二章 人に非ず

2-1

 睡眠と覚醒の、ちょうど中間辺りを彷徨う拓真を現実へと引き寄せたのは、時折耳に入ってくる紙の音だった。それが本のページをめくる音だと認識するのに、拓真は随分と時間を弄した。続いて意識するのは鼻孔をくすぐるコーヒーの香り。そのコーヒー特有の深い香りが確実に拓真を夢の世界から現実へと誘った。

 重い瞼をゆっくりと押し上げる。一瞬光で視界が眩んだが、時間が経つにつれて目も慣れ始め、徐々に景色の輪郭がはっきりとしてくる。

 目に入ったのは、自室の見慣れた木目と継ぎ接ぎだらけの木板ではなく、真っ白な天井と灯りの灯った蛍光灯だった。自分の身体を見下ろすと、真っ白で手入れの行き届いた布団の中に自分がいることを確認できる。覚醒後特有のおぼつかない思考を巡らせ、拓真は眠りに就く前の行動を振り返ろうとして。

「よかった。気が付きました?」

 意外なほど近くで女性の声。

 首を動かしてそしらに視線を移すと、一人の少女が拓真を見下ろしていた。

 日光を照り返す雪のように美しい銀髪が特徴の彼女は、手にしていたマグカップと文庫本を傍の机に置くと、顔を近付けて覗き込んでくる。

「大丈夫ですか? 自分のお名前、分かりますか?」

「…………」

 拓真の反応が返ってこないことを不思議に思ったのか、少女は首を傾げて。

「どうしてこんな所にいるか、分かりますか?」

 どうして、という言葉を聞いて、拓真は再び己の記憶を手繰り寄せようと努めた。

 口を開かない拓真に対して、銀髪の少女は返事がないことを気にした様子も無く、妙に落ち着いた声で喋り続けている。

「あらら……。これは重症ですね……」

 会話に応じてもらえないことを確認した後、少女は心配そうに少し目尻を下げる。一度前傾姿勢を解いて、椅子に深く座り直した。

 その表情に苦笑が混じる。溜息を付くように独白した。

「大変でしたもんね……。いきなり咎人に襲われるなんて――。って、ちょっと!?」

 これまでの質問に一切の返答を寄こさなかった拓真が、その独り言を聞いた瞬間過剰な反応を示す。弾かれたように身体を起こすと、自分に覆いかぶさった布団を跳ね除け、転がるようにベッドから這い出した。その面持ちは焦りで満ち溢れている。

 少女の言葉を聞いて思い出した。咎人に襲われたのだ。それも海咲と一緒に。

 身体の毛が一気に逆立ち、寒気が背筋を駆け抜け、怖気が全身を這い回った。

 海咲が咎人に薙ぎ払われた光景がフラッシュバックする。

 最後の、彼女の顔が脳裏に焼き付いて離れない。目尻に涙を溜め、恐怖に身を震わせながらも尚拓真に笑いかけた、あの表情が。

 自分がここにいるということは生きているのか、ならばここはどこなのか、海咲は無事なのか、無事ならどこにいるのか、近くにいるのか、もっと遠くにいるのか。

 様々な考えと可能性が頭を過り、未だおぼつかない思考が現状の把握を求める。

 まとまらない考えは脳内でパレット上の絵の具のようにグチャグチャと混ざり合い、答えはいくら考えても出ない。

 とにかく、「なにがなんでも海咲の無事を確認しなければ」という結論に辿り着いて、拓真は必死に足を動かそうとした。

 しかし、思うように全身に力が籠らず、拓真はたった二歩進んだだけで派手に転んだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

 驚きと心配が半々、といった様子で銀髪の少女が駆け寄ってくるが拓真は気にも留めない。まるで自分のものじゃないように言うことを聞かなくなった身体を、それでも必死に動かして。拓真は白くて冷たい床を這いながら、前に進んだ。その執念深さとそれに伴う行動は、他人が見ればおそらく気味の悪さを感じるほどに異常なものだった。

