街の煌めき遠く溢れ 3
ハツキが窓からの景色がとてもいいと言ったことを伯父は覚えてくれていたらしい。
壁紙は淡い緑を基調とし、床の絨毯は薄い茶色の毛足の長い踏み心地の良いもので、机や書棚、ソファ前のローテーブルなどは胡桃材のもので統一されている。
華美ではないが上質な内装で揃えられたそこは、ハツキの好みに合う落ち着いた雰囲気の部屋になっていた。
ハツキは一目見てこの部屋が気に入り、そしてこのことは素直に嬉しいと思った。
ハツキのすぐ横から、部屋の感想を知りたいキミノリが期待に満ちた目でこちらを見つめている。
カザハヤの一族はヤウデン系の中でも長身の部類だ。
祖父のサネシゲでも、母方のカザハヤの特徴を色濃く受け継ぎ、背ばかりはチグサの自分の父親よりも高いハツキとほぼ同じ身長がある。伯父のキミノリとその二人の息子達は、そんなハツキよりも数センチのこととはいえ更に背が高かった。
加えて、一族の者は引き締まった細身の体型と、切れ長で理知的な瞳の端整な顔立ちを持っているのだが、今自分を見下ろす伯父の表情は、そんな外見が他人に与える印象をあまりに裏切っていた。
嬉しさと、そんな彼の表情に少し愉快な気分になって、ハツキは微笑んで伯父を見上げた。
「とても良い部屋で気に入りました。伯父様、ありがとうございます」
ハツキの言葉にキミノリが満面の笑みを浮かべる。
「ああ、良かった! おまえに喜んでもらえるように、サネユキにも意見を聞きながら知恵を絞ったのだよ!そう言ってもらえると気合いを入れて改装をした甲斐もあったというものだ」
引き続き次の間にも案内された。
こちらにはクローゼットと、わざわざ新調されたらしい洗面台、手洗い、シャワーが設えられていた。床は組木細工が美しい木床で、壁紙は主室と揃えられている。
クローゼットには先に送っていた服がきちんと並べられていた。
「我々はね、ハツキ」と、次の間の中を見回すハツキの頭に手を乗せ、キミノリは改まった口調で言った。
その様子に、ハツキも部屋の中を見回すのをやめて伯父に目を向ける。
「おまえに、何ものにも縛られないおまえ自身の人生を歩んで欲しいのだよ。そのためにベーヌからここへ連れて来たのだ。父上がおっしゃった通り、おまえはここでは自由だ。日々の生活を楽しみ、そして自らが手にすべきものを見つけなさい」
キミノリがハツキを案じてその言葉を言ってくれていることは理解出来た。
だが、それに対して自分が一体どんな返事をしたらいいのかが解らず、ハツキは黙ったまま伯父の顔を見上げるしかなかった。
そんなハツキにキミノリも返事の強要をしない。
彼は小さな微笑を一つ浮かべると、ハツキの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「今すぐには解らなくとも、大学が始まったらおまえの周囲の環境も変わる。そこで何かを見つけられたらいいんだよ」
「……はい」
「さあ、下へ降りよう。今日は人も多いしご馳走だぞ。うちの料理人の腕はおまえも知っているだろう? さて、サホは喜んでくれるかな?」
この伯父は、ハツキに対するものは確かに過剰であるものの、基本的にこうやって人を喜ばせることが好きなのだ。
この質問にはハツキも笑って答えることが出来た。
「ええ、喜ぶと思います。きっと興奮して、ものすごく沢山食べるんじゃないでしょうか」
汽車の中で、彼女がメニューにあった菓子をほぼ全て制覇していたらしいことはあえて黙っておいた。
ハツキの想像通り、晩餐の席に並んだカザハヤの自慢の料理人が腕を振るった料理にサホは感激し、汽車の中でかなり食べていたにも関わらず、料理人が感心するほどの健啖ぶりを発揮した。
さすがにアリタダが見とがめて注意をしたものの、サネシゲやキミノリもサホの食べっぷりに大いに喜んだので、彼女は食後のデザートまで嬉しそうに綺麗に平らげていた。
ハツキもカザハヤの王都屋敷の料理が好きだった。ヴィレドコーリでの楽しみの一つに、毎日この料理が食べられることが入っている。
食後に、全員席に着いたまま明日の予定の確認があった。ハツキ、サネシゲ、アリタダは王立学院に出向き、今回ハツキを王立学院大学に推薦してくれた王立学院大学文学部の教授グィノー・コンラドに挨拶に行くことになっている。
ハツキはその後、王立学院の敷地までは一緒に来て、ハツキ達がグィノー教授と面談している間は来春サホが進学を希望している医学部を見学に行くというサホ、サネアキと一緒に大学の制服を仕立てに行く予定だった。
確認が済むと解散になった。
祖父、伯父、父親の三人は書斎に移って酒を楽しむということで、連れだって食堂から出ていった。
サネアキも、当初ハツキを送るために一緒に王都へ来たがっていたが、結局は二人目の子供を身ごもって身重であることからベーヌに残ることになった、ハツキの一番上の姉でもある愛妻のテルハに電話をするために電話室へ向かう。
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