幼馴染、降臨


 翌日、四葉ちゃんが襲来して三日目の朝、

 ——時にして、三月二十三日、

 今日は土曜日であって、大して忙しい訳でもない僕の職場、夢咲梱包株式会社はお休みだ。

 土、日、二日間の休息という訳だが、どうにも落ち着かないというのが僕の今の心情である。

 理由は言うまでもなく、四葉ちゃんの存在なのだけれど、当の本人は僕の部屋に絶賛引きこもり中。


 とはいえ微かに物音はする。つまりは起きていて、何かしているのだろうけど、僕にそれを確認する術はない。——どういう訳だか、引き戸が固く閉ざされていて開かないのだから、確認しようにも、しようがない。——それに……無理に開けようとすると、をもって返事が返ってくるのだから、もうどうにもならない。


 しかしこの引き戸が開かないのはどういったカラクリだろう。内側でつっかえ棒でも挟んでいるに違いないけれど。年頃の女の子? いや、どちらかといえば、ただの引きこもりである。


 そんな事を考えていると、僕の後頭部辺り、すなわち、僕の部屋の内部から物音がした。

 玄関の鍵が開いた時のような、ガチャッという、そんな物音が鳴り引き戸がスッと開くと、そこから部屋着姿の妹、四葉ちゃんが姿を現した。

 と、思ったら、すぐに戸を閉めて、リビングに腰掛けテレビのチャンネルを変える。僕の許可をとることなく、勝手に。


「何……ジロジロ見ないで。」


 何やら機嫌が悪そうだけど、兄である僕にはその理由が手にとって分かる。——四葉ちゃんは、空腹状態とみた。

 四葉ちゃんはキッチンの冷蔵庫を開け、……勝手に開けて中を確認すると、「はぅ…」と儚げな表情を浮かべてしまった。——僕はあまり買い溜めはしない主義であり、つまりは冷蔵庫の中身は2リットルの麦茶と、昨日賞味期限が遂に切れた、きゅう○のキューちゃんしかない。そういった現実を目の当たりにした反応は、少し可愛くも見えた。


「……ごはん、買ってきて!」


 心底不機嫌そうな表情で僕にそう言った四葉ちゃん。怒った顔も可愛いじゃないか。さすがは僕の妹だ。……と、妹のお顔を舐めるように視姦する兄を憐れむ四葉ちゃんだった。


「……そろそろ来る頃か。」


 僕の言葉に、四葉ちゃんは首を傾げると、「来るって…?」と、素っ頓狂な声を漏らす。

 四葉ちゃんの疑問の答は、この後すぐに出ることに。土曜日の朝、午前九時ちょうど、僕の部屋にチャイムの音が鳴り響く。軽快なリズムで、二回、鳴る。——四葉ちゃんは細く小さな身体をピクンと震わせて辺りを見回している。

 どんだけ他人ヒトが苦手なんだ。


 僕はそんな妹をリビングに放置して、玄関へ足を運んだ。そして閉めてあった鍵を開けると、ドアを開く。そこに立っているのは、薄茶色の内巻きショートの女の子。——昔から何かと僕の世話をやきたがる、幼馴染の天野星子あまのほしこだ。

 春に咲いた花のような笑顔の彼女は、ほぼ毎週土曜日に差し入れを持って来てくれる、言わば女神、……食の女神である。


「今日も時間ピッタリだな、毎回思うけれど、よく寸分狂わぬ時間に到着できるな星子は。まぁ、立ち話もなんだし、中に……」

 と、その時、

 僕の言葉を遮るように、ドンという音がリビングから聞こえてくる。四葉ちゃんが空腹で倒れたのかな? ……とにかく、星子が持って来てくれたご馳走を与えてやるとしよう。


 僕はリビングのドアを開けた。

 しかし、そこに四葉ちゃんの姿は既になかった。部屋に隠れてしまったのかな、と僕は引き戸に手をかけたんだけど、やっぱり開かない。


 星子は小声で、

「……四葉ちゃん?」と、僕に耳打ちする。そう、僕はませてしまった四葉ちゃんの扱いに困っていると、幼馴染である、……この爆乳の幼馴染である、天野星子に相談したのだ。

 すると星子は、昔みたいに何か美味しいものを皆んなで食べようと、わざわざご馳走を用意して来てくれたのだ。——流石、食の女神。


 因みに彼女の実家は隣町の小さな定食屋さんで、結構人気もある。僕はその店のオムライスが大好物で、現在いまでもたまに食べに行く。

 ……子供とか言うな。本当に美味いんだから。


 そんな親を持つ星子の料理は、やはり美味しい。幼い頃から、僕と四葉ちゃんの胃袋は彼女に掴まれている。何故なら、母さんのいない日には星子が家に来ては夕飯を作ってくれていたからであり、つまりは昔から、星子の存在は食の女神として認識されている。——僕も、そして四葉ちゃんもそれは同じ筈だ。星子を見る度に、お腹の虫を鳴らしていた小学生の頃の四葉ちゃんを思い出すと、なんだか自然と口元が緩んでしまう。


 少し難しい表情で笑った星子は両手で持っていた大きなランチボックスをリビングのローテーブルにゆっくりと置く。——その時に揺れた星子の胸を目で追ったのは秘密だ。


「……ふふ、ほんと好きだな。……こんなの何が良いんだか? 重たいだけなんだぞ? ほれ。」


 駄目だバレてる……ま、いつもの事なんだけど。満面の笑顔で立派なソレをキュッと寄せてくる星子に僕は言ってやった。


「そんな物ぶら下げてたら誰でも見るって。よくもまぁそこまで成長したものだな、どれ、ひとつ揉んでやろーか?」

「……おう、別にいいぞ?」


 その瞬間、リビングに打撃音が響く。


「そ、その話……もうやめよっか、咲良君。」

「……はい、調子に乗りました……」


 多分、今の音は四葉ちゃんの怒りの打撃音だ。つい、いつものノリで話してしまったけれど、今後は気を付けるようにしよう。

 ——四葉ちゃん、貧乳ちゃんだし。

 因みに、僕は毎回、星子の胸を揉んでいる訳ではない。あくまで、お決まりのやり取りであって、……実際アレに触れた事はないのだ。


 すると、静まり返った部屋に、くぅ~、と可愛らしい虫が鳴いた。

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