第2話 なが~いともだち

「この方、こちらの社長さん?」

「はい。一階には肖像画を掛けてあるのですが、お気付きになりました?」

「いやあ、分からなかったな。まさか、髪の毛のある肖像画とかじゃないでしょうね」

「それはございません。――こちらです」

 わずかに笑いを堪えたような声になりつつも、案内してくれた女性は、稗田に大きな黒い扉を示した。

 控え目にノックし、中からの応答で、最後の了解を取る。

「どうぞ。お時間は十分じっぷんです」

「はい、分かりました。どうも」

 女性を見送ってから、改めて扉の方を向くと、すでに開き始めていた。

 隙間から、さっき見たばかりのスキンヘッド男性がいると分かる。急いで頭を下げた。

「あ、いや、これは失礼を。まさか社長さん自らお開けになるとは、思いも寄らなかったもので」

 面を起こすと、社長に機嫌を損ねた様子は微塵もない。どちらかといえば笑みをたたえているようだった。

「普段は秘書や部下に開けさせていますよ。今日は刑事さんの訪問に、少しでも長くお付き合いして差し上げようと」

「それはそれは心遣い、痛み入ります。では早速よろしいですか」

「どうぞ。時は金なりだ」

 奥に入って行きながら、事件の話に入る。

「社長さんは、渡部理津子さんをご存知ですよね」

「ええ、もちろんです」

「確認ですが、十ヶ月ほど前に、渡部さんから警察に相談がありました。スカイハイツのある部屋から、望遠鏡で覗かれているようだという訴えでした。その部屋の住人が――」

「はい、私です。何でも少し前に下着泥棒未遂に遭ったとかで、神経質になられていましたね。でも、誤解だったと分かってもらえたはずですが」

 社長は認めるときも、表情に笑みを残している。稗田は大きく首肯した。

「それはもう問題ありません。望遠鏡の提出のみならず、下着泥棒の疑いも払拭したいと、指紋やDNAの採取にまでご協力いただいて、スムーズにことが運んだと聞いています。で……近所なのでもうお聞き及びとは思いますが、その渡部さんが亡くなったことは?」

「存じ上げております。最初にニュースで知ったときは、近くで起きた殺人事件だなと思っただけでしたが、被害者の名前を聞いて驚きました。まさか私、疑われている?」

 スキンヘッドの下の目を見開く社長。稗田は「いえいえ」と即座に否定した。

「単なる確認です。過去の経緯に気付いた上司が、まあ、細かい性格でして。あの件は単なる誤解で問題なく解決済みですと担当者がいくら説明しても、誤解されたのを恥を掻かされたと思った社長が恨みに思ったかもしれん、なんてとんでもないことを言い出しまして。こうして形だけでも話を聞いておかにゃならんことに」

「刑事という仕事も大変ですねえ。でも、私に無実を証明する術はないですよ。報道では確か、六月の二十六日夜だったでしょう、犯行があったのは」

「その通りで」

「だったら、私は早めに帰宅して、スカイハイツの部屋にいたとしか言えない。あそこは住人のプライバシーに配慮してくれていて、防犯カメラが一台しかない。それもロビーだけだ。私達住人は、裏口から出入りできる。見咎められることなしにね」

「そうでしたね。まあ、上司にはその辺うまく言っておきます。正直言って、アリバイはどうでもいいんです。別のことをお尋ねしたいなと思っておるんですよ。私、この役目を引き受けて、ちょっと気になる点に引っ掛かりを覚えましてね」

「えーっと、稗田さんでしたっけ。あなた、なかなかのタヌキだな」

「すいません。私も上司ほどじゃないが、細かいことが気になる質なんです。実は、渡部理津子さん殺害の最有力容疑者はすでに見付けておりまして、坂口俊美さかぐちとしみという女性で」

「知らない名だな」

「旧姓は、紛らわしいんですが坂上さかがみと言います。本人が結婚や離婚とかじゃなく、両親が離婚して、母親に引き取られてこの名字に」

「坂上俊美なら記憶にあるよ。高校時代のクラスメートだ。三年間、同じ組だった」

「相当に親しかったとか」

「古い言い回しをするなら、友達以上恋人未満てやつだった。卒業後もちょっとだけ付き合っていたが、じきに会わなくなった。もしかしたらその頃に彼女の両親の離婚があったのかな」

「そこらは把握してませんが……。俊美さんが渡部理津子さんに殺意を持つとしたら、その頃のことが関係していそうで。実は渡部理津子さんはかつて詐欺に加担、というか中心的役割を果たしており、その被害に遭った一組が俊美さんのご両親。相当大金をだまし取られていまして、詐欺グループの一部が捕まったあとも、お金はほとんど返ってこなかった。離婚の遠因になったかもしれません」

「彼女がどうやって渡部理津子が詐欺一味だという話を掴んだのか知らないが、殺したいほど憎いのは理解できるね」

「そのこと、社長さんは知っていたのでは?」

「いいや。どうしてそんなことを思い付いたの、刑事さん?」

「あそこに渡部理津子が住んでいると知って、スカイハイツに越してきたのでは? 前後関係だけ見ればそうなるんですが」

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