児童、降臨


 ♪♪♪〜


 極めて陳腐な電子音が鳴ると、自販機のボタンが全て再点灯した。——なんだ、に優しいじゃないか、この販売機。


「おおぉっ、です! 初めて当たりました! ……これって実は当たりなんてないものだと思っていたです! この世に

「……まだ小学生なんだから、そこはもうちょっと夢を持ってなよ。」


 目を輝かせ喜ぶ姿は何とも愛くるしい。子供は素直でいいな。こんな事であれだけ喜べるのだから。


「お兄さん、助けてもらったお礼に、この当たりの分を使って下さいなのです!」

「え? ……いいの?」

「幸せのおすそ分け、という訳です!」


「いやっほー! やったね! ありがとなー!」と、思わず跳びはねて喜んでしまった……


「ふふふ、こんな事であれだけ喜べるなんて、まだまだお子ちゃまです、お兄さん。」


 僕はお言葉に甘えて、太っ腹JSと同じブラックの缶コーヒーを選び、ボタンを押す。——すると、ガコン、と取り出し口から音がした。


「ありがとう、えっと……」


 ——そういえば、名前わからないな。


夏野夏菜なつのなつなです! 四月から三年生になるフレッシュガールです! キラーン! ……えっと、お兄さんは……?」


 あ、サラッと小学生とカミングアウトした。


「なつのなつな…凄くなつなつした名前だな。……あ、僕は高野 咲良さくら、そこのアパートに去年引っ越してきたばかりだ。」

「ほうほう、女の子みたいな名前です。……でも、可愛いくて良いですね! そうですね〜なら、わたしはお兄さんの事、咲良兄さんって呼ぶのです!」


 咲良兄さん、か。……いや、悪くないよ。うん。


「なら、君の事は……ナツナツで。」

「捻りも何もないです。」

「第一印象が、もう、ナツナツなんだから。」

「愛称、と、いうものですね。……いいのです、好きに呼んで下さい、です。」


 すっかり意気投合してしまった。コーヒーまで奢ってもらったし。

 そういえば、読書にはブラックがいいとか言ってたけれど、いったい何を読むんだろう。

 僕はナツナツに聞いてみた。すると、またもやこのワードが飛び出してきた。


「何を読むか? ……わたしが読むのは、所謂、ライトノベルです。最近俺tueee系のファンタジーとかハーレム物にハマってまして、ずっとスマホの無料版を読んでたんですけど、昨日、遂に書籍を買ってみたんです。ほら、これ。」


 ナツナツは可愛らしいバッグの中から一冊の本を取り出し、僕に見せる。

 そして僕はその表紙を見て戦慄した。

 ——その表紙に書かれたタイトルは、


「異世界チート勇者エロス!」


「お、知ってます? 最近アニメ化もされた人気作品です。」

「知ってるもなにもめちゃくちゃハマってるアニメだよ! 最強チート持ちのエロスが女の子を助けまくって、揉みまくって、ハーレム生活を送る夢のようなストーリー! ……そうか……四葉ちゃんの言っていた事は本当だったのか……!」


 するとナツナツが思い付いたかのように手を叩く。


「良かったら、そこの公園のベンチで一緒に読書と洒落込んでみるのです?」

「え、いいの? ……読みたい読みたい! あ、でもなぁ……」……事案が……


「大丈夫です、事案発生の心配は不要です。何か言われてもちゃんと説明出来ますから、安心するのです。」

 ナツナツはそう言って眩しい笑顔を放つ。


 そうさ、事案を恐れてラノベは極められない。——何より読んでみたい、あのエロスが文字ではどう表現されているのか、——あの際どすぎるシーンはどう説明しているのだろう。どれだけエロスな表現を使っているのだ! ……というか、女子小学生でこの内容、……いいのかな?

 何はともあれ、四葉ちゃんの気持ちが分かってきたような気がする。


 こうして、女子小学生を連れて公園のベンチへ向かった僕は、ナツナツの隣、……右側に座った。——ナツナツは僕の左側にちょこんと座る。ニーハイとスカートの間に存在する、絶対領域太ももが可愛い。そんな僕の視姦に気付く事なく、ナツナツは僕を見上げる。


「お先にどうぞ! ……わたしはスマホでブクマしているのを読んでますので、咲良兄さんが先に読んでくれていいです!」

「え? いいのか? 楽しみにしてたんじゃ。」

「いいです! わたしは帰ってからゆっくり読めますし、ウェブ版は既に最新話まで読んでますから。……知ってます? 実はまだアニメでは知られていない驚愕の事実をっ! ……実は……あの——の正体は……にししし……」


 ナツナツは意地悪な表情を浮かべて、絶賛ネタバレ公開中。僕は慌てて彼女の口を閉じさせた。


「ちょっと待て! それ以上は言わないでくれ、いや、言わないで下さいっ!」

「ふぐぐぐ……ぐるじぃでずぅ!?」


 周囲のお母様方の視線に気付いた僕は、事案発生の前にその手を放し、小さく咳払いをして、ブラックコーヒーの缶の栓を開けた。缶コーヒーのくせに、一丁前に豆の香りがフワッと広がり、僕の嗅覚を刺激する。——横を見てみると、開栓に悪戦苦闘するナツナツの姿が。


「かしてみな?」


 僕はナツナツの缶の栓を開けてあげた。ナツナツは大きなつり目がちな瞳をしばたかせ、「ありがとなのです!」と、小さな両手でそれを受け取り、一口、口にする。

 全身をプルプルと震わせながら、ブラックコーヒーを飲むナツナツを見て、僕は思わず笑ってしまいそうになったけれど、そこは優しく見守る事にした。それなら僕は、……、


「あ、咲良兄さんっ! ビリビリって、開けるのはわたしがしたいですっ!」

「あぁ、その気持ち良くわかるよ。買ってきたのを家で開ける時の、あの興奮はいつになっても最高だからな。」

「ムフフ、やはり咲良兄さんは良くわかってます、それでは……開けますっ!」


 心底嬉しそうな表情で新品の文庫本の、薄い透明のビニールを剥がすナツナツの姿は、とても可愛いくて、無邪気で、——

 ——この感じ、……そうだ、四葉ちゃんも僕の前で自慢げに封を開けていたような。あの頃はラノベにはあまり興味がなかったのもあり、気に留めてなかったけれど、

 ……もしかしたら、四葉ちゃんは……僕にも見てほしかったのかも知れないな。


 四葉ちゃんとナツナツって、何処か似ているのかも知れないな。——僕は缶コーヒーを一口飲み、封の開いた本を受け取った。既に眠気なんて吹っ飛んでしまったけれど、読書にブラックコーヒーは確かにアリだな。

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