延長コード、再び
——控えめに言って、圧巻だった。
「はぅ~しあわせ~」
ポテサラコロッケ、豆腐とネギのお味噌汁、早炊きで炊いた白ご飯に目玉焼き、——目玉焼きにはベーコンまで添えられている。——更に、家で作ってきたであろうその他諸々のおかずとサラダ、その全てが四葉ちゃんの胃袋に消える様は、昔見た大食いタレントのそれを彷彿とさせる、圧巻の一言だった。
そして幸せそうに表情を緩めた四葉ちゃんの目の前に星子のとっておきが降臨する。
「はい、食後のデザート! ゼリーとプリンを買って来た~! さ、食べよう!」
「そ、それはっ……こ、こ、こっ」
と、震える四葉ちゃん。
「そうだよ~、kokonoe洋菓子店のフルーツゼリーと、名物の焼きプリン! あそこは朝早くから営業してるから、つい寄って来ちゃったぞ!」
「か、神……!」
四葉ちゃんは食の女神、いや、絶対神を崇めるかのように見つめている。——星子が「どうぞ。」と笑うと、四葉ちゃんの小さな手がゆっくりと伸びる。——しかし、その手の動きが止まり、プルプルと小刻みに震え出したのだけど、どうかしたのだろうか?
「おーい、四葉ちゃん? どっちにするんだ? 焼きプリンかフルーツゼリー。」
「……っ……スイーツには……勝てない……」
震える声で謎の呪文を唱えた四葉ちゃんは、フルーツゼリーと焼きプリン、両方を自らの領地へ。
「二つずつ買って来たから、咲良君の分もちゃんとあるぞ? 心配しなくても。」
星子は僕にゼリーとプリンをよこし、これまた眩しい笑顔を見せた。僕はゼリーの蓋を開け、小さなプラスチック製のスプーンですくうと、それを口へ運ぶ。——冷たくて美味しい。
中にフルーツがゴロゴロ入っていて食べ応えもある。もはや朝食ではなくディナーのレベルで、僕のお腹は悲鳴をあげ始めているけれどね。
しかし四葉ちゃん、……僕の妹、高野四葉ちゃんの胃袋に限界はないのだろうか? 美味しそうにスイーツを堪能する四葉ちゃんの顔は可愛いけれど、そりゃ……めちゃくちゃ可愛いけれど。
やがてスイーツを食べ終え、少し雑談をしながら食器類を片付けていると星子が思い出したかのように声をあげた。
「もうこんな時間!? ……咲良君!」
ん? あぁ、そうゆう事か。
「いいぜ、後は片付けとくからさ。ありがとな、いつも助かるよ。僕がこうして異世界で生きていられるのは星子のおかげだ。」
「……異世界って、ただの隣町だろ? じゃ、ボク、締め切りが近いから仕事に戻るよ!」
締め切りか、大変だな。
星子は若手の漫画家で、現在、青年向け雑誌、月刊クリティカルでの連載も手掛ける程の実力者だ。描いている漫画は何というか、色々とネジが外れたバトル物で……星子らしいと思う。
天野星子のペンネームは、『ドス☆ほしこ』で、何故ドスを付けたのかと聞くと、
強そうだから、と一蹴された記憶がある。
「……四葉が見送る。」と、四葉ちゃんはすっくと立ち上がり言った。
「ん? おう、頼む。じゃあまたな、星子。」
四葉ちゃんは星子と共に玄関へ。
僕は食器を洗いながら内心ホッとしていた。四葉ちゃんの機嫌も良くなったし、星子を呼んで良かった。暫くすると四葉ちゃんがリビングに戻って来て、僕の後ろに立った。
——そして、耳元で囁く。
「両手を後ろに。」——と。
思わず従うと、両手をギュッと縛られてしまった。この感触は、あの延長コードか?
「……え? ……四葉ちゃん?」
「……四葉、怒ってる。何故だかわかる?」
怒っているらしい。四葉ちゃん、今、怒ってるみたい。……しかし、僕の頭にはその理由が思い浮かばないのだけど。ついさっきまで、あんなに幸せそうにスイーツ食べてたのに。
四葉ちゃんは僕を正座させて、その前で小さな胸を張った。頬を膨らませ黙り込んだ四葉ちゃんに僕は、恐る恐る問いかける。
「な、何を怒ってるのかな~? 四葉ちゃん?」
「自分の……自分の胸に聞いて。……もう四葉の部屋に戻る。」と、部屋へ閉じこもってしまった。
というか、これは解いてくれないのだろうか? 両手を縛られたまま、休日をお過ごしください、というのは笑えない冗談だ。
——そして、そこは僕の部屋だ。
自分で解こうにも、かなりキツく縛られていて解けそうにない。僕は四葉ちゃんに解放を要請するけれど、打撃音をもって拒否された。
仕方ないし、許してくれるまで適当にテレビでも見ているとしよう。
……チャンネルは変えられないし、何に怒っているのかもわからないんだけど。
部屋からは何やら物音が聞こえてくる。四葉ちゃんはいつも一人で何をしているのだろうか。
……まぁ、四葉ちゃん、友達少ないし。
実際見た事もないし。せっかく可愛いのに、ボッチは勿体ないと思うんだけど、——まぁ、本人がそれでいいならいいんだけれど。
兄としては、少しばかり将来が心配である。
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