承ったはなし

 と言うことで村を出た。一歩外に出れば魔物がいつ襲ってくるか分からない危険な領域だ。昨日のやつみたいに急に現れることもあるが。

 しかし魔物は所詮理性の無い獣である。思考し戦う亜人の敵ではない。後ろから急に襲いかかられでもしない限り負ける心配はないのだ。そしてその唯一の不安要素も、去間の索敵魔法によって完全に消失する。

「索敵っつーか、理性のない……行動の法則性を見出せない動体を検知してるだけだけどな」

「まあ、理性なければ敵じゃん。問題ねーよ」

 訂正を入れる去間に言葉を返して、ざくざくと歩いていく。ここ一帯は不毛の地で、草木がほとんど見つからない。素足でそれらを踏み締めるあの楽しさも感じられないのだ。もう暫く歩けばチフーカンへ近付くので、その感触も得られるだろうが……取り敢えず、今は無い。そして付け加えれば、瑞々し体験を渇望している訳でもないので、まあ何も考えずに歩き続けるのだった。

 何気なしに浮島を見てみれば、いつの間にやら彼も魔法を使っている。細く長く息を吐きながら覚束ない足取りで、時に突然立ち止まるその姿は不可思議極まりない。話を聞きたいが、魔法が途切れて怒られても嫌なので、うっかりすっ転んだ時に助けてあげられるように先頭から彼の右隣へ移動した。去間は元々左隣を歩いていたので、全員が横一列に並んでいることになる。仲良しグループみたいだ、面白い。滑稽というやつだ。

そのまま歩き続けて、浮島が立ち止まれば合わせて足を止め、ペースを確認しながら進んでいく。一度、去間がムッと声を上げたので魔物の襲来かと思ったが、歯にものが挟まったなどというつまらないオチだと判明して脱力したくらいで、特に大きな出来事もなくチフーカンが見えてきたのだった。え、見えてきた?

「浮島、お前何してんの?」

 てっきり痕跡を見付ける魔法でも使っているものだと思っていたので、驚いて尋ねてしまう。未だ苦し気な表情だった彼は、静かな目線を私に向けた。途端、ふっと浮島に覆っていた冷たい気配が抜けていく。魔法が終わったのだ。普段眺めている魔法行使の姿とかけ離れていて、不気味さを覚えた。それは去間も感じたようで、浮島に何をしていたのか、と私と同じ質問を投げかける。渦中のやつは視線を地面に下ろし、ぼんやりとした声で一言呟いた。

「きもちわるいです……吐きそう」

 言い終わった瞬間、浮島が膝から崩れ落ちる。唸るようなえずく声。数秒後の惨状を察知して距離を取る私と去間。心配するよりも先に自己保身が出てしまった。ただ浮島はそれも気にする余裕がないようで、細々と深呼吸を繰り返す。背中が膨らみ、肩が揺れ、そして体が微弱に震えた。ついに突然の嘔吐かと身構えたが、しかし、浮島は翼で自分の口を隠すのだった。

 そしてごくりと、喉が震える。静まり返る私達。事の次第を察知して褒めれば良いのか怒れば良いのか呆れれば良いのか分からないこの微妙な雰囲気。日中なのに気温が二度くらい下がったような、いや亜人は少しの寒暖変化を気付かない程度に鈍いっつーか強いけど、取り敢えず、何とも言えない時間が流れる。当の本人である浮島は、ふうと満足げに息を吐いた。

「よし、オッケーです」

「全然オッケーじゃないよね、一体どういうことだよお前さん」

「このままチフーカン行くの? あと今回のマズかった? 胃液多め?」

「朝食ちゃんと食べたので。で、僕が何してたか、これからどうするのかは今から説明するんで、座ってください。疲れたんですよね」

 お前もうちょっと体力付けろよ、とコメントしたくなるような発言だが、焦る時でもないので従ってその場に腰を下ろす。去間は少し嫌そうな顔をしていた。服が汚れるからだろう。後でカェルリィ使えばいいのに。

 浮島もおもむろに座り込むと、結論から話し始めた。チフーカンへ向かう必要は無くなった、と。やはり予想通り、痕跡を見付けるような魔法を使っていたのだ。

「僕が開発した魔法で、コンツィエント、と言います。予想した行動が、過去実際にされていた場合に発動し、追体験をさせてくれます。その時の映像が頭に流れ込んでくる感じですね」

 つまり、それを追い続けたければ映像を見続けるしかないということだ。しかしイメージとその場で起きた出来事がかけ離れれば映像は打ち切られるだろう。魔法を発動させながら、次に何が起きたのかを考えなければならない。

 大変と言うか、ぶっちゃけ不便過ぎる魔法である。何故そんなものを使ったのだろうか、汎用性があるか実験してみたかったのか、考えるだけで失敗だと思うが、本人は気付かなかったのかもしれない。浮島結構バカなとこあるし。

 そんなことを考えつつ話を聞くつもりだったが、去間の方は黙っていられなかったらしい。ちょっと待て、といつになく真剣な声で場の雰囲気を変えていく。私も浮島も、怪訝な顔で去間を見つめた。

