉ちゃんがいきなり、変なことしようとするから……つい……」

「な、何よ……罰ゲームの続き、してあげようとしたのに、跳ね除けるなんて、……酷いお兄ちゃんだね。」

「酷いとか言うなよ。僕は四葉ちゃんが大事だから、間違った事はしたくないんだよ。……無理して罰ゲーム、しなくてもいいから。」

「……む、無理なんて……してないんだから。……四葉は、ただ……」

「……四葉ちゃん?」


「お兄ちゃんの馬鹿! ……べ、別に四葉がお兄ちゃんとキスしたかったとか、朱里さんに嫉妬しちゃったとかじゃないんだからね! か、か、勘違いしないでよねっ!」


 四葉ちゃんは、部屋へ……僕の部屋に閉じこもってしまった。何がなんだか、僕にはさっぱりだ。

 年頃の女の子は、気難しいんだな、うん。

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