 だが、銀髪の少女は一切警戒する素振りを見せずに拓真を助け起こそうとする。

「とりあえず落ち着いてください」

 聞く耳を持たない拓真を、それでも諦めずに宥めた。肩を貸して助け起こす。

 それでも拓真は少女の厚意を無視し、差し伸べられた手を乱暴に振り解いてまで、尚もふらふらとした足取りで前進を続けた。

 その様子を見て、いくら優しく諭しても無駄だと判断したのか。

 少女はこれまでと比べてやや乱暴に拓真の肩を掴み、強めの口調で言い放った。

「お姉さんは無事ですから!」

 拓真の頬にもう片方の手を押し当て、彼女は強引に彼の首を回す。

 その視線の先には、静かな寝息を立ててベッドに横たわる海咲の姿。

 それを目にした瞬間、今まで聞く耳を持たなかった拓真の攻撃的だった態度が鎮まり、頭から冷水をぶっかけられたようにおとなしくなった。

 全身から力が抜け落ち、崩れ落ちるようにその場にへたり込む。

「だ、大丈夫ですか?」

 急に静かになった拓真に少々不安を覚えたのか、少女はおそるおそるといった様子で顔を覗き込んでくる。

 それに対してアクションは返さず、拓真はふらふらと立ち上がって、病室にあるような大きなベッドの傍まで行き、膝を着く。そして彼はそっと、海咲の表情を覗き込んだ。

 そこでは彼女は安らかな表情で静かに寝息を立てている。

 恐る恐る彼女の頬に手を当てた。

 温かい。

 それを確認した瞬間、安堵がドッと押し寄せる。気を抜けば涙が零れ落ちそうだ。

 本当に、無事でよかった。

 腰が抜けそうになるのを必死に堪えて、拓真は海咲の顔を見入っていた。

 今思えば、あの時の恐怖は気が変になるくらいに膨大で、悍ましかった。海咲と死に別れることが、拓真にとっては己の死そのものよりもずっと怖かったのだ。

 海咲は拓真にとって他の何よりも大事な存在だ。

 きっと彼女無しでは、拓真は生きられない。何があっても絶対に手放したくない。たとえ他の全てを犠牲にしても。

 己の本懐を拓真はこのとき、明確に自覚した。

「緋織さん……?」

 海咲を見つめたまま動かない拓真を見て、響華は心配そうに声を掛けてくる。

 拓真は下を向いて小刻みに震え、何やらボソボソと口にしていた。

「…………た」

「……?」

「よかった……」

 震える声で呟いて拓真は顔を上げ、愁眉を開いた。その安堵の表情から、彼が如何に海咲を大切に想っているかを垣間見ることができる。

 拓真の豹変っぷりに銀髪の少女は苦笑いを浮かべ、再び優しく語り掛けた。

「あそこにソファーが置いてあります。ひとまずそこでお話ししませんか?」

「……!」

 少女の提案に対して拓真は驚いたように身体を刎ね上げ、勢い良く少女を振り返った。

 切れ長の目を少しだけ見開く。

「……? どうかしましたか?」

 不思議そうに首を傾げる少女を見て、拓真は一言。

「どちら様ですか……?」

「…………。え?」

 今更ですか、とでも言いたげに少女が笑みを引っ込めた。

 その反応を見た拓真は少し焦ったようで、視線をあちこちに泳がせる。

 このときには既に先ほどの錯乱状態に近かった拓真は、その片鱗すらも残っておらず。いつも通りの、普通の男子高校生に戻っていた。

 やや時間が空いて、やがて申し訳なさそうに少女を見つめ。

「すみません、ちょっとパニックになっちゃってて……」

「いいえ。気にしないでください。お姉さんの無事は最も優先して伝えるべき事柄でした。僕のミスでもあります」

 銀髪の少女はこちらに向かって笑みをこぼす。

 改めて彼女を見て、拓真は彼女がとてつもない美少女であることに気が付いた。

 精巧な人形のように整った顔に、二重の瞼はくっきりと綺麗なラインで、その奥から覗く瞳は黒目が大きく、潤んでいる。唇は艶があり健康的なピンク色。

 目を惹く白銀の髪は少し首を傾げるだけで肩から滑り落ちていく。

 華奢な身体は身を包む黒のスーツでより一層細く見え、そこまで背が低いわけではないが小柄に映る。首筋や手首は掴めば折れそう細さで、その雪のように真っ白な肌の色と相俟って、美しさと儚さを兼ね備えたような。そんな印象を受けた。

