延長コード


 結局、出前の寿司を頼んだ僕達はリビングでそれを食べているのだけど——

「…………」

 ——何というか、無言だ。


 元々友達少ない四葉ちゃんは、いつも僕の部屋に遊びに来ては、一緒にゲームしたりアニメ見たりしてたのに、中学生になって少し変わったかも。

 多分、四葉ちゃんが二次元好きになったのも、僕の影響が大きいだろう。


 今となっては、僕より立派なオタク女子だ。

 僕がライトなオタクだとしたら、

 四葉ちゃんは既にヘビー級。

 あの部屋に散乱していた本は全てその類いのものだった。あの、表紙がアニメ的なタイプの文庫本だ。確か、ライトノベルだっけ?


 正直、ラノベと言っても僕は良くわからないのだけれど。少々オタク寄りの小説? くらいの見解しかなくて。というか……四葉ちゃんは相変わらず無言で食べてるし、なんだか息苦しい。

 自分の部屋なのに肩身が狭い。

 そんな時、ふと四葉ちゃんが口を開く。


「……見た?」

「…ん? 何を……?」

「四葉の部屋の……その……本とかパソコンとか……とか、見た?」


 待て、僕の部屋であって、四葉ちゃんの部屋では断じてないのだけど。——とりあえず僕は何も見ていないと答えた。オタクな文庫も、パソコンも、……謎のノートも見えたけれど、見なかった事にした。


 ——

 その後、お寿司を食べ終えた四葉ちゃんはすっくと立ち上がり部屋を見回す。何かを探しているみたいだ。——で、お目当ての物を見つけたのかソレを手に取る。使っていない延長コードだ。

 四葉ちゃんはソレを持って僕の後ろまで歩いて来て「両手を後ろに」と耳元で囁いた。

 思わず身体を震わせた僕は、言われるがまま、両手を後ろに束ねた。

 その両手を持っていた延長コードで縛った四葉ちゃんは「よし。」と頷く。

 ……いや、よし、じゃぁないよ妹よ!?


「何、してるのかな、四葉ちゃん?」

 すると四葉ちゃんは頬を染め小さな胸を張る。

「お、お風呂入ってくるから、それまで大人しく待ってて……! お兄ちゃんが勝手に部屋に入っちゃうかも知れないんだもん!」


 そう言いながら足首の辺りもしっかり縛り付けた四葉ちゃんは、流し目で僕を見ながら廊下へ出て、バスルームへ。——暫くするとバスルームのドアが開閉する音がして、まもなくシャワーの音が聞こえてきた。

 ……

 まず、動けない。

 いったい部屋に何があるというのか。オタク小説くらいなら小学生くらいから既に読み始めてたのは知ってるし、隠すほどの事ではない。

 まぁ、その事実を知っているのは、僕だけなのだけど。やはりあのノート? それともパソコン?

 ……

 そういえば——ある日を境にラノベやアニメの事をあまり話さなくなったような気もする。たしか小学六年生の終わり頃だ。

 その後すぐに僕は家を出たから中学一年の頃の四葉ちゃんの事は知らない。

 ——今でも好きなのかな。いや、——好きなのだろうな。あれだけ山積みのラノベがあったのだから、今でも好きなのは間違いなさそうだけれど、

 ……

 気になる。

 僕が首を突っ込む話ではないのだろうけど、無性に気になってしまう。アニメの続きも気になるけど、四葉ちゃんの部屋が気になる。

 ……しまった。

 僕とした事が、——四葉ちゃんの部屋じゃなくて僕の部屋であって、断じて彼女の部屋ではないのだ。それを四葉ちゃんの部屋、と認識してしまったのは、この上ない失態、過失、何であれ、あそこは僕の部屋であって四葉ちゃんの部屋じゃない。

 ただ、それが言いたいだけです……

 ……


 バスルームのドアが開く音がすると、僕の思考は現実へ引き戻された。両手両脚を延長コードで、……付け加えて言うと、中学二年の妹に両手両脚を延長コードで縛られた、

 というカオスな現実に引き戻された訳だ。

 ……何故か背筋が凍るような感覚が僕を襲ってきた。


 そんな僕の事はお構いなしに、四葉ちゃんがリビングに入って来たんだけれど、その格好はバスタオル一枚の姿であって、それもいつも僕が使用しているバスタオルを細い身体にキュッと巻き付けただけの姿であって、——……何が言いたいのかというと、服を着ろと言いたい訳だ。

 妹とはいえ、女の子だ。少しはわきまえてほしいのだ。しかし四葉ちゃんは気にする素振りすら見せず、その小振りな、……小学生の頃と対して変わらない小さな胸をピンと張り、リビングを歩き回る。


「……ドライヤーは?」と、四葉ちゃん。

「あ、昨日使ってそこに……」

「……ちゃんと元の場所に……片付けておいてよね……昔から変わらないんだから。」


 ドライヤーを入手した四葉ちゃんはリビングを出て脱衣所へ。するとすぐにドライヤーの音が聞こえてくる。四葉ちゃんの髪は長いから、しっかり乾かさないと寝癖になってしまう。

 ……暫くすると、四葉ちゃんはリビングに帰って来た。今度はちゃんと部屋着に着替えている。僕は心の中でホッと息をつく。

 乾かした髪は綺麗な栗色をしている。昔から変わらない、——綺麗な栗色の髪。


「ジロジロ……見ないの。」


 四葉ちゃんは僕の視姦、……もとい、視線に気付き頬を赤らめる。そして僕の拘束を解いた。

 そう、今の今まで僕は両手両脚を延長コードで縛り付けられていたのだけど、ここにきて、やっと解放された。SMプレイがやっと終わった。

 少し痕が残っているけれど、すぐに消えてくれるだろう。そんな事を考えていると、バタン、と音が聞こえた。

 ——僕はリビングを見回したのだけど、そこに四葉ちゃんの姿は既になく、……いや、四葉ちゃんだけではなく、買ってきた駄菓子の入っていた袋も一緒に、僕の視界から消えた。


「……四葉ちゃん?」


 僕は引き戸に指をかけた。……しかし何だろうか、この違和感。開かないのだけど。

 

 この部屋は引き戸、開かない訳がない。僕はもう一度引き戸を開けようと力を込めてみたのだけど、やはり開かない。

 ……開かないとはどういう事だ?

 すると向こう側から、ドン、と戸を叩くような音が鳴る。——……開けるな、と、……そういった意図を汲み取った僕は、もう色々と諦めてリビングで過ごす事にした。

 ……

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