昼のうつつ 夜の『夢』 4

  そうやって観察をするようになって解った。

 彼らは『夢』に現れてすぐは個人個人ふらふらとめいめいの動きをしているだけなのだが、やがて皆、何かに気づいたように同じ方向に足を向け始める。

 多くの者はたどたどしい歩みで、その方向に向かい行く。

 だが中には、『夢』の大地に現れてすぐに、その方向へ走り出す者もいた。また逆に、現れた場所にじっとたたずみ、一歩も動こうとしない者もいた。


 その、ある一方向に向かっていく者達は、進むうちに徐々に姿が薄くなり、やがてかき消すように『夢』の大地からは消えてしまう。しかし動かない者達はいつまでも姿を消すことなく、自分達が現れた場所に立ち尽くしたままだった。


 起伏も殆どなく特徴に乏しい景色だけでは判断が出来なかったが、そのように動かない者達のおかげで、ハツキは眠りにつくたびに自分が『夢』の中の大地のほぼ同じ場所に現れていることが解るようになっていた。


 前回ヴィレドコーリを訪れた時には、自分では意識していなかったが、初めてベーヌから出たことや受験ということで気負っていたのか、ヴィレドコーリの祖父の屋敷で『夢』を見ることはなかった。

 ベーヌの自宅以外の場所で『夢』を見たのは昨晩が初めてだった。


 同じ屋敷の中にいるということで、ハツキの『夢』にサネユキが訪れてくれることも期待していたが、ハツキが眠りに入る頃、外出をしていた彼が『夢』に現れることはなかった。


 現実世界での地理が『夢』にどれだけの影響を与えるのかは理解が及ばない。

 しかしハツキに先んじて王都に来たサネユキから、ベーヌで見る『夢』と王都で見る『夢』は、世界は同じであるようだが自分達の現れる場所は違うとは聞いていた。

 話に聞いていた通り、昨晩自分が『夢』の中に現れた場所は、ベーヌにいる時とは全く別の場所だった。

 歩いている者の数も、立ち止まったままの者の数もベーヌよりもはるかに多く、また見た目で判断される人種は中央ラティルトの比率が高い。それを見てハツキは、こんな『夢』の中までもヴィレドコーリ仕様になるのだと、密かに感心してしまったのだった。


 しかし、それよりも気になる出来事があった。

 昨晩の『夢』では、ベーヌでは見かけたことのない現象が発生していたのだ。


 ある一箇所、地面から金色の光の粒子が漏れ出している場所があった。


 ハツキは、自分やサネユキがその『夢』の中で自由に動き回ることが出来ることも、また人々が進み消えていく方向へどれだけ行ったところで、自分達が『夢』の大地から消えてしまうことがないことも、二人で既に試しているので知っていた。

 その経験から、『夢』の中での行動に臆するところは全くなかった。


 昨晩その金の光を見つけて、ハツキはすぐに光の傍に近づいていき、それを観察してみた。

 金の光の粒は確かに地面から現れている。

 だがその場所には割れ目などがある訳ではなく、その光の粒子が出てきていること以外には他の場所とは何の違いもない、ただ貧相な草が生えるだけの大地だった。

 自分とサネユキが『夢』では薄く発光していることは自覚していた。

 だが自分達以外で光を纏っている者などいた試しがないし、自分達が纏うのもせいぜい月光のような淡いものだ。

 まるで現実世界での真昼の太陽の光のような明るく温かい光を発するものなどなかった。


 近くにいるとふわりと感じるその温かさを心地よく思ったこともあって、昨夜は目覚めるまでずっとその金の光の粒子の傍にいた。

 その間も光の粒子は地面から漂い現れ、しばらくして空気の中に溶けるように消えていくだけだった。

 サネユキもあの金の粒子を見たことがあるのだろうか。今朝は尋ねる時間がなかったが、彼に聞いてみたい。

 そしてあれについて何か少しでも知っていることがあるのならば、教えて欲しい。


 人々が足を向ける先、薄く青い影のようにしか見えない程遠くに、天を突くような高い山があるあの場所で。


 あの『夢』に立った夜明けはいつも身体が冷たく重く、直接的危害はないといっても、確実にこの身から何かを奪っているあの場所だけれども。

 再びあの金の光の粒子を見つけることが出来るだろうか。

 今日もまたあそこへ行って、あの光を探したい。


     ※


「兄様!」

 考えに没頭し、周囲も見ずに歩いていると不意にすぐ傍から声をかけられた。

 目を上げるともう大講堂の間近だった。

 先にこちらに着いていたらしいサホがハツキを見つけて呼びかけてきたのだ。


「無事にご挨拶はお済みになったの?」

 尋ねてきた妹にハツキは微笑した。

「ああ。おまえの方は? 医学部はどうだった?」

 ハツキが訊き返すと、サホもにこにこと笑いながら大講堂の向こうを指した。


「今日、見学に来ることが出来て本当に良かった。お外からぐるっと見て回っただけなんだけどね、大学病院も併設されていて、とても立派なところだったわ。ね、兄様、私も来年は絶対にここの学生になることが出来るよう、頑張るわね!」

「うん。お父さん達が言っていた通り、おまえだったらきっと大丈夫だよ」


 そして、そう出来たら嬉しいのだけれどと思いながら付け足す。

「僕もおまえが来るのを、楽しみに待っているよ」

「任せておいて!」


 兄妹の会話を横で聞いていたサネアキが笑い、ハツキとサホの肩に手を乗せた。

「それじゃあ、さっさと次の用事を済ませてしまおうか。仕立てが終わったら昼食に行こう。それからサホと俺の土産物物色だ」

「お食事は、もちろんアキ兄様のお勧めのお店なのよね?」

「当然だろう。楽しみにしておいてくれ」

 ハツキも笑うと、三人で連れ立って正門へ歩き出した。

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