模様替え


 翌日、僕は仕事に出かける訳だから、いまだにひとのベッドで眠る四葉ちゃんにその旨を伝えるだけ伝えて部屋を後にした。


 会社までは歩いて十五分くらい。いつも健康の為に徒歩で通勤している。しかし今日は身体のあちこちが痛い。——何故なら昨夜はベッドを四葉ちゃんに奪われた訳であって、つまり、……僕は床で寝た訳だ。——リビングの床で。


 おかげで観ようとしていたアニメも視聴出来ず終い。今日こそ帰って観よう。先が気になって仕方ないのだから。揉むのか揉まれるのか……


 それにしても今日は天気が良い。

 商店街の手前を曲がり、坂道を登り、見晴らしの良い景色を堪能しながらの通勤ルートは悪くない。坂を登り切るとそのまま下り坂になる。

 その先の住宅地を抜ければ僕の仕事場に到着するのだけれど、その住宅地の中に昔ながらの駄菓子屋がある。僕は毎日その前を通る。いつも小さな女の子が店番をしていて実に愛くるしい。


 弁解しておくけど、僕はロリコンじゃぁない。小さくて可愛い女の子が好きなだけだ。

 少し変わった、そう、日本人というよりハーフっぽい顔立ちの黒髪の女の子。一言で表すならお人形さんみたいな女の子。不思議な感じがする。


 今度、駄菓子でも買って帰ろうかな。

 ——と、そんな事を考えていると到着、

『夢咲梱包株式会社』——社名の通り、色々な商品を梱包する会社だ。



 ……昼休憩、僕はスマホを取り出した。ラインが届いている。——四葉ちゃんからだ。


 ネットのパスワードを教えろ? ……あー、あれか。暇だからスマホで動画でも見るつもりだ。ラインでパスワードを送り返してやるか。

 ——

 ……直ぐに既読がついた。どうやら画面に張り付いていたようだ。暇なのかな。

 というか、四葉ちゃん、昼飯食べたかな? 一応三千円をテーブルに置いてきたけど。



 ——

 午後五時半、

 僕は会社からの帰路についていた。

 やはりまだ明るい。カラスも鳴かない。その代わりと言ってはなんだけど、茶トラ猫が僕の前を凄い形相で走り抜けていった……何をそんなに急いでいるのかわからないけれど、猫には猫の、『事情』があるのだろう。


 ——それと、小学生だろうか、数人のちびっ子達がキャッキャと騒ぎながら走り回っている。その手には小さな駄菓子を手にしている。

 そうだ、四葉ちゃんに駄菓子でも買って帰ってあげよう。確か四葉ちゃんはさくらんぼ餅が大好物だった。小学生の頃の話だけど。


 ——そして、

 僕は遂に、——

 僕は遂に、この店の中に足を踏み入れた。

 一年間、気になって仕方なかった、この駄菓子屋に。店内は狭く、独特の匂いがする。

 何となく懐かしい気持ちになった僕を見上げるのは例の女の子だ。

 大きな垂れ目がちな瞳をパチクリさせながら、片手にはダイ○ンのコードレス掃除機を手にしている。掃除中か、こうして見ると小さいなぁ。


「……のじゃ?」と、首を傾げる女の子。


 ——ん? 『のじゃ?』……これは興味深い。

 『のじゃ』、ときたか。そんなグローバルな見た目で、『のじゃ』とな。

 『のじゃ?』と問われても、『のじゃ?』としか返答出来ないのじゃ。……おっと、危うく口調がうつってしまうところだったのじゃ。


 ……あまり長居しても悪い。

 とりあえずさくらんぼ餅と、あと適当にいくつか買って帰ろう。

 商品をレジに持っていくと、女の子はレジをポンと叩く。チーン! ……と音が鳴ったけれど、多分アレは壊れていてその動作に意味はないみたいだ。


「百五十円なのじゃ。」と、のじゃ子。

「はい、百五十円ね。」

「ちょうどなのじゃ。」チーン……!


 

 ——

 駄菓子屋の女の子に心から癒された僕は少しばかり浮き足立っていた。あのチーン! が、脳裏に焼き付いて離れない。心なしか、口元が緩む。

 ロリコンじゃないよ? ただ、可愛い女の子は正義ってだけで、見ていて癒されるってだけの話。


 ——おっと、もう六時か。

 四葉ちゃん、お腹空かしてるかな。帰ったら出前でもとってあげよ。

 今日の僕は何だか気分が良いのじゃ。


 ——

 こうして無事、我が家に帰還した僕は、玄関のドアを開け、靴を脱ぐとスキップでリビングへ。


「ただいま~」


 リビングには誰もいないようだ。

 つまり、四葉ちゃんは僕の部屋にいる訳か。段ボール箱は綺麗に片付いているみたいだけど、その中身は何処いずこへ?

 すると僕の部屋から「おかえり……」と、小さな声が聞こえてきた。四葉ちゃんの可愛い声。


「おーい四葉ちゃん? 出前とるけど何か食べたいものある? というか、開けるぞー?」

「待って……開けないでっ!」


 な、何ですと? 開けるなと来たか!?


「い、今、出るから……」


 そう言って部屋着姿の四葉ちゃんは僕の部屋から出てきたのだけど、すぐに引き戸を閉めてしまった。何かおかしい——

 流石に不審に思った僕は、部屋の引き戸を開けてやった。すると、


 なんて事でしょうか!

 殺風景でベッドとゲーム機と液晶画面しかなかった部屋が、見たこともない機材と謎の書籍の山が散乱した超絶電波なお部屋に大変身!

 と、ビフォー○フター風に言ってみたが、これは一体全体どういう事だ!?


「み、見ないでっ……女の子の部屋を勝手に覗くなんて……お兄ちゃん酷い、サイテー!」


 酷いのは四葉ちゃんだよ! 勝手に人の部屋を模様替えしちゃうなんて!


 直ぐに引き戸を閉めた四葉ちゃんは、とんでもない事を言っているのだけれど、自覚はあるのだろうか? ——……まず、ここは僕の部屋だ。

 間違っても四葉ちゃんの部屋じゃない。

 なのに彼女は、——僕の妹、高野四葉ちゃんは、さも自分の部屋かのように物を言うのだから、これがとんでもない事でなくて何だろうと、僕は思う訳であってだな。


「と、とにかく……春休みの間は四葉がこの部屋を使うから、勝手に入らない事。」


 ————そ、それは誠か!?

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