「あの……。ちょっと……」

 拓真が自分のことをジッと見つめていることに気が付いたのか、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。慌てて拓真も視線を外す。

「す、すみません……!」

 何を隠そう、拓真はあまり初対面の人間との会話は得意ではない。

 しかも相手が美少女ときたら尚更だった。

「地べたに座ってお話しするのもなんですので……。そこのソファーに座りませんか?」

「え……? あ……」

 自分が白い床に膝を着いていることに気が付いた拓真は、早急に立ち上がろうとする。

「うおっ!?」

 気が付いたときには遅かった。

思うように足に力が入らず、拓真の身体が大きく傾く。それを支えられる力が残っている筈も無く、バランスを崩した彼の視界では白い地面が急激に迫って来て。

「お……、っと」

 肩とお腹に感触。ふわりと漂った良い香りが拓真の鼻孔をくすぐる。

 気が付けば拓真は、目の前まで迫った銀髪の少女に抱き留められていた。華奢な身体付きからは想像もできないほどの力強さ。

「怪我人なんですから、無理しないでくださいね?」

「すみません……。って――ッ!」

 ばっ、と勢い良く少女から離れる。

拓真はこれまでで一番の焦燥を見せた。鼓動が大きくなり、顔が赤くなるのを感じる。

 対して、少女は傷付いたようにその大きな目をやや伏せがちにして。

「そんなに嫌でした……?」

「そ、そういうわけでは……!」

 大袈裟に身体の前で両手を振り、必死に弁解しようとする。

こういうとき、何と返答すれば良いかさっぱり見当もつかない。拓真は乏しいボキャブラリーの中から必死に言葉を探した。

 慌てふためく拓真を少しの間観察した後、少女は不意に口角を上げ。

「なんて、冗談です♪ びっくりしました?」

 と、悪戯っぽく笑った。

「…………」

 その言葉に拓真は目を点にして絶句する。単純にからかわれているだけだったようだ。なんとなく気恥ずかしさを覚えて、拓真は彼女から目を逸らす。

「ごめんなさい。初対面なのに馴れ馴れしかったですよね……」

 その仕草を、拓真が気を悪くしたと受け取ったのか。

 今度こそ演技ではなく本当に、落ち込んだように目線を落とした。

「い、いや。こっちこそすみません……。冗談の通じないつまんない奴で……」

 少しの沈黙。やや気まずい時間が流れる。

「とりあえず座りましょうか」

 それを破ったのはやはり少女の方だった。拓真も黙って頷いて従う。

 身体に負担を掛けないよう、拓真はゆっくりとした足取りで大きな窓に向かって進む。

 現在二人が居るのは病室のような場所だった。部屋全体は白で統一されていて、清潔な印象を受けた。広さは学校の教室の半分ほど。

 先ほどまで拓真が寝ていた大きなベッドと海咲が眠るベッドが置かれ、窓際に小さな丸いテーブルと一人用のソファーがそれを挟んで向かい合うように設置されている。

 特に飾り立てられたわけでも、利便性が追及されたわけでもない、殺風景な部屋だ。

「どうぞ」

 少女に促され、拓真は片方のソファーに腰をかける。

 ソファーは驚くほどふかふかで弾力があった。拓真の体重で沈み、尻と背中にフィットする。自宅のそれと比べてまるで座り心地が違う。

 丸いテーブルの向こう側に、少女も腰をかけた。

 きちんと足が揃えられ、背筋のピンと伸びた美しい姿勢。

 少女は黒いスーツの襟を正し、同じく黒のネクタイをきゅっと締め上げ、拓真と正面から向き合った。一息置いて、口を開く。

「さて……。何から話しましょうか?」

 これまでとは打って変わって真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 それに影響されて拓真も背筋を正し、表情を引き締めた。

