汽車は春の丘を越えて 6
菓子を食べ終えると、ハツキも紅茶を片手にサホと一緒に窓の外に目を向けた。丘の木々も、春の夕陽に影を伸ばしている。
「もうすぐヴィレドコーリの街が見えてくるのよね」
初めてヴィレドコーリを訪れるサホは、話に聞く王都のきらびやかな姿が待ち遠しいようだった。
州都の中心部や、カザハヤやチグサといった裕福な家が自家用発電機で発電する以外には電気がまだ普及していないベーヌとは異なり、王都であるヴィレドコーリには既に街中に電気が行き渡っており、夜も明るく照らし出されている。ヴィレドコーリ市内でも高台に位置する祖父の屋敷からの眺めには、
月の光に照らされることはあってもベーヌの夜はやはり暗いし、闇夜になればそれこそ地上は暗闇の中に沈み込む。
けれどヴィレドコーリは夜でも街自体が明るく光り、屋敷のベランダから目にした光景は、まるで地上に星空が広がっているように感じられたのだった。
しばらくそうやって妹と外を眺めていると、長椅子で横になっていた父親も起き出してきてサネアキの隣の席に着いた。
眠気覚ましにスチュワードに珈琲を頼む。
アリタダは珈琲がやってくると、こめかみを押さえながらカップに角砂糖を数個入れ、スプーンを掻き回した。
その姿を見てサホが眉を顰める。
「父様、お砂糖入れすぎ。母様にいつも注意されているじゃない」
「おいおいサホ、お母さんがいない時ぐらい大目に見てくれよ」
「もう、今回だけなんだからね」
他愛もない会話にサネアキが笑いを洩す。
ハツキも父と妹の様子に薄く微笑んでから、また視線を外に向けた。
汽車はそこで大きく汽笛を鳴らし、丘を回り込むように大きく弧を描いて曲がった。
サホが一際大きな歓声を上げる。
「兄様、見て! ヴィレドコーリの街が見える!」
緩やかな勾配で丘を下る線路の横の崖の下をクルーヌの河が流れていた。
この河はベーヌとルクウンジュ国内の他の地方を隔てるダインリュー山脈を起源とする。
ダインリューの山間部では線路の傍の流れの速い渓流だったが、山脈を抜けてからは線路から離れた場所を流れていた。
それが今は川幅も広く水量も増して滔々と流れ、線路と川の流れの向かう前方には、西の地平線に沈みゆく夕陽に照らされながらも、それ自身も光をともし始めている街が広がっているのが見えた。
街が見え始めると到着はもう間近である。
川沿いの線路を走り汽車は見る間にヴィレドコーリに近づいていく。車窓から見える景色も、もう羊や山羊が群れ、葡萄畑が広がる丘や、様々な木々が生い茂る森だけではなく、王都郊外の人家が見え始めていた。それらの家々や道路の街灯にも明かりが点いている。また、往来を行く車や人の数も街に近づくにつれ多くなっていった。
ベーヌでは祭などの催事の時でもなければ目にしないような、そんな車や人の群れにサホの目が大きくなる。
やがて終着のヴィレドクルワーゼ駅に近づいた汽車が車輪を軋ませながら減速を始めた。汽笛がまた鳴り響く。
そうして汽車はゆるゆると目的地の駅に入っていった。
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