「魔法の開発なんて…………出来るのか??」

 エッと腹の中から大きな声を出したのは私か浮島か、多分両方である。意を決して尋ねたのは私だった。

「オッサン、それ本気で言ってんのか?」

「本気も本気だろ、え、出来るの?」

 質問を返されてしまって、若干放心しつつ頷いて肯定する。途端に目を丸くして、ヤツは顎を外しかねん勢いで驚いたのだった。村に居たら五人中二人が視線を向けてくる程度の声。

 私は魔法に関して長いことまともに触れてないので、そういった解説は全部浮島にブン投げようと思い無言を貫こうとしたが、彼は二の句が継げない状態にあるらしい。黙って去間を眺めている。あ、これは私が説明しなきゃいけないだろうか。「多分」とか「その筈」だとか多用しそうな気がするが。

「開発なら誰でも出来ることになってますよ。勿論何もないところからの手探り状態なので、手間暇かかります。効率的でないし、やってる亜人は少ないですけれど」

 と、思ってたら浮島がちゃんと教えてくれた。呆れ果てた訳ではなかったらしい、はぁと溜息を溢しつつも翼をひらひらさせている。

「私でも一応覚えてたレベルなのに、去間本当に知らなかったんだな。めっちゃ面白い」

「うるせェクソガキ。大人には色々あるんだよ」

 安心したので講座とはまったく関係のない感想を告げると、分かりやすく苛立ちを顔に出した去間に怒られた。荒い口調の低い声、子どもが目撃したら腰を抜かしそうな迫力だが(葉巻を咥えていれば更に)私はちっとも怖くない。オッサンだし。

 閑話休題、と浮島が話を戻した。

「僕が見たのは、所謂賊ですね。亜人で、魔物を襲っていました。そこまではウヴァンリャと変わりないんですけどね。…………そいつら、それを解体してたんですよ」

「解体? 捌くってこと?」

「はい。そのやり方が悍ましくて気色悪くて! 血抜きもせずにゆっくりとナイフを首に走らせるんです。中々切り取れないから、食パンを切り分けるように、徐々に刃を動かして……言い忘れてましたけど、音も分かるんです。実際に聞くのとは違うんですけど、ああこんな風に鳴っているんだろうな、って分かって、しまうんです……ぐちぐちと、肉厚を感じる音が、ずっと響いていて。首を落としたら今度は腹を裂いていきます。両端を仲間が抑えて、勢いを付けて、びりびり、カーテンが裂けるような音と一緒に臓物から大量に血が溢れ出して地面をゆっくり汚して……」

 浮島が感極まった様子で語るのを聞いていた私と去間だったが、顔を見合わせて、無言でアイコンタクト。長いような短い付き合いだが、流石に察せる。

「おうちょっと止めてくれ」

「なんですか? これから良いところだったんですけど」

「良いところじゃねーよ!! 浮島テメェ完全に楽しんでやってるだろ!」

 出だしは良かった。おぞましいって意味ナンダッタッケナーと思いながら話に耳を傾けていたのだ。これでも一応真面目だった。しかし気持ち悪い描写がいつまで経っても止まらない。「ということで吐きました」と繋げればいいものを、話は留まるところを知らず、段々と私達も気分が悪くなってくるような気がしたので堪らず顔を見合わせたのだ。

 そして指摘する前からヤツは自白していた。悍ましいと評した情景を説明するのに良いところと言うバカはいない。いや、浮島は言ったけど。本気で喜ぶようならそりゃ頭がトんでる奴なのだ。

 つまりわざと、コイツは長ったらしく気持ちの悪い話をした、ということだ。

「僕が言い表せない程度には汚い現場だったんですよ。自分だけ吐くのもナァって思ったので一緒に気分悪くなってもらおうかと」

「オメーがさっきのコ、コン、魔法勝手に使ったからだろうが! 他にやり様あっただろ!」

「コンツィエントですよ!」「そこはどうでもいい!」

 薄情なのか仲間意識が強いのかよく分からない台詞を吐きつつ、取り敢えず故意と確定したので年長者として去間が叱る。と言うか最早ツッコミを飛ばす。大体マウスがやってるけど、漫才師とか似合うかもしれない。「瞬間記憶は魔法使いに必要でしょう」「無いから色々練習してるんだ」「あんなセンスで」「うるせえ兎に角謝れバカ」等と軽快に飛び交う言葉の応酬を眺めたかったが、この調子で脱線し続けるとうっかりソエリオが始まるまでに間に合わない事態が発生しそうなので、黙って挙手をする。

 ……指されない。見向きもされない。口喧嘩は止まらない。仕方がないので左手も高く掲げた。勿論二人はそれに気付かない。だがそこが狙い――!


