結んだはなし
魔物から宝石を抽出する魔法行使は去間と浮島にお願いした。文句ありげに睨まれたり嫌味を言われたりしたが、嫌なものは嫌なのである。結局二人にすべて魔法を使ってもらい、大小様々な宝石が手に入ることになった。袋に放りこめば、擦れ合ってかちかちと金になる音がする。良い音だ。
魔物が村にやって来てからそれ程時間は経過していない。早期解決と言えるだろう。被害もほぼ無いし、ソエリオ祭は無事に開催されそうだ。計画がこれで終わったとは考えにくいが、村側も準備の手間や収益を考えると中止はしないだろう。
その後、一応、と開催本部に事の次第を報告しに行くと、顔見知りなのもあって先日の垂れた耳が可愛い犬型亜人のお姉さんが応対してくれることになった。
「真意が掴めませんね……」
苦い表情でぽつりと呟くその姿はやはり素敵だが、ここで口説いても顰蹙ものだ。少し残念。
「人手に余裕があるなら、パトロールをお勧めしますよ」
去間がしゃしゃり出る。いや発言の内容は妥当なものだし、一応交渉担当なのだから非難するものではない。ないのは分かっているものの、まあなんだ、可愛らしい嫉妬ってコトでひとつ。
彼の言葉に元依頼人ちゃんは思案する様子を見せた。視線が地面に落ちる。眉間に皺が小さく寄った。
沈黙状態を経て、彼女が口に出したのは浮島が大喜びするものだった。
「その役を皆さんにお任せして良いですか。魔物の排除や火事の対処も行っていただけましたし、正直人手が足りないのです」
去間も浮島も露骨に喜ぶ素振りは見せなかったが、内心それを狙っていたに違いない。事件の説明をしながらさりげなく自分達が有能だとアピールしていたし。しかし私にとってもその発言は嬉しいものだ。元々こういった依頼を求めてこの村に訪れたのだから。
三人とも思い思いに頷いて、二度目の依頼契約が成立した。どちらが積極的に動くかは知らないが、あとは去間と浮島の仕事なのでさり気なく会話の輪から離れる。ぼんやり立っているのはどうにも苦手だ。それよりどうパトロールするかが悩ましい。この村に滞在して数日になるが、未だに脳内に地図が描けない。他人任せにした弊害である。
二人を待ってから見回りを始める。先ほどの騒ぎを警戒しているのか、店の準備をしている亜人が少ない印象を受ける。気のせいかもしれない。真偽は定かではないが、兎に角不審な亜人や、私が犯人と仮定している亜人が居ないかきちんと調べていく。腕章は無いが権力を持てた気分でちょっと楽しくなる。
その気分のまま再び鼻歌を歌おうとしたとき、別の通りから派手な演奏が聞こえてきた。大通りの方角だから、あそこで与花の儀式が行われるのだろう。少し様子を確かめてみると、その道には彼女が話してくれた通り、花の道が出来ていた。大通りだからか亜人の姿も多い。様々な色がひしめき合っている光景を眺めていると、踏み荒らしたい気持ちが生まれるのは許して欲しい。勿論そんな無礼な真似はしない。ほんとに。
ついでに村長の顔も見ておきたくなり、辺りを見回してみる。しかしまだ村長はスタート地点に居るのか、見付ける事が出来なかった。仕方がないので別の機会にしておこう。
軽快な演奏が続いていく。誰が楽器を使っているのだろうか。私はその方面に関してまったく興味が湧かなかったので巧拙がいまいち分からない。浮島が心地よいと言った風に笑っているから、恐らく良いものなのだろう。
耳を傾けながらも勿論仕事は怠らない。去間や浮島は。私は少し自信がない、何か見逃したかも。しかし今までのところ、誰もその件で声を発していないので、何も起こっていないと考えるのが適切だ。そうであって欲しい願望でもある。
やがて、大通りで歓声が響いた。魔物ではなく亜人達が出したものだと分かる。同時に空から花火の音が聞こえてくる。次いで楽しげな声が溢れ出したので、ソエリオ祭がいよいよ始まったのだろう。タイミング良く腹が鳴って、そういえばと気付いた。起きてから食事を取っていなかった。しかしのんびり何かを食べる時間は無い。
