街の煌めき遠く溢れ 2
ヴィレドコーリの中心地区の一つである、地方からの汽車の終着駅となる王都の一大ターミナル、ヴィレドクルワーゼ駅のある五区を抜け、隣接する一五区に入ると人や車の数はぐっと減る。
その一五区も過ぎ、カザハヤの王都屋敷のある一六区に入ると、道路は更に閑散としてきた。規則正しく並ぶ街灯が照らす大通りの道路を、車は目的地に向けて走って行く。
ベーヌの領主であるカザハヤ公爵家のヴィレドコーリでの屋敷の敷地も広大だった。
門に立つ守衛に礼をされながら、大通りに面した正門から敷地に入る。
正門から屋敷の正面玄関までの道も庭園灯がぼんやりと照らしていたが、その明るさだけで広大な敷地の全てを照らし出せる訳もなく、道の右側の鬱蒼と茂る広葉樹の林も、左側の芝生と花壇の広がる庭園も、春の夕闇の暗がりに覆われていた。左手の奥、敷地内で一番高い場所に建つ屋敷の窓から明かりが漏れ出しているのが車内から見ることが出来る。
敷地の一番西寄りにある正門から、庭園を抜ける道は東の方向へ傾斜を上がり、一旦屋敷よりも東側に抜けてから大きく北へ曲がった。その先に屋敷の正面玄関がある。
玄関前には、ハツキ達の車を待つ人達の姿が見えた。
「まったく。気が早いというか……」
彼らの姿に気づいてサネアキが苦笑を洩した。サネユキも肩をすくめて答える。
「それは言いっこなしだ。アキだって、無事ハツキの進学が決まってから、お祖父様達がどれだけ首を長くして待っていたのか知っているだろう?」
しかし、サネアキは玄関先を指さしながら弟に言い返した。
「それは解っているけれどな。あれじゃお祖父様だけでなく、親父殿も俺達がこちらへ進学を決めた時よりも喜んでいるのが丸解りじゃないか」
「俺達が高校からこちらの学校に通うのは、決まっていたことだ。ハツキとは一緒に出来ないだろう。それにお祖父様もお父様もハツキが可愛くて仕方がないのだから」
「可愛がっている筆頭は間違いなくおまえだけどな」
兄の皮肉にもサネユキは平然と笑って返す。
「当然だろう?」
カザハヤ兄弟の会話にサホが口許を押さえながらくすくすと笑った。
けれどハツキは、何ともいたたまれない気分になって、一人顔を俯かせた。
サネユキや祖父からと同様に、伯父の好意も有難いことではあるのだが、ただの甥に対するには行き過ぎだろうと感じることもしばしばあり、そんな時はどう対応したらいいのだろうと悩むことになるのだ。
その過剰なまでの好意が、ハツキが生まれ持ったものや、それによって起こった出来事によるものに起因するという事実を否定することは決して出来ない。
なぜなら、それが伯父の好意の理由の全てではないにしろ、要因の一つであることに間違いはないからだ。
ハツキ自身は、サネユキや家族、祖父母同様に、母の兄であるカザハヤの伯父に親愛を抱いている。それでも伯父からの好意に対しては、複雑な気分になってしまうのだった。
自分達の会話を聞いて俯いてしまったハツキの肩を、隣に座るサネユキがそっと抱き寄せた。彼の温かさは心身に染みいる。それでも今は、俯いた顔を上げることが出来なかった。
乗っている人間の意思に関わらず車は滑らかに目的地へ進む。
するすると車回しに入ると、玄関の車止めの屋根の下で停車した。
「よく来たな!」
開けられた車の扉からアリタダに続いてハツキが降りると、待ち構えていた伯父のキミノリに早速抱擁された。自分を抱き締める伯父の腕の力の強さに、刹那息が止まる。
「髪を短くしたんだな! すっかりヴィレドコーリの学生さんだ。よく似合っているぞ! おまえがこちらに出てくる日を一日千秋の思いで待ちかねていたのだよ! おまえの部屋もちゃんと用意が出来ているからな。早速見に行くだろう?」
「ちょ……、伯父様……!」
腕の中で困惑するハツキを、キミノリが有無を言わさず屋敷内に引っ張っていこうとする。
だがそれを祖父の呆れた声が止めた。
「キミノリ。嬉しさに舞い上がるのは解るが、きちんと挨拶をせんか」
父親の大カザハヤ、カザハヤ・サネシゲのまるで小さな子供を諫めるかのような言葉にキミノリは足を止め、決まりの悪い表情でハツキを解放した
伯父の腕から解放されて、ハツキが深く息をつく。
「伯父様! 今回は兄様だけじゃなくて、私もいるのよ!」
サホが冗談めかした抗議を口にすると、キミノリは照れたように苦笑してサホを抱擁した。
カザハヤの本家には男子しかいないので、妹の子であるチグサの娘達のことも彼は可愛がってくれているのだった。サホも伯父に抱擁をして返す。
「サホも遠いところをよく来たな! どうだ、初めての王都は」
「とても明るいし、人も多くてびっくりしたわ」
「ベーヌとは大違いだろう? アリタダ君も長旅お疲れ様だったな」
「いやぁ、お義父さんのお取り計らいで、快適な汽車の旅を堪能させていただきました。お義兄さん、お世話になります」
頭を下げたアリタダの肩を、サホを離したキミノリが軽く叩く。
その様子を目にして小さく嘆息すると、サネシゲは伯父に勢いよく抱きつかれたために乱れた着衣を整えるハツキに身体を向けてきた。自分の正面に来た祖父にハツキも姿勢を正す。
そして表情に微笑を上せて祖父に挨拶をした。
「お祖父様。無事にヴィレドコーリに参ることが出来ました。大学へ通う間、よろしくお願いいたします」
「うむ」自分に一礼するハツキにサネシゲが頷いて優しく手を乗せる。
「ここでの生活はおまえの自由だ。勉学だけでなく、様々なことを経験して好きに楽しみなさい。このことだけは決して忘れてくれるな」
「……ありがとうございます」
玄関先での挨拶が済むと、嬉々としたキミノリに案内されて、早速ハツキはこの屋敷での自室になる部屋に向かうことになった。
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