「あ、賊は魔物捌いた後、特別の花っぽい荷物があの村に向かって飛んでるのを目撃して、それをぶんどってアジトっぽいところに向かってたので場所は分かります」

 私が繰り出した渾身の一撃の餌食になった後頭部をさすりながら、あっけらかんと浮島が言い放つ。痛ェ痛ェと呟いていた去間もきちんと聞いていたようで、おおと声を上げた。そこはどうやら遺跡の中らしい。指された方角は西で、チフーカンと村の丁度中間だ。帰るのに適している。楽だ。有り難い。

 話し合って、もう少しだけ休んでから向かうことになった。浮島が体力を回復するのにまだ時間を要するらしい。わざと話したにしろ、悪心を感じたのは本当だし、気を遣っておこう。

 世間話に花を咲かせようとしたが、特に話題が思いつかなかったので土を弄りながら時間を潰す。その間、去間も浮島も口を開くことがなかった。寂しい集団だ。魔物でも来ればいい暇つぶしになるが、望み通りの展開になることはなく。そろそろ行くか、と提案する去間にゆるゆると賛同して出発した。


 途中進行方向に魔物を発見した、という去間に従ってやや迂回し目的地付近まで到達した。あまり近付きすぎると賊の感知魔法に引っかかる恐れがある。正直、相手によってどの範囲まで魔法が効いているかは変わるのだが、いちいち考える時間が勿体ない。

「乾、浮島、準備は出来てっか?」

 去間の言葉に、黙って頷きを返す。うっかり喋ると抑えが利かなくなりそうで。ウヴァの中で一番危険な癖に一番滾る仕事の時間だった。

「いつでもどうぞ。ああ、カウントダウンはお願いしますよ」 「りょーかい。――三。二ィ」  いち、唇が空気を食んで、直後全員同時に地を蹴り走り出していく。進行方向は当然、奴らのアジトである遺跡だ。木造りの小ぢんまりとした建物。一つ思い付いたことがあるので、入り口までの最短ルートを避けて、目標をその壁に設定する。勢いづけて回し蹴りを放つ。狙いど真ん中に的中し、瞬間足を下ろせば、同時にばきんと割れる音が聞こえて穴が開く。理想通りでほくそ笑む。更に広くする為に、今度は左手でぶん殴った。上段ストレート、動かない的はやはり撃ちこみ易い。

 去間と浮島が視線を投げてきたので軽いウインクで返すと、露骨に嫌そうな顔をされた。失礼な。若干頬を膨らませながら屋根に飛び移る。一階建てなので跳躍は簡単だった。二人が正面突破担当ならば、こっちは陽動または奇襲担当だ。毎回決まっている訳ではない、気分の問題なので今回はそうするだけの話だけど。

 屋根はそれなりに立つスペースがある。部屋と同じ広さなのだから当然だ。賊が居るであろう場所に当たりを付ける。野生の勘だ。野生と言ってもセーフなのかは知らない。体重をかけても軋む音は聞こえないが、質感から予想するに木造の屋根のようだ。燃やすのは後で面倒そうなので、よし、決めた。腰のベルトにぶら下げている、煙を吐ききってイズィの効果を期待出来なくなったマジックボールを取り出す。歩く途中で縄に括りつけてもらっているそれは、実は中々重量がある。例えばそう、叩き付ければ屋根を壊せる程度に!

「よいしょっ――とォ!」

 先端である縄の輪に手を通して振り回す。そして速度が付いたと感じた瞬間、振り下ろして、屋根に思い切りぶつけた。派手な音が鼓膜を刺してくる。これだけ大きいものなら、奴らも気付くだろう。突然の奇襲で慌てているところに、屋根から轟音。まさか上から振って来るのかと私に全神経を注ぐ筈だ。若干の希望的観測を込めての予想。まあ備えてくれれば良いのだ、その通りなのだから――!

 おまけにもう一発、とボールを当てると、私が立っていた部分は完全に崩壊し、通れる大きさになったと確信した瞬間穴に飛び込む。床までの距離は計算済みだ、概算だけどね。ああ楽しくなってきた。敵の数は何人だ、遺跡の構造はどうなっているのか、話し合いに応じる性格なのか、考えるだけで心が弾む。

 さて、答え合わせだ。楽しいのは良いことだが油断しているとうっかり殺されかねない。それなりに強いとは自負しているが世の中強い亜人なんて大勢いるのだから、今回がそれに当てはまる可能性もある。素早く辺りを見回すと、丁度大部屋に飛び降りたようだった。

 まず最初に気付いたのは、床ではなく先ほどまで踏んでいたのと同じ地面だったこと。それから、亜人が一人、二人、さん、四人。どこかに隠れているかもしれないが、取り敢えず嗅ぎ慣れない臭いはその四つだ。去間達はまだ遠い。さてまず魔法使い候補から潰すのが定石だ。去間達が突入するタイミングを覚られない方が都合が良い。

 魔法の気配は風のようなもので、肌で感じ取れるが無臭で嗅ぎ取ることは出来ない。特に私は魔法慣れしていないから感知に多少時間がかかる。候補の選別をしたい、が、構わず襲ってくる奴が居るのでそれは難しそうだ。取り敢えず迎撃をしよう。

 いの一番に私へ攻撃を繰り出したのは弓矢使いで、風を切る音が聞こえる。一度かと思ったが続けざまだ、ここまで連続しているということは矢羽根は魔法で作られたものか。詳しいことは分からないが、取り敢えず弾き落とすより避けた方が無難だろう。私の姿はまだ目視出来ていない筈だから、追尾というのも考えにくい。