「緋織さんは何か聞きたいこと、ありますか?」

「実は、たくさんあり過ぎて。どれから聞けば良いのか分からないんですけど……」

 正直な意見だった。自分に一体何が起こって、どうしてここに居て、目の前の少女が誰であるのかすらも。拓真は何一つ理解していなかった。

「失礼しました。それもそうですね……。色々ありましたからね。……そうだ、傷の具合はどうですか?」

 そう言われて拓真は思い出したかのように己の全身を触ってみる。

 咎人の攻撃を受けてボロボロだった筈の身体に、今は傷一つなくその跡も見受けられない。それが少しばかり奇妙に思ったが、とりあえず痛みは感じないので大丈夫だということにしておく。

「おかげさまで……、あっ。えっと……」

 そこで拓真は言葉に詰まった。

「? 何かありますか?」

 拓真の様子に、その少女は大きな瞳を瞬かせて小首を傾げた。

「お名前を教えていただけると……。まだ聞いてませんでしたよね?」

 少女が大きな目を更に大きく見開く。

 その驚いたような反応を見て、拓真は不安に襲われた。

「…………。ひょっとして、俺が聞いてなかっただけ、とか?」

「いえいえ! 失念していました……。僕、名乗ってすらいないのに馴れ馴れしく話し掛けちゃって……。ちょっと恥ずかしいです……」

 形の良い眉の端が下がり、ほんの少しだけ頬を染めた。肌が白過ぎるせいで、赤くなる様子を簡単に確認できる。

 いちいち仕草が可愛い。という煩悩が頭を支配し、次の瞬間にはかなぐり捨てた。

「改めまして……」

 コホン、と小さく咳払いして。

「僕、梧桐(あおぎり)響華(きょうか)って言います。よろしくお願いしますね?」

 響華は無邪気に拓真に笑いかけた。

「梧桐さん。改めてよろしくお願いします」

「…………」

 自己紹介を終えた響華が、その大きな黒い瞳でじっとこちらの顔を見つめる。拓真はその視線に何故か、なんとなく居心地の悪さを感じた。

「実はさっきからずっと気になってたんですけど……」

 思わず身構える。一体どんな言葉が飛び出すのか。

「敬語使うの、やめませんか?」

「うえっ?」

 予想もしていなかった内容に、間抜けな声が出る。

「確かに僕の髪はおばあちゃんみたいに白いですけど……。これでも緋織さんより一つ年下なんですよ?」

 丁寧で落ち着きのある態度と相手を不快にしない程度の茶目っ気を兼ね備えた彼女が、年下だというのには少々驚いたが。

「おばあちゃんみたいなんて思ってないです……。あ、思ってないよ。むしろとても綺麗だと思いま……、思うよ?」

 響華の顔が、今度は目に見えて真っ赤になった。視線をあちこちに泳がせ、手を不必要に握ったり開いたりを繰り返し、恥ずかしそうに身を捩った。

「あ……、ありがとう、ございます……」

 対する拓真も、歯の浮くようなセリフを口にしたことで気恥ずかしさを覚えていた。

 二人のやり取りはまるで初々しいカップルのようだ。

「あと、僕のことは『響華』って名前で呼んでください。梧桐さんって、なんだか距離を感じてしまうので」

「うん……、分かったよ」

 響華はその表情にぱっと花を咲かせた。

「じゃあ、さっきの。やり直し、です!」

「え?」

「さっきの、『梧桐さん。よろしくお願いします』のやり直しです」

 なるほど、そういうことか。と拓真は思う。

 しかし、改めて口にするとなると気恥ずかしさを拭い切れない。

 響華の顔を見る。彼女は少し身を乗り出して表情を輝かせていた。その期待に満ちた面持ちを見て、はぐらかすことは不可能と悟り腹を括る。

「えっと……。よろしくな、響華……?」

「はいっ! よろしくお願いします!」

 更に顔を綻ばせ、響華は心底嬉しそうに応じる。

 彼女の可憐な笑顔と態度を見て、不覚にも惚れてしまいそうになったことは内緒だ。

 柊という心に決めた人がいるにも関わらず、何とも情けない話だった。

「さて……。すみません、話が脱線してしまいました」

 笑みを引っ込めて響華が言う。

「元はいえば俺の発言からだし……。なんかごめん」

「いえいえ。気にしないでください。……で、聞きたいことの整理はつきましたか?」

