嘘つき


 食の女神こと、天野星子の襲来により再び巣に閉じこもってしまった四葉ちゃん。こりゃ、会わないうちにコミュ障に磨きがかかってしまったかも。

 星子とも仲は良かった筈なんだけど、……あの頃なら星子が来たってだけで跳んで喜んだものだ。勿論、跳んで喜んだのは四葉ちゃんであり、僕ではない。——あくまで、


「昔はが来ただけで二人とも跳んで喜んでたのになぁ。四葉ちゃ~ん、久しぶり~、一緒に朝ごはん食べようよ? ボク、気合い入れて作って来たんだよ~?」


 説明が遅れたが、僕の幼馴染、食の女神こと天野星子は、所謂『ボクっ娘』であり、皆が思っている程、普通の女の子ではない。

 今この部屋にいる三人の中でも、一番の変わり者である。……というか、サラッと跳んで喜んでた事を暴露するなんて酷い。


 その時、カタッと引き戸が揺れた。

 やはりご馳走のことは気になるようだ。あと一押し、……あと一押しで四葉ちゃんを彼女の部屋……じゃなく、僕の部屋から引きずり出す事が出来そうだ。


「ほらほら、見て! 四葉ちゃんの好きなアレ、作って来たんだぞ~?」


 アレか。流石は食の女神、四葉ちゃんが喜びそうな最高のチョイスだ。ほら、引き戸がガタガタと小刻みに揺れはじめた。もう限界じゃないか。

 聞き耳を立てているのが、もはやバレバレで、僕は心の中で思わず笑ってしまった。

 ………もう出てくればいいのに、何をそんなに意固地になるのか、僕には正直わからない。


 話を戻すが、アレ、とは星子特製のコロッケの事である。コロッケと言っても、普通のコロッケではない。簡単に説明すると、中身がポテトサラダになっている。残り物のポテサラを衣で揚げた、星子のアイデア料理の一つ。

 中身がフワフワで、ウスターソースと良く合う。具沢山なカニクリームコロッケみたいな感じ。とにかく美味いので、是非一度やってみる事をお勧めする。——と、遂に……


 ガチャ……と、部屋の向こう側で音がした。気になっていたのだけれど、その音は何の音なのか。そんな僕の不安をよそに、数十センチだけ引き戸が開いて、そこから貧にゅ、——スリムな四葉ちゃんがスルッと姿を現した。

 きまり悪そうに少し頬を赤らめた四葉ちゃんは、星子の対面に座ると、小さく会釈する。


「……お、おはようございます……寝てました。」


 くぅ〜……と四葉ちゃんのお腹が鳴ったのは聞こえていないフリをしておく。——というか、寝ていたは無理があると思うよ、四葉ちゃん。


「うんうん、そっか~、朝ごはん、食べよっか?」


 星子は優しい口調で言った。もはや四葉ちゃんのお姉ちゃんみたい。

 僕は少しばかり妬いてしまった。

 あれだけ呼んでも出てこなかった四葉ちゃんを、コロッケ一つで引きずり出す、この食の女神に。


「……うん……お腹空いた……!」


 そう言って僕をジロリと睨むのはやめていただきたい。星子はランチボックスからタッパーを取り出し、それをキッチンへ運ぶ。——そして、


「咲良君、キッチンかりるよ?」

「いつもの事だろ? そのキッチンは僕よりも星子の使用率の方が高い。」


「……え?」と、四葉ちゃん。


 星子がクスッと笑うと、柔らかなそうな胸がポヨンと弾む。気を付けているのだけど、どうしても目がそれを追ってしまう。

 そんな僕の苦悩をよそに、星子は揚げ物鍋を取り出し、そこに油を注いでいく。因みに僕の部屋の調理道具は、星子に言われて僕がホームセンターで揃えたんだけど、殆ど使っていないから、とても綺麗な状態で、いつも出番を待っている。

 星子が来る日は、彼らも、……鍋や包丁やフライパン達も喜んでいる事だろう。跳んで喜ぶのは勘弁してほしいけれど……危ないし。


 ——と、また馬鹿な妄想が。すぐに妄想が割り込んでくる僕の頭は、そう簡単には治らない。

 多分、死ぬまでこのままだ。

 キッチンからは野菜を切る音がリズミカルに聞こえてくる。星子の事をじっと見つめ、その音に合わせて小さな身体を反応させながら、四葉ちゃんは何を思っているのか。とても複雑な表情、……期待と不安?……いや、ただの空腹か。


「……む、ジロジロ見ないで。……嘘つき……」


 何ですと? ……僕がいつ、どこで、嘘をついたのか、考えてみるがやはり思いつく節がない。そんな藪から棒に、嘘つき、とか言われちゃうと、凄くモヤモヤするのだけど。四葉ちゃんは四葉ちゃんで、プイッと横を向いてしまうし。


 そんな思考を現実に引き戻したのは、弾けるような軽い音、……コロッケが熱せられた油の海にダイブした時の、バチバチ…という軽快な音だった。

 どうやら星子がコロッケを揚げ始めた様子。四葉ちゃんの目が泳いでいるのは、気付かないフリでスルーしておく。——茶化すと怒られそうだし。


「熱っ……」


 星子は小さく声をあげた。油が指に飛んだみたいだ。僕は立ち上がり星子の腕を掴むと、冷たい水ですぐに冷やした。

 星子は少し驚いた表情で僕を見ていたが、


「あ、ありがと、咲良君。」と、照れくさそうに笑った。たまに、この食の女神の笑顔に、胸が高鳴る事がある。——今がその時。

 この気持ちは何なのだろうか。

 昔から本当にいい顔で笑うんだよな。


 とか思っていると、リビングから物音がした。

 振り向くと四葉ちゃんは知らぬフリでテレビを見る。どういう意図かは知らないけれど、多分、ご飯の催促をしているつもりだろう。

 子供の頃から食べる事に関しては一歩も譲らない性格だったし、……というか、今でもまだ子供か。



 

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