 右に避ける。狙いが大分左寄りだったのは進行誘導したかったのだろうか? いや、私は目でなく耳で避けたことを踏まえるとその線は薄いだろう。薄いからこそ、一応潰しておこうと思う。

 壁まで近接すると、近くにあった鞄を渾身の力で蹴り飛ばした。目標は一番近い距離の敵。鞄を追いかける形で走っていく。俊足の乾ちゃんと呼ばれたことは一度も無いけど、割と誇れる全力を惜しみなく出して、やがて、飛んでいく鞄に触れられそうになった。敵の姿が見える。男、軽装、虎型亜人。驚いた顔だ、怯えが混じっているから新入りの賊なのだろうか。運が良いのか悪いのか。

 私は次の瞬間、その震えた視界から消え失せる。言ってしまえばただ重心を後ろに、仰向けに倒れる直前まで移動させただけだ。しかし戦いに関して素人らしい彼が、消えた敵の、滑り込みからの足払いに対応出来る筈がないだろう。

 足具はそれなりの重さがあるので、私の勢いから与えた衝撃だけで敵はバランスを崩して転ぶ。形は大の字に限りなく近い。武器を持っていた右の手首を思い切り踏みつけて骨を折った。下から苦悶の叫びが上がるものの、首をかっ切らなかっただけ優しいと思って欲しい。そのうちだから。

 そこで魔法の気配を察知する。中々ここから遠い。けど二人が来る時間を考えると、間に合いそうなのでそっちを潰すことにする。弓の放たれる音。やべ場所割れてる、当然か。今度はその場で上に飛んで避ける。

上から俯瞰して魔法使いの場所を特定、本当は空中で投げたかったけれど流石に間に合わなかった。着地してからマジックボールをブン投げる。当たれば激痛程度の速球で。せめて集中が切れるだろう。一度横に飛んでから、斜め左を狙って加速する。ボールは当たらなかったようで、壁にぶつかり痛ましい音を出した。

 魔法使いである馬型亜人の姿を捉える。それは私も同じことなので魔法を使われるのではないかと焦ったが、先ほどデッドボールを狙ったのが功を奏し魔法は不発に終わった。ツイている。腕を首に絡めるように振りかぶり、そのまま遠心力を加えて裏拳一撃。こめかみを狙った攻撃は多少ズレて頬骨に当たったが、問題はない。脳震盪が起こせなくても隙が出来れば十分だ。

 服装は先程の新入り(推測)と同じく、軽装。一般人と変わらない。賊なのか本当に怪しくなってきたが、特別な花を盗んだ犯人に間違いない筈なので(浮島を信じるならば)、敵という認識は変わらない。まあ、傷は控えめに。素早く相棒のナイフを取り出して、肩から腰まで斜めに一文字を切る。銀色に走る線を装飾するように、赤い液体が飛んだ。

 これで二人。弓兵含めた残りの二人は私の華麗なる早業に恐れを成したのか、すぐに攻撃しなくなった。もうそろそろ去間達もやって来るだろうか、考えた瞬間待ち構えていたように扉が蹴破られる。ヤツらが本当に見計らっていたのか私の直感が鋭すぎるのか、真相は闇の中だが、兎に角残りは二人に預けるとしよう。中々格好良く倒せて気分が良かった。

「鍵かかってねぇじゃねえかッ。と、変に動くなよ? お前らもあの狂犬に倒されたくねえだろ?」

「襲撃してるから当たり前ですけどね。まあ馬鹿猿の言うコトも一理ありますので……お二人とも、お気を付けて。話し合いに応じないコトもないですよ」

 去間の警告と、浮島の助け船は実に性格が出ていたが、どちらも私に対しての評価があまりにも酷すぎる。狂犬とは失礼な。色々考えて戦ってるんだけどなあ。一応非難するものの、二対一であっという間に一蹴されてしまった。ちぇっ。

 いつも通りの適当なやり取りを繰り広げているうちに、隣から物音がした。私に切られて座り込んでいた魔法使いがまだ反抗するつもりなのだろうか。視線を向ければ大仰に肩を震わせて身動きを止めた。今、奴から見て私はどんな存在に映っているのだろう。怖いだろうか。まあ怖そうだ、切ったし。治療用の包帯は誰が持っていたか、多分去間だ。

「お、お前ら……何が目的だ」

「特別な花、と言って伝わります? 貴方達が魔物を掻っ捌いた後、ついでとばかりに奪い取った輸送中の荷物ですよ。それの奪還ですね」

 不意に一人、弓兵じゃない方の兎型亜人が恐る恐る尋ねた問いを、至って冷静に浮島が返答する。彼らは自分達の行いを言い当てられて激しく動揺した。互いに顔を見合わせている。私はその時初めて弓兵の姿を見ることが出来た。今までは呑気に眺める余裕無かったし。女の猿型亜人だった。通りで弓を扱うのが上手な筈だ、いやあまり知らないのだけど、射る時の音が綺麗だったのだ。ぱん、と何か不浄のものを払うような、綺麗なオト。