「適当な石ころをヒァカトで飴に変えたらどうですか?」
「折角出店あるだろ! 嫌だイヤだ、金ならあるんだし!」
意地の悪い浮島の言葉に反論しながら宝石袋を取り出す。まだ換金してないだろと去間から野暮なツッコミが入ったので渋々仕舞った。
まあ冗談であるのは分かっている。切っ掛けが私だっただけで二人なんて更に疲れているのだから、多少の休息は必要だろう。交代制にしても良いかもしれない。
一先ず軽く腹に食料を納める為に、適当な出店で食べ物を買うことにした。多少割高だがお祭り価格。楽しむ気持ちが財布の紐を緩めてくれる。浮島はそんな事なかったようで、怒りを殺した顔になっていたけど。
三人分の軽食を購入して、そのまま食べる。片手で食すことを意識した結果、またトウモロコシになってしまったが一日振りなのでセーフとする。
先ほどあんな事件が起きたばかりだが関心が薄いのか楽しもうとしているのか、どの通りも活気づいていた。賑やかな笑顔が流れていく。
ふと、その中に探していた顔を見付けて、衝撃で足を止めてしまった。まさかそんなと何度も瞬きをするが、視線の先にいる亜人は変わらず、私が考えていた犯人候補だった。
思わず絶句して一瞬立ち止まってしまう。慌てて歩みは再開するが、視線は離せない。去間と浮島の背中を叩くと、私の様子を不審に思った二人は怪訝な表情で見つめてきた。
「あの狼型、多分アイツ」
短く告げると二人の息を飲んだ音が聞こえる。すぐに探し始めた去間だが私の指す亜人がどれか分からないようで、困惑した声を上げた。
「どれだ、犬と狼の区別付かないんだよ俺」
「黒、黒くろッ」
指を差し大声で教える事が出来ないもどかしさに苛立ち、同じ特徴を何度も繰り返してしまう。しかし向こうに気取られると厄介なので、渡す情報は限りなく少ない方が良い。これで通じて欲しいと念を送ったのが幸いしたのか、時間差はあったものの去間も浮島もひとつ頷きを返してくれた。どいつの話なのか理解したということだろう。
そのまま歩きながらどこで捕まえようかと、あの亜人に気取られないよう会議する。下手に尾行し続けて姿を消されても困る。去間が捜索魔法を使えるとは言え、奇襲をかけた方が成功確率が非常に高いのだ。
どうしたものか、と悩みながらトウモロコシを食べ進める。がじがじ。先ほどまで味わえていた甘みや美味しさが今は感じられないままに、すべて食べ終えてしまった。勿体ない気持ちになる。パトロールが終わったら食べ直そうか、いや味飽きたな……。
食べ切ったトウモロコシを一瞬だけ見やる。捨てなければと考えた頭が、急に真逆のことを閃いた。あっと声を出しそうになるのを、今度は抑える。
二人に説明する暇はない。魔法は悩んだが、相手に気を遣う必要はないだろう。
私は飲食時にものを持てるようにするベルトを外すと、手の平にトウモロコシの芯を立てる。と言っても勿論不安定なので、ぐらつくそれを落とさぬようにバランスを取りつつ、相手との距離を推し測る。やや障害物になる亜人が多いが、それでも出来ないことは無い。貴方もしかして、と浮島が呟くと同時、絶好のチャンスがやって来た。この瞬間、私と狼型亜人を隔てるものは何もない。返事代わりに答えを二人に見せよう。
「オラ、当たれェッ!」
ブン投げた。野球の投手さながら、振りかぶって。手の平で押し出す形になるボール代わりの芯は、回転などかからずに飛んでいく。汚いが、どうせ相手が相手だから許して欲しい。
その亜人を捕まえる為にすぐに走り出す。何故こんな往来に姿を現したのかは謎だが、この機会を逃すことはあり得ない。相手にとっては予想外の攻撃だったらしく、芯は亜人の後頭部に直撃した。
呻き声を上げながらバランスを崩す亜人に駆け寄って、意外と大きいなコイツ! 押し倒す作戦から動きを止める作戦に切り替える。得物を取り出し、驚いて開かれたその口内に素早く滑り込ませる。