「いや……。それが、全く……」

 本当は大して考えておらず。響華の可憐な態度ばかりに目が行って、思考がほとんど煩悩に支配されていたことは黙っておく。

「じゃあ、僕の方から適当に順を追ってお話しさせていただきますね」

 すっと、響華が目を鋭く細める。その表情に先ほどまでの親しみやすさは無い。

「まず、この場所は『ネメシス極東支部』の医務室で。僕はそのネメシスの一員です。気を失った貴方をここに運んだのも僕です」

 これは、拓真もなんとなく予想していた答えだった。

 ネメシス。

 ギリシャ神話に登場する女神の名を冠するそれは、世界中を股にかける「対咎人」に特化した組織である。一般人からすれば、咎人専用の軍隊といったイメージだ。いや、どちらかといえば警察に近いかもしれない。

 『執行官』と呼ばれる対咎人の戦闘員を数多く抱え、いつどこに現れるか予想のできない咎人から市民を守るのが彼らの役割だ。

 本部をローマに構え、世界中に数多の支部を持つネメシスは各国政府とも太いパイプで繋がっている。それは日本に存在するこの極東支部も例外ではない。拓真の名前と年齢を知っていたことも、海咲が姉だと分かっていたことも、拓真と海咲に起こったことを本人以上に理解していることも。全て、響華がネメシスの人間だとしたなら納得がいく。

「そして、緋織さん。貴方はもう、人間ではなくなりました」

「……っ!」

 薄々、理解はしているつもりだった。

 普通、咎人に襲われて無事に生き延びられる筈もない。

 それに。咎人を葬った際の、命を奪った拳の感触をはっきりと覚えている。そして、とめどなく溢れ出たドロドロとした感情の正体も、研ぎ澄まされた純粋な殺意も。

「これを見てください」

 響華が差し出したのは一枚の手鏡。その向こう側で切れ長の目と癖のある黒髪が特徴の少年がこちらを見つめている。その瞳は鮮血のように深い赤。

 拓真は息を呑んだ。

「緋織さん。貴方は免罪人になってしまった、ということです」

 己の激情を持て余し、制御が効かなくなったとき、それが形となって肉体という器から溢れ出すことで、人間は咎人に変わる。

 しかし稀に、醜い化け物の姿には変わらず、己の感情を『物』として具現化させる者が現れる。罪を犯しながらも裁きを免れ、人としての形を保った存在。

 彼らを、人々は免罪人と呼ぶ。

 そして、拓真も。その一人になったというわけだ。

 免罪人は覚醒と同時に容姿の一部が変化すると言われている。拓真の瞳が赤色に変わってしまったのは、それが原因と考えてまず間違いないだろう。

 そして目の前の少女の、目を惹く美しい銀色の髪も。おそらく。

 拓真はどこか現実離れした美しい少女を見つめる。

 たった今、彼女は「人ではなくなった」と表現したが、これは過激派の考え方である。

 実際は免罪人にも法が適応されるし、人権もある。人格は免罪人になる前と後でも変化は見られず、本人さえその気になれば免罪人になる前とも同じ生活を送れる筈だ。

 だが、免罪人を咎人の予備軍として忌み嫌う人間が少なくないこともまた、嘘偽りの無い事実だ。故に、免罪人は主に自らの容姿の変化を隠すことが多い。

 しかしこの少女は自らの銀髪を隠すこともせず、免罪人は人に非ずと口にした。

 これは彼女の考え方か。または自分自身への皮肉か。

「あまり、驚かないんですね」

 拓真の落ち着きっぷりに対して、響華は意外そうな反応を示した。

「普通はもっと取り乱したりするものなんですけど」

「いや……。かなりショックだよ……」

「そうなんですか?」

「当たり前だろ」

 心のどこかで、勘違いであってほしいと願っていたのは事実だ。「ネメシスが救助に駆け付けました」と、響華が口にしてくれることをどれだけ期待したか。

「でも、そう悲観することばかりでもありませんよ?」

「どういうことだ?」

 響華が拓真の問いに答える前に、突然着信音が鳴り響いた。

 彼女は懐からスマホを取り出して画面を確認。顔を上げる。

「今から緋織さんに会わせたい人がいるんですけど。歩けますか?」

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