 紅一点はしばらく目を伏せていたものの、意を決した表情で浮島を見据えた。良いなあ役得。この場で口に出したら全員から白い目で見られそうなので大人しくしておこう。

「知りません」

 彼女が言い放った言葉に、お、と小さな声が漏れた。斜め向こうにいるのでいまいち表情が読み取れないが、去間も似た反応だろう。ここでしらばっくれるのか、いや真実なのか? そう思ったに違いない。

しかし、ここからでは伺うことの出来ない浮島だけが、異なる反応だった。それも当然だ、彼は賊が窃盗をした光景を目の当たりにしていたのだから。

「嘘を吐かないでください」

 今度は冷たい声色だった。静か、と言えば聞こえはいいが、その実温情など少しも孕んでいない、敵、あるいは魔物と同類の区別をしている声。自分は聞き慣れていたものとかけ離れていたので少し寒気を感じたが、普段を知らない賊からしてみれば恐れる事は無いと思えてしまったようだった。本当です、と返そうとする弓兵の女性に、浮島が繰り返す。

「嘘を、吐かないでください。――三度目はありませんよ?」

 うわ怖い。知人の激怒する姿って何度見ても怯えてしまう。顔に出さないよう、空気をぶち壊しにしないよう、勤める。私以外の人にとっては今極寒だコレ。そろそろ分からないと自分が見た絵面と同じことしそうで怖いし賊達が心配になる。そこにいる鳥、結構冷徹で無慈悲でちょい趣味が悪いから早く言えること言っておいた方がいいよー、と、念じてはおく。

 祈りが通じたのか、弓兵が苦し気に黙り込む。おい、と心配して声を掛ける兎の亜人を睨みつける女性。睨まれたい。声に出さなければセーフだ。

「間怠っこいのは苦手なんだ。正直に返しゃ何も聞かねえし命の保障はしてやるよ。乾にやられた分の治療もしてやる」

 盛大に溜息を吐いて緊迫した雰囲気をぶち壊したのは、浮島の隣に居た去間だった。私も概ね賛成なので頷いて同調して見せる。黙るのも飽きてきた頃だ。そしてそれをきっと浮島は勿体ないと呆れそうだ。

けど、私にとって重要なのはいつか世界の存亡をかけた戦いの鍵を握る貴重な秘密ではなくて、明日美味しいご飯を食べて武器を整備するためのお金である。依頼達成の暁には銀貨二十枚と来ているから、ソエリオ祭本番前の資金にはぴったりなのだ。

 去間からの提案は飲むことが出来たようで、賊達はゆっくり頷いた。その表情を見るに、苦渋の決断だったのだろう。こりゃ背を向けて帰れないな。

 女性の亜人が弓を下ろして、床に置く。今持ってきますと口にして、歩こうとしたその足がすぐに止まった。各々が疑問の色を顔に浮かべる。どうしたんだろう。彼女の視線の先は何だか見覚えがあった。つい先ほどまで周辺で戦っていたのだから当然だ、そう、その壁で丁度自分は手頃な鞄を……。

「あっ」

 合点が行った。合点が行ってしまったので、つい声を上げてしまった。今動ける全員が私に注目してくる。何なのだお前まさかそういえば、様々な視線の色。いやあ気に掛けてくれる存在がいるって良いことだね。そんな事をって誤魔化したい。あーいやだ。

 だけど何時までも逃げられる訳がないのであった。ちょっと前まで獅子奮迅の活躍をしたのが嘘のようだ。悲しいけどこれが世界、これがニェン。

「鞄だけど、えーっと、蹴って、確か虎さんの方に飛んでったかなー……そこ狙ったし」

 危機的状況だと分かっているのに、つい笑いがこみ上げてしまうのは何故なのだろうか。その疑問を追究したい気持ちは大いにあるが、今は途端に怒りと苛立ちと悲しみを混ぜ合わせた顔になった去間と浮島の視線から逃げることに専念しなければ、負けてしまう。何かが。

 私が指を差した方向――まだ虎型亜人の彼が倒れている場所に弓兵の女性が近付いて、小声で彼と言葉を交わしつつ鞄を手にした。何言ったんだ。余計なこと企ててないと良いけど。一応警戒していたが、横の馬魔法使いさんがちょっとビクついただけだった。ごめんて。

 しかし予想を裏切って、彼女は素直に鞄を去間に渡した。中を開けて確認してほしいと頼んで来る。その言葉に気になるものがあったらしいオッサンが僅かに躊躇するが、横に居た浮島が何を考えたのか、遠慮なく魔法を使って鞄を開ける。

浮島が翼を振った瞬間、ぱかと口を開けた鞄の中身だが、位置の問題で私の視界にぎりぎり入って来ない。気になるのに。そこで、別に歩いて見に行けば良いのだと当たり前のことに気が付いてすぐさま移動した。彼女が嘘を吐いてなければ黄金に光る花がある筈。

「おおっ……」

 去間からオッサンらしい、感嘆の言葉が漏れ出た。浮島の息を飲む音が聞こえる。三人とも隙が出来るのは怖いので、効果が薄そうな後方から鞄を覗き込んだ。

 私の視界に入ったのは、どこにでも生えてそうな、ごく普通の花だった。

 勿論黄金に光っていることも、話とは違い異様な形をしていることもない。どこかで確実に見たことがある花。だからこそ、二人が何故好反応なのかも分かってしまった。

「白けたあああっ!」

 高かった期待度が急に霧散したので、私は堪らず叫んでしまった。詰まらん! 詰まらん!