「動くな。魔法の気配を感じても喉から脳天に突き刺す」
背中に密着して左腕は首に絡めておく。捻り上げられるような手をしていれば良かったのだが、こればかりは仕方ない。
狼型亜人は言葉を失ったようで、去間と浮島がやって来るまで言われた通り動くことも無かった。素直に言うことを聞く辺り黒くさいが、どうだろう。
結構な騒ぎになりそうだったので、二人が来た後場所を移すことにした。選んだ先は村の外。入り口近くの、民家の影が届くところだ。
魔法を使えないようにする特製縄で犯人候補を縛り上げる。一番物を掴むのに適した手の去間が、キュッと、縄を結んだ。その後、三人で囲む。浮島は常時魔法発動可能状態で佇んでくれたので、抑止力として抜群だった。
狼型亜人の驚いた顔を見られたのは先程だけだった。今は無表情で視線も合わせない。落ち着き払っている。ますます怪しい。
こんな時彼に洗脳魔法であるズェイイでも使うことが出来れば良かったのだが。魔法を直接亜人にかける事が出来ないのが残念だ。
吐いてしまいそうになった溜息を飲み込んで、代わりに話しかける。
「さっきは悪かったな。どうしても貴方とお話ししたくて」
恐怖心や懐疑心を与えないように、笑顔で話し始めたが、逆効果かもしれないと今更気付いた。まあ変えられないのでそのまま続けることにする。
「さっき、大量の熊型魔物と民家の放火したの、貴方だろ? ああそうだ、嘘吐かないでね。どうせ……過去再現魔法を使えば分かる事なんだから」
「コンツィエントですってば」
去間に続き私にも忘れ去られた名前を、やや怒った口調で告げる浮島。その会話の後、狼型亜人の呼吸ペースが一瞬乱れたことに気付く。少し動揺したな。
さっきも言った通り村の出口近くなので、ソエリオ祭の喧騒がここまで聞こえてくる。華やかな雰囲気が届いてくるようだ。少なくとも自分はそのつもりで笑っているが、残念なことに犯人候補は勿論、去間も浮島も真面目な表情だった。
「……亜人管理所の亜人か?」
「いいや、ウヴァだよ。あ、ウヴァンリャね、便利屋」
「成程な、小遣い稼ぎって訳か」
自嘲気味に笑う亜人の言葉を、笑顔のまま否定する。褒賞目当てだなんてとんでもない。
「いやいや、私は貴方たちの集団に興味があるんだよ。何を目的としてるんだ?」
こんなコトしてさ、と付け加えると、亜人は黙り込んで答えを返さなかった。去間が困ったように溜息を吐く。態度が完全に脅迫モードである。
「だんまりされてもなァ。後々のお前への扱いが悪い方へ行くだけだぞ」
「と言うか、言ってくれれば良い方へ行くぞ?」
去間の言葉を修正すると、亜人だけでなく去間と浮島からも驚いたような顔をされた。そんなに驚くことでもないだろうに。
そう、私は興味があると言った。
亜人は娯楽に飢えていると思う。最低限の生活が保障されているようなものだから、人生に対して真剣になれないのだ。だから少しでも楽しいことを探し、性格に依ってその先を定住か放浪か決定する。私は後者だ。去間や浮島と出会うまで、「なんちゃってウヴァ」をやっていたような、性格なのだ。
「目的、聞かせろよ。面白そうなら仲間にして欲しい」
はっきりと口にしたことで、更なる動揺が生まれたようだ。誰かの息を飲む音が聞こえる。
「……本当か?」
「嘘は吐かねえよ。で、早く聞かせてくれ。魔物を放って、民家に火を放って、反乱でも起こしたいのか?」
自分が考えていた予想を、興奮に乗じて尋ねてしまう。他に奇想天外な理由があるならそれも楽しめるだろうが、果たして真相は何なのだろうか。答えを待ち望む。去間や浮島は何を考えているのか、そんな事に思考を割く余裕は無く。ひたすら亜人が口を開く瞬間を待っていた。
「……反乱ではねえ。俺達はマウスを」
待望の瞬間だった。犯人確定が言葉を紡ぎ始める。きっと楽しさに満ちた話だろう。
――そう期待していた、その、声は。それ以上続く事はなかった。
