汽車は春の丘を越えて 3
シードルを飲むハツキに声をかけてきたのは、探検から戻ってきたサホだった。姉婿のサネアキも一緒にいる。
末娘の姿に、アリタダは笑って手招きをした。
「まだ預けてあるのがあるから、グラスと一緒に持っておいで」
「サホ、俺が取ってきてやるから、おまえは座って待っておけ」
サホの肩を軽く叩いてサネアキが食堂車に向かう。
サホは軽い足取りでハツキ達の座るテーブルへやって来ると、ハツキの隣の席に腰を下ろし、そしてにこにことしながらグラスを口にするハツキを横から見つめてきた。
妹に顔を凝視され、少し居心地が悪くなってハツキも横目で彼女を見下ろす。
「……何?」
言葉少なく尋ねると、サホは嬉しそうに笑った。
「ううん。兄様はやっぱりお綺麗だなって思って。短い御髪も良くお似合いになってる」
「おまえはまた……。いい加減、それやめろよ」
「どうして? 兄様がお綺麗なのは本当のことじゃない。みんな言っているのに。ねえ、父様」
みんなとは一体誰のことだ。身内だけのことじゃないかとハツキは妹を問いただしたかったが、サホに話を振られたアリタダも、妹の意見に大きく頷いていた。二人の様子にハツキは眉間に皺を寄せたが、この話題の時のハツキの態度など意にも介さない家族はそのまま会話を続ける。
「そうだな。ハツキはお母さんのカザハヤの特徴が良く出ているからなあ。髪が短くなって雰囲気は変わったが……うん、やっぱりカザハヤのひいお祖母さんの若い頃が一番似ているな」
「やっぱりそうよね、父様! 私、お祖父様のお屋敷でひいお祖母様のお写真を見る度にいつも思うの。兄様にそっくりで、夢のようにお綺麗だなって。ひいお祖母様、今でもお綺麗でいらっしゃるわよね」
ハツキは俯いて無言でシードルを傾けながら、勝手に進められている会話に胸中でこっそりと、自分はそんな手放しで褒められるような容姿をしてはいないだろうと呟いていた。
曾祖母のフウコの若い頃の写真は、ハツキも祖父の屋敷に行くたびに目にしていた。また実際サホが言う通り、写真の中の曾祖母は美しい姿をしていたが、彼は自分がさほど彼女に似ているとは思っていなかった。
それよりも皆本当は、曾祖母よりも彼女の双子の妹である、夭折したユキコに似ていると言いたいのではないかとハツキは勘ぐっていた。
ハギワラ家出身である曾祖母の妹は、一枚だけ婚前の曾祖母と一緒に描かれた肖像画があるだけで、他に彼女の姿を偲ぶものは残されていない。双子であるだけあって、ユキコもフウコと同じように美しい女性だったが、その肖像画を見る度に感じるのは彼女が曾祖母に比べると随分と儚げな印象をしているということだった。
ハツキ自身、自分が母親譲りの女顔であることだけは認めない訳にはいかなかったが、美人だと言われる曾祖母姉妹のどちらとも、ユキコのある一点以外には特に似ているとは思っていなかった。
「どうしたハツキ。また難しい顔をして」
食堂車から新しいシードルの瓶と、自分達のグラスを持って来たサネアキが声をかけてきた。父親の横の席に座ったサネアキだが、わざわざハツキが説明をするまでもなく彼はこんな場面には慣れているし、何を言ったところで結局はハツキの分が悪いことには変わりがない。
ハツキはサネアキからもふいと視線を逸らして、車窓の外に目を向けた。
だが、次いで漏らされた父親の言葉に、すぐに視線を父に戻した。
「でもなあ、やっぱりハツキもサホも、間違いなくチグサの子だな」
視線を戻したハツキと目が合ったアリタダが言葉を句切り、ハツキに頷いてくる。 そして再度口を開いた。
「チグサは昔から、学者先生やお医者になるような頭のいい人間と、俺のように考えるよりも身体を動かす仕事が得意な人間の両方を出してきたからな。ハツキとサホは勉強が得意だろう? それはれっきとしたチグサの血だよ」
「ああ。カザハヤのお祖母様が院長を勤められる病院も、チグサのひいひいお祖父様が設立なされたのでしたね」
サネアキが言うと、サホは身を乗り出して目を輝かせた。
「私、頑張ってお祖母様の跡を継ぐの! 来年は私も絶対王立学院大学に入学してみせるわ!」
「はは。おまえならきっと大丈夫だろう」
新しく持って来たシードルの栓を開けて自分達のグラスに注ぎ分けながら、サネアキは笑ってサホの宣言を請け合った。アリタダがサホのことを勉強が得意なチグサと言った通り、サホも高校での成績は上位に位置し、国内最難関と言われる王立学院大学への入学も決して夢物語ではなかった。
そしてハツキは、今春その王立学院大学への進学を決め、今こうしてヴィレドコーリに向かう汽車の中にいる。
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