 やってられなくなったので足早に先程までの場所に戻り、魔法使いさんの横にしゃがんだ。怖がられるのももう慣れた。ああこの台詞ちょっと格好いいな、なんて去間みたいなことを思いつつ、黙って止血を始める。清潔な布なら私も持っていた筈。その後の治療は浮島に任せれば良い。

「これは、流石祭で使われるだけのことはあるな!」

「毎年送ってもらってる、ということはチフーカンの職人か誰かの業ですよね。ソエリオ祭終わったら一回戻っても良いかもしれませんね……! 是非話を聞きたいですっ」

 後ろの方で野郎二人が楽しそうに会話を弾ませている。楽しそうで実に良かった。詰まらんつまらん。

 二人が感心しているのは、その黄金に光る花が、魔法で作られたものだからだ。特別性ではなく、特別製だったということだ。ばかやろー!

 私が止血を終えて去間が持っている筈の治療セットを奪いに来た時も、二人は花を囲んでわいのやいのと話を続けていた。楽しいことは何よりだがあまり時間を消費されても困る。何より近くにいる弓兵の女性がひどく気まずそうだから。そりゃ話に加われないし仲間の方行っても警戒されるし。可哀想な状況だ。

「依頼人のあの人に渡す前に観察するなり解体するなりすれば良いだろ。ほら辞めた辞めた」

 二人の間に立って見えない壁を壊すように手を振り回すと、去間も浮島も冷静になったようで私に従ってくれた。去間から治療セットを借り、魔法使いの元に戻ると怪訝な顔を向けられていることに気付く。大方何故自分を助けるのか、とかその辺だろう。予想はその通りで、怯えた色を滲ませながら、馬型の亜人はゆっくりと尋ねてきた。返事は決まってるので、すぐに答える。

「さっき終わったら手当しなきゃなーって思ったから」

「それは、理由に」

「なってるだろ? 別に亜人を傷付けた、償わなきゃってコトじゃないよ。そこら辺歩いてるマウスに餌あげようってふと思う時と、似た感じ」

「訳が分からない……」

 そう? と返しつつ、苦労して治療セットの留め具を外す。捲るように蓋を開けると、案の定治療薬や包帯が入っていた。ようしと意気込んで取り出そうとして、ふと違和感に気付く。手が入れにくい。圧倒的に。ぎりぎり入らないかもしれない、そんな程に。何故こんなことが起きるのか、慌てて考える。答えは三秒で出た。

何を隠そう、このセットは去間しか使わないからだった。つまり猿型亜人用のポーチであり、浮島のような鳥型亜人や私の手を入れるのには適していない。すぐさま去間を呼んで、代わりにお願いした。去間と魔法使い亜人、両者から呆れ果てられた。失礼な。


 魔法使いや新人(推測)の治療を終えた。と言っても魔法は亜人本人にかける事は出来ないから、なにか道具を用いて手当をすることしか出来ない。傷を直ぐに癒す、というのは夢物語なのだ。自分としても、万が一回復魔法なんてものが見付かってしまったら戦いの形式が激しく変容し、好みでなくなりそうなのでこのまま発見されないで欲しい。切実に。

 花を受け渡す時、彼らに踏み込まないことを条件としたので私達はこのまま引き上げる必要がある。約束を守る義理も義務もないが、一度仕事を邪魔されただけで同じ亜人を皆殺しにする程冷徹な性格をしている訳でもない。それは去間と浮島も同じようで、何を言おうか迷った末に、「じゃあ縁がありゃ、またな」とだけ口にした。わざわざ話すこともないだろう、私もそれに合わせて一度頷いておく。

 賊――本当に賊だったのかすらも分からなかったが――達からの返事は、何も無かった。

 ……まあ、一方的にしてやられたのだから当然か。


 背後を一応警戒しつつ遺跡を出て、村へと向かう。彼らが追ってくることは無かった。普段は関わり合いにならないとすぐに存在を忘れてしまう私だが、今回は少し考えてしまう。

 例えば、何のために魔物を捌いていたか、どうして輸送中だった特別な花を奪ったのか、とか。

 亜人は生きることに恬淡だ。生存に必要な衣食住は魔法を使えば手に入る。必死になる必要がないのだ。だから呑気に暮らしたり、娯楽に走ったりする。私達のようにウヴァをやっている者も少なくない。

だが、賊と言うのは中々見かけるものではなかった。見つかったりもっとあくどい事を行ったりすれば、犯罪を取り締まる集団である亜人管理所(私はアリと呼んでいる。蟻型亜人と少し紛らわしいけれど)の人が飛んでくるだろうし。アリの対戦闘要員は物凄く強いと風の噂で聞いたので、戦ってみたい気持ちはあるのだが、その為だけに犯罪者になりたくもない。

