四葉の秘密
「ただいま〜、四葉ちゃん起きてる?」
リビングに入ると、そこに四葉ちゃんはいない。どうやら絶賛引きこもり中らしい。
僕は部屋の引き戸をなるべく静かに叩き、もう一度、四葉ちゃんを呼んだ。すると、部屋の中で、何か重い質量のあるものが床に落ちたような、そんな鈍い音がした。……何をしているのやら。
少しすると、部屋から四葉ちゃんが出て来たんだけど、——何やらほんのりと血色のいい頬。
「どしたの? 赤くなって。」
「あ、赤くなんてないよっ! べ、別にっ、変なこと……してないし。か、勘違いしないでよね!」
いや、別に何も勘違いなんてしてないんだけれど。もはや四葉ちゃんのソレは口癖の域だ。……というか、ツンデレちゃんの語尾みたいなもの。
『です!』とか、『のじゃ!』とか、色々あるけれど、四葉ちゃんは『勘違いしないでよね!』が語尾なんだよ、きっと。
「勘違いはしてないけど、母さんからライン届いてた。」
「あ、それなら四葉にも届いてたよ? ……二人共、楽しんでるみたいだね。」
四葉ちゃんはスマホの画面を僕に見せる。ラインに添付されていた、母さんと父さんのラブラブ過ぎる写真……ほんと、仲のよろしいこと。
「二人共、仕事が一段落したからって、楽しみまくってるな。我が子を放置して、親としてどうよ。」
「いいじゃん、仲良しなんだから。パパとママは自営業だし、自由気ままなんだよ。それに、四葉はもう子供じゃないし、大丈夫だもん。」
四葉ちゃんは何故かドヤ顔。
「まだ子供だから、僕のところに放り込まれたんだろうに。……ま、あの二人、事業が大当たりして懐はあったかいからな。旅行くらい行くわな。」
「違うよ、それは四葉が……あ……でも、お兄ちゃんは仕送り貰ってないんだよね?」
そう言って首を傾げる四葉ちゃん。
「まぁ、今のところ困ってないし、自分の力で何とかしたいっていうか。」
「……意外と真面目なんだね。」と、四葉ちゃんは意地悪く笑う。そして小さな胸をピンと張り、伸びをすると、少しだけ浮かない表情を浮かべた。
「……春休み、もう少しで終わっちゃうね。」
「まだ一週間以上あるじゃないか。それにしても、四葉ちゃんも中学二年か。……僕が中二の頃は、まだ四葉ちゃん、小学生低学年で小さかったのを思い出す。なんだか懐かしいな。」
「うん…あの頃の事、お兄ちゃんは憶えてる? ……四葉、虐められてて、いつもお兄ちゃんが助けてくれたよね。」
そういえば、そうだった。……四葉ちゃんは他人に合わせる事が苦手で、その頃からよく仲間はずれにされていた。
友達を作れないから、いつも僕の部屋に入り浸り、僕の部屋の漫画やアニメのDVDを見ていた。
「なぁ、四葉ちゃん? ……学校は、どう?」
「……えっと……その……あの……」
四葉ちゃんは自らの頬を摘み、目を逸らした。
……小さい時からの四葉ちゃんの癖。意表を突かれた時に見せる反応。柔らかな頬を摘み目を合わさなくなる、昔からの癖だ。
「そうか、……いつから、行ってないの?」
「えっ!? ……いつからって…?」
四葉ちゃんは声を翻らせた。
「いつから、学校、行ってないんだ?」
確信はなかった。……でも、無意識に僕は、彼女に——四葉ちゃんに、そんな言葉をぶつけていた。
「中一の……二学期の途中、から……」
身体を小さくして俯いた四葉ちゃんは、小さな口をツンと尖らせ、風が吹けば消えてしまいそうな弱々しい声で言った。
——そうか。なんとなく、そんな気がした。
僕は、四葉ちゃんの頭に手を乗せ、その栗色のサラサラした髪を撫でてみる。フワッと、良い香りが漂う。四葉ちゃんは抵抗する事なく、それに身を委ねて、小さく身体を震わせている。
——あの頃は、よくこうして頭を撫でてあげた。四葉ちゃんは、こうして頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑ってくれたからだ。
——でも、今は……
「……くすぐったいよ、お兄ちゃん。」
健気で、それでいて儚いその笑顔。
「……出前、取ろうか。」
「うん、四葉、今日はピザの口。」
「「ダブルチーズスクランブルミックス!」」
僕と四葉ちゃんの声が綺麗に重なって、思わず顔を見合わせて、二人で笑った。
……春休みの間、好きにさせてあげようか。気持ちを整理出来れば、また学校に通えるかも知れないしな。
こうして僕は、四葉ちゃんが不登校になっているという事実を知った訳だ。
——そして数日が過ぎ、四月五日、金曜日。春休みの終わりまで、あと二日。今夜は両親が帰国してくる日だ。隣町の尾姐咲町のレストラン、——そこで夜の八時に待ち合わせをした。
そういえば先週、星子が珍しく来なかったな。
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