全裸の国
一言に『妹物』と言っても、そのジャンルは多岐にわたる。兄が妹を溺愛するもの、——逆に妹が兄を想っているのに、それに気付かずハーレムを築き上げちゃう兄にツンツンしちゃう妹の話、——面倒見の良い兄と可愛い妹達の笑って泣ける日常もの、……その他にも、異世界の絡む物語やファンタジー要素の強いものもある。
……リアルな妹は、そこまで都合の良いものではないのだけど。
——見た目は可愛いくて、ちょっとオタクで重度のコミュ障、おまけにツンデレのツン増し増し増量中の四葉ちゃんじゃ、妹物のヒロインは……
……あれ? 四葉ちゃんって、割と良いキャラしてるような気がしてきた。妹物の鉄板でもある、……ツンデレ貧乳ヒロイン。
「なぁ四葉ちゃん?」
僕はリビングで夜のバラエティ番組を見ている四葉ちゃんに声をかけた。すると、四葉ちゃんは振り向いて、「どうしたの?」と、首を傾げる。
「これなんだけどさ、続きはないの? 『私の兄がこんなに格好いいわけないっ!』めちゃくちゃ気になるところで終わってるんだけど。」
「そ、それは、えっと、多分夏には新刊が出ると思うよ? お兄ちゃんは、それがお気に入り?」
「色々読んだけど、そうだな。これが一番読みやすいし、テンポも良くて飽きないかな。ヒロインの『くるみちゃん』も可愛らしくて愛着が湧くし、周りのキャラも魅力的だと思う。」
四葉ちゃんはテレビを消して、ローテーブルを両の手のひらで、バン! と叩き、僕を見る。
突然の行動に僕は、何か失言をしたかと脳内で自分の言葉をリプレイする。そんな僕の気持ちはよそに、四葉ちゃんは、ずいっと僕に迫る。もう、距離が拳一つくらいの距離まで迫って、大きな瞳をパチクリさせるのだけど、……どうしたのかな?
「……そうなんだ……うん、そうだよ、くるみちゃんは可愛いよね。うんうん、お兄ちゃん、中々見る目があるよ!」
「は、はぁ……」
「四葉はね、くるみちゃんの恋が叶わぬ恋だとしても、それでも叶ってほしいって願いながらいつも読んでるんだよ。……だって、小説なんだから、リアルじゃないんだから、あり得ない事があってもいいと思うでしょ? ね、お兄ちゃんっ!」
スイッチが入った。……四葉ちゃんが、意気揚々と語り始めてしまった。後小一時間は話すんじゃないかと、思わされるくらいの勢いで。
機嫌がなおったみたいで良かったけれど。
「夏になったら、新刊持って遊びに来てあげる。それまでおあずけだね。あ、そうだ、お兄ちゃん。お兄ちゃんも無料小説サイトに登録したら?…会員登録すると無料で色々読めるんだよ? 基本的にアマチュア作家さんの作品だけど、侮れないんだよ。」
そういえば、ナツナツもそんなサイトで小説を読んでいたような。
四葉ちゃんは僕のスマホにURLを送信してきた。僕はそれをクリックし、会員登録を済ませる。これでいい暇潰しが出来そうだ。
「ありがと、四葉ちゃん。そうだ、四葉ちゃんも登録してるんだろ? ニックネーム何にしたんだ? 相互フォローしとくか?」
「えっ……!? あ、その……よ、四葉はね、ほ、本で読む派だから登録まではしてないの。」
それは意外だった。あれだけ熱く語るのだから、四葉ちゃんは勿論登録済みだと思ってた。
そしてお互い、シャワーで汗を流し、そろそろ眠る時間がやって来た。言うまでもなく、四葉ちゃんの入浴中は縛られたし、就寝場所はリビングの床。
それだけは何があっても変わらない。四葉ちゃんが僕の部屋を占拠して数日が過ぎたけれど、そろそろこの寝床にも慣れてきたみたいで、身体の痛みはあまり感じなくなった。
初日なんて朝起きた瞬間から身体がガチガチでキツかったけれど、慣れとはこわいものだと思う。
——四葉ちゃんは寝たかな?
とりあえず、朱里さんに借りた本を読んでみようかと、僕は鞄に手を突っ込む。……あった。
『全裸の国』
『妹に監禁されたのですが、これから拷問が始まるそうです。』
……まず、タイトル。全裸の国は一見シンプルだが、そのインパクトは絶大……いったいどんな国なんだよ、全裸の国って。
……それと朱里さんめ、わざと妹物を混ぜてきたな。間違っても四葉ちゃんと一緒に官能小説は読まない。——それこそ地球がひっくり返ってもあり得ない。しかも妹に監禁されて拷問されるなんて……
……あれ、ちょっと想像出来ちゃうのは何故?
よし、今日はページ数の少ない短編、『全裸の国』に決めた。こんなタイトル見たら読まずにはいられないしな。……
……………………………………
………………………
——
……はっ!? い、今何時だ!?
ふと目を覚ました僕は壁にかかった時計を見上げ、胸を撫で下ろした。アラームをかけ忘れていたけれど、身体が勝手に起きてくれて良かった。
全裸の国が思いのほか大作で、つい読破してしまったのは失敗だったな。本も出しっぱなしで寝てたみたいだし、気を付けないと。……こんな本、四葉ちゃんに見つかると、縛られてしまう。
僕は急いで支度を済ませ、三千円と置き手紙をテーブルのわかりやすい場所に置いて、部屋を後にした。借りていた本は、鞄に入れた。忘れ物はない。
よし、……四葉ちゃん、行ってきます。
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