「珍しかったなあ」

 独り言のように後ろを歩く去間と浮島に話しかけてみると、二人とも同じことを考えていたようで、それぞれ頷いてくれた。ふん、と浮島が鼻を鳴らす。やってしまったと直感的に感じた。

「去間、あそこまで言わなくても良かったんじゃないですか? あいつら、絶対何か隠してますよ」

「そりゃーおめえ、俺だってお前らに言えない事の一つや二つあるぞ」

「そういう意味じゃないと分かっているでしょう」

 浮島の声は不機嫌そのもので、対する去間はどう思っているのか、声だけであまり判断が下せない。下すこともないか、と考えを改めて、二人の会話を見守ることにした。

 会話と言っても最初は浮島が一方的に小言を並べる時間だった。

二人が負傷中であの状態ならば三対二だったのに何故向こうが助かる条件を提示してしまったのか。戦闘慣れしていないメンバーと言い、高確率で自分達が勝てた戦いだった。勝ち若しくは圧倒的優勢から、何故場所を譲り渡してしまったのか。どうせ敵にも優しい俺格好いいとか考えてたんでしょうオッサン。馬鹿ですね。乾も無駄に敵の治療をする必要がなかったでしょ。あそこで信頼感を与えても自分達は何も尋ねることが出来ない立場に居ました。気を許して情報開示してくれる、と言う可能性は殆ど無かったことは分かり切ってたのに、無駄なことをしないでくださいよ。

 正直、途中から私に矛先が向いたのは気付きつつも、耳を傾ける気になれなくて右から左へ流れていってしまった。これは自分の理想通りに行かなかった事への苛立ちが多大に含まれたお説教なので、全部聞く必要もないのである。つまり半分八つ当たりだ。

 一番落ち着かせるのに適しているのは意見に同調することだが、原因が私達なので出来る筈もなく。「ゴメンネ、反省してます」等と言えば火に油を注ぐ結果になるだろう。完璧な嘘を言いたくもないし。

 浮島本人も真面目に聞いてもらえないのは理解しているので、しばらく一人で叱らせていると次第に落ち着きを取り戻していった。そこからは本来の目的である、賊達の真意について推理する話し合いだ。私は当然参加しない。考えるの面倒だし。

「魔物にホーキーチェイシーも使ってなかったんですよ。実験をするならせめて宝石だけでも取り出しておけば小金になるのに。勿体ない」

「けど金に困ってない、って感じでもなさそうだったなァ。むしろ結構軽装だったし、ヒァカトで防具に変えられない程度に、装備品と慣れ親しんでない、って事だろうな」

「賊と半分決めつけてましたけど、お遊び集団だった可能性が高いですね。戦い慣れしていない亜人も居たようですし」

「あのリーダーくせえ弓兵の女は戦闘経験があるように感じたがなあ……雰囲気掴めない集団だったな……」

 結局真相は闇の中、で話は纏まりそうだった。話題を出した切っ掛けでもあるし、彼らの招待について興味がない訳ではないが、私は去間や浮島みたいに頭を使って考えることが大嫌いなので、不快になる以上のことは考えないようにしているのだ。それを抜きにしても情報が少なすぎて真実を見付けるのは難しいと感じていたし。

 そんな話や雑談を交えて歩いていると、いつの間にか村のすぐ近くまで到着していたのだった。特別な花を目撃して気分の高揚していた二人を思い出して、もういじくらなくていいのか尋ねておく。直前でもうちょっと、と言われても困るからだ。私じゃあるまいし、やらなさそうだけれども。

「ああ、もう十分だ。いや参考になった……」

 しみじみと花を眺める去間の声は熱っぽくて、正直気持ち悪い。花を目にうっとりしているいい年したオッサン。うん、うん。今回の一件で魔法は生み出せると知ってしまったから、何に生かされるのか不安で仕方ない。

 村の入り口まで戻って、肩の荷が下りたよい気分を味わったがふと気付く。そういえば依頼人の女性はどこで私達の帰りを待っているんだろう?

 思わず不安になって二人を振り返ると、私の考えてたことが分かってたらしい。安心してくださいと、浮島が答えてくれる。

「まだ片付けなければならない仕事がある、と言ってたので、働いてると思いますよ」

「あの女の人が働いてる所……」

「村長邸、もしくは村役場だな!」

 私の言葉に繋げて、去間が高らかに声を上げた。


 まず見付け易いということで、村長邸に向かうことした。村の端、一番大きくて派手な建物がソレだ。豪邸……に辛うじて入るくらいだろうか。この前に行ったチフーカンはそれなりの大きい町なので、似ている程度の家はよく見かけた。流石に村長邸ということもありこちらの方が大きいだろうけど、まあ、うろ覚えだ。

 門を通り、扉の前に立ち、服装を整える去間と浮島への嫌がらせをしよう。まだ終わっていないのを確認して、扉を三回叩いてやる。飛び上がらんばかりに驚いたのは去間で、先ほどの賊に対してよりきつく睨んできたのが浮島だ。予想通りで面白いので笑うと、去間の手刀が私の頭に直撃した。脳味噌が揺れる、痛い、これで死んだ時生まれる宝石に傷が付いたらどうしてくれるのだろう、このオッサンは! 少し苛立ちが生まれたものの、よく考えれば死んだ後の話なのでどうなろうが問題なかった。やったぜ。

