親はラブコメ的にモブでしかない
——僕は今、ムシの居所が悪い。
「お兄ちゃん、ご飯美味しかったね? ……お兄ちゃん?」
あのバカ親。何が『これからも四葉を宜しく頼む』だ。仕事、仕事、仕事、忙しいのは分かるけど、不登校の娘に何も言わないのは、親としてどうなんだ?
「……お兄……ちゃん? もしかして、怒ってるの? 四葉が学校行かないって、ワガママ言ったから怒ってるんだ。」
「……別に、そんな事はどうでもいいんだけど」
「四葉、あのお家に帰るの嫌。……迷惑なのは分かってる……でも、嫌。」
四葉ちゃんは立ち止まり俯いてしまった。春休み以降も、……僕のアパートに住み着くつもりだ。
「……わかったから、そんな顔するな。ほら、もう暗いし帰ろう。」
「うん、わかった。……そうだ、コンビニ行く! 小腹が減ってはラノベが読めぬって、昔の偉い人が言ってた!」
どの時代の誰だ、それは。——コンビニか、そうだな、適当に飲み物とお菓子でも買ってあげるか。
不本意ながら、養育費ならぬ、——報奨金を握らされたし。四葉ちゃんの面倒を見る事に対しての。
困った親だな、……それが嫌で一人、家を飛び出した訳だけれど、その家で一人にされた四葉ちゃんは、どんな気分だったのかな。
暫く夜道を歩くと、コンビニの光が僕の視界に飛び込んできた。白と青の看板、夜だというのに、そこだけはやけに明るい。当たり前だけど。
四葉ちゃんは妙にはしゃいでいる。ただ、コンビニに来ただけなのに。
コンビニの前にいつもの茶トラ猫がいる。よく見ると、その茶トラ猫に餌を与える女の子も。
そんな事は御構いなしで、コンビニにインした四葉ちゃんを僕は追う。その時、ふと女の子と目が合ったのだけど、——それはまさかの人物だった。
「……結城……さら、ちゃんだ……」
アイドルグループ、ニャンニャンシスターズ、略してニャン
酒飲み親父のおつまみの定番、あたりめだ。
結城さらは僕と目が合って、はっ、と身体を強張らせたが、すぐに笑顔を見せて、「こんばんは。」と会釈した。……ヤバい、可愛いよ、さらちゃん。
しかしだ、アイドルを目前にして、僕の心臓は高鳴るのだけど、ここは紳士的に、挨拶だけ返して去るのがマナーだ。
プライベートを邪魔する訳にはいかな……い!?
「ちょっとお兄ちゃんっ! 早く! レジの人、待たせてるんだから! うわぁ、ほら……ひ、ひ、人が集まって……はぅ……」
四葉ちゃんがレジにお菓子を積み上げて、大声で僕を呼んでいる。……何故、僕が行くまで待てなかった、妹よ。そしてそれを見て、結城さらちゃんにクスッと笑われたのが、たまらなく恥ずかしい。
「可愛い妹さんですね。何だかほっこりしちゃいました。それじゃ、私はこれで。
……あ、またね、ぬこ」
「にゃー。」
結城さら、何故だろうか。僕はあの子が、本当の意味で笑えていない気がした。
茶トラ猫は、そんな彼女の背中を見えなくなるまで見送り、僕にケツを向けて去った。
と、そんなケツを眺めていると、四葉ちゃんが僕をレジに引っ張っていく。
「ほらほら、はやくして! お兄ちゃんの好きなスーパーハードグミも入れたんだから、か、感謝しなさいよね?」
スーパーハードグミは好きだけど、そんなに押さないでくれますか、四葉ちゃん。
「わざわざ兄の為に、兄の好きなお菓子を入れてくれるとは、なんていい妹を持ったんだ。」
「ちょ、べ、別に……変な意味はないんだから!か、か、」
「勘違いしないでよね、だろ?」
「もう! お兄ちゃんって、ほんっとに……
……ラノベ主人公なんだからっ!」
後ろで待たされている客も、思わず笑った。イライラして、貧乏ゆすりの振動数が半端ない事になっていた恐そうなおじさんも、僕達の陳腐なやりとりに耐えられず、大声で笑っていた。
四葉ちゃんは途端に恥ずかしくなったのか、僕の後ろに隠れて小さくなってしまった。僕は、待たせた人達にスミマセン、と一言謝り、レジの表示料金を見て卒倒した。
両手に華、ではなく、両手にコンビニ袋を持って歩く僕の上腕二頭筋は既に限界を超えている。……重い、一般的なコンビニでの買い物量をはるかに凌駕している。
そして当の本人、四葉ちゃんは手ぶらで僕の前を歩いている。太陽の光がなければ、割と元気に外を歩けるようだ。——と、思った矢先、四葉ちゃんは逃げるように僕の後ろに隠れて縮んでしまった。
ただ人とすれ違っただけなんだけど、四葉ちゃんの重度の人間嫌いは折り紙付きだな。
コンビニではテンションが上がり過ぎて一時的に耐性が付いてただけ、という訳か。
明日、明後日は土日で仕事も休みか。……星子、連絡ないな。もしかしたら忙しいのかも。星子が来れないのなら、この買い物、……食料の調達にも意味があった。明日は一日ラノベにのめり込むとするかな。……あれ、
いつのまにか、僕の日常にもラノベが欠かせなくなってる。……と、そんな気がした夜だった。
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