衝撃があった。去間と浮島、二人の腕が上から振り下ろされ、私はバランスを崩して仰向けに倒れてしまう。何事かと顔を見上げると、眼前に居た狼型亜人の姿が目に入る。そして、彼は巨大な矢羽根に口を貫かれ絶命していた。
反射的に反対側を振り向き、ナイフを取り出す。敵の姿を必死に探す。気配が無かった。音も聞こえなかった。なのに亜人は死んでいる。射る事が恐ろしく難しそうな、太い矢羽根を使われて。
タッと動き出す人影が見える。どこか見覚えのある気がして、瞬きをしたその時には既に見付けられなかった。
「あのリーダー格っぽかった猿型亜人の女かね……」
去間の予想は私の考えたものと同じだった。浮島も同様で、頷いて見せるが、確かめることは難しいだろう。彼女だったとして、あれ程の実力を隠していたのかとゾッとする。去間と浮島が助けてくれなければ、矢に貫かれていたのは私だった。身代わり、というと聞こえが悪いが、唯一の犠牲者に視線を投げる。射貫かれた部分から腐り始めている亜人の姿がそこにはあった。毒、だろうか。もう少し綺麗に死にたかったろうなあ、と無意味にしかならない事を考えてしまった。
すっかりひしゃげてしまった雰囲気に、何を発言して良いのか分からなくなる。普段のテンポが取り戻せない。丁度盛り上がっていたこともあり、呼吸器官が機能しなくなったような苦しさを感じてしまう。
そんな時、最初に動いたのは浮島だった。魔法の発動状態をやめて、しゃがみ込む。
「勿体無いから、この紐回収しましょう」
そうしてドゥイノを唱えると、結ばれていた紐が独りでに解けていく。貧乏性で冷血漢の浮島で良かった……。そう思い素直に気持ちを伝えたのに、返ってきたのは氷より温度の低い視線だった。解せない! 嘘です! そりゃ怒るわ!
その後も一応パトロールを継続したが、不審な亜人も新しい事件も見かけなかった。強いて言えば酒に酔って乱痴気騒ぎ中の亜人達は見かけたが、自力で収束を計っていたし。
狼型亜人の彼が射られたオトは、この賑やかな音に紛れて村には届かなかったようだった。亜人は魔物と違って生命が絶たれると勝手に宝石に姿を変える。彼も例外でなく、やがて透き通った青い手のひらに収まる宝石になった。
そしてそれは亜人管理所に提出が義務付けられている。何でも解析魔法を使って誰が死んだか判明させるのだとか。
どういう仕組みかは知らないが、アリで働いている亜人は精鋭揃いと聞くので、出来てしまうのだろう。
「だからこれをアリ連絡所に持って行かないといけないんだよな」
ソエリオ祭初日の夜、一旦の締めを知らせる花火が打ち上がる光景を眺めながら話に出す。首都へ向かう旅、最短距離を考えればアメォイの村へ進むのが一番の近道なのだが、村では亜人管理所への連絡所が無い。
「まぁ提出期限なんてねーからな、首都に着いたら直接管理所(あいつら)に渡しても良いんだがよ」
「早めに届けたいですね。金一封も貰えますし」
「それならさ、カヴラノウファに寄らないか? アメォイからそんなに離れてないだろ?」
はやる気持ちを抑えて、当然の帰結をしたように提案する。本当はカヴラノウファで行われる、マウスの歌姫による盛大な演奏会に行ってみたい気持ちが六割を占めるのだが、そんなことは悟られないように振る舞う。
しかし、そんな目論見は看破されているようだった。二人とも顔を顰めてわざとらしく溜息を吐く。綺麗に揃った態度だけどこの二人本当に兄弟じゃないの?
「ま、良いだろ。俺も興味あるしな」
「無駄遣いは許しませんからね」
おっ。返ってきた言葉の温かさに目を見開く。外道だのオッサンだの内心で文句を言い続けていたが、中々優しかった。
「よっしゃ、じゃあソエリオ祭が終わったらカヴラノウファに出発で!」
高らかに宣言すると同時、空に花火が舞い散った。私達を応援してくれるような、大輪の花が開く。それに目を輝かせて、私はこれからの道行きに思いを馳せるのだった。
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