「はい、どちら様ですか……あっ」

 覗き窓の奥から声が聞こえる。扉越しにやり取り出来る魔法を掛けているのだろう。そしてその声は数時間前に別れたばかりの、依頼人の女性の声だった。

 女性は確認も必要ないと感じたのだろう、勢いよく扉を開けて私達を見つめる。不安と期待がない交ぜになった眼だ。小さな嗜虐心が芽生えるけれど、無かったよと嘘の報告でもすれば後々去間達と依頼人、双方から怒られるだけでは済まないだろう。我慢。うーんでもお姉さん可愛いし結構好み。でも付き合うために頑張るほどじゃないな、残念。

 ということで花を持っている筈の去間に視線を投げる。浮島や女性も釣られてそっちを見て、注目された本人が少し焦りながら件の物を袋から取り出した。包装が破られていたから生身になってしまったけど、まあ許してくれるだろう。魔法で作られたものらしいし。

「ご確認お願いします。……合ってますよね?」

 不安な去間の声。これで違ったら目も当てられないが、そんな心配をする前に女性が力強く首を振って否定してくれた。

「ああ、良かった、良かった! 合っています、これです、あああっ本当に有難うございました!!」

 感極まった声でお礼をする女性は明らかに熱が入っていて、どうしてそこまで必死になるのか分からない私は正直ちょっと引いてしまった。だけど、可愛い子に感謝されて嬉しい気分にもなったので、依頼を受けて良かったなーと思う。今回は特に、疲れなかったし。敵が弱かったのは不満点だが。

 感謝し続ける女性に対し、浮島が一歩進み出る。仕事において円滑化を図る為の適当な笑顔を浮かべて、良かったです此方も安心しました、と話す。金銭関係は浮島担当なので、女性も察したのだろう、服のポケットから封筒を取り出した。投げると同時に魔法を使って浮かせると、浮島の手元へ泳いでいく。揺れる封筒の中に入っているであろう銀貨が、小さく音を立てる。中々、嫌いじゃないオトだ。

 一仕事を終えたので長話になる前に退散しよう、と踵を返そうとすると、去間に肩を掴まれた。危うく転びそうになりながらまた半回転、体は女性の方を向く。にがわらいの彼女がそこに居た。目を奪われる。

「あの、本当に有難うございました! ソエリオ、運営も頑張りますので楽しんでくださいねっ」

 失礼しますと扉が閉じられて、残るのは私と去間と浮島のみ。浮島は収入を得て嬉しそうな顔をしているし、去間は依頼を達成した喜びに顔を綻ばせている。そして私の顔はと言うと、

「……乾? どうしたんです、貴方。そのレタスとキャベツ間違えて食べたような顔は」

 逃した魚は大きかったかもしれない。一度決めてしまうと意見を変えられない私へ。ばか!


 微妙な気落ちをしながら行く宛てもなく村を歩いていく。ソエリオまであと二日。そしてその一日は終わりかけ。明日も似たような日になるだろう。依頼を待ち、依頼をこなす。いつも通り、嫌いじゃない。

浮島は収入のいくらかを使って武具の手入れや新調を行いたいようだったが、銀貨二十枚では全部つぎ込むくらいの勢いでなければ満足いくものにならないだろう。ある程度は残しておきたいし、難しいので却下された。

 去間は特に要望もないので貯金希望らしい。何かあったときの非常用。あまり必要ないと思うのだが、オッサンは心配性だからなあ。

 「少しだけ豪華なご飯を食べる」という妥協案で三人同意したので、どの店にしようか探す旅を始めているのだが、中々見つからない。飯処は案外少ないのだろうか、小さい村と言ってもそれくらい建っていてもおかしくない筈だが……願望だけど。辺りを見回す。ソエリオ祭が近いと言っても二日前、まだ表立って準備は始まっていないのだろう。民家の間に時折建っているお店は通常営業のものが多い。

 店に並ぶ虫型亜人、自分達と同じように道を歩く象型亜人、酔っ払って転んでいる亀型亜人、速足で駆けていく狼型亜人、道のど真ん中で絵を描く狐型亜人。亜人と言っても姿形は異なるので、中々壮観かもしれない。容姿も声も臭いも違う、それでも亜人と言われる同族の彼らを眺めていると、ちかちか視界が瞬き始める。

例えば菓子を売っている店の前に猫型亜人が居たとする。しばらく眺めていると、彼は去って代わりに現れたのは鳥型亜人の誰かさんだ。体躯の差とか、シルエットの違いを考えると、少し楽しいものがある。亜人が色んな姿をしていてツイていた。

 ぼんやりと空想に浸っていると、いつの間にか足を止めてしまっていた事に気付いた。気付けば二人は先を歩いてしまっている。あっやべえ見失いそう。走り出す、間に合うかな、間に合わなかったら――また、屋根にでも登ろう。うん。あいつら目立つし。

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