金銭感覚
盛田雄介
1円玉の言い分
今日は10連休の真っ只中。ショッピングモール内は子連れの家族で一杯だ。子供も連休に大はしゃぎし走り回っている。
そして、ここは暗く狭い田代誠司の財布の中。
彼の財布の中には16666円が入っており、内訳は1万円札、5千円札、千円札、500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉、1円玉がそれぞれ1銭づつ入っている。
買い物中の田代のズボンに入ってるこの財布の中では丁度、1円玉が皆に話しかけていた。
「そりゃ、僕は1円玉さ。確かにお札さん達より、価値は安いって言われているけど君達って品がないよね。お金って本来、僕みたいな小さくて、陰ながら真に人の役に立たなきゃいけないよ。それが、派手に何束にもなって表に出まくって、はしたないよね」
1円玉は壁越しのお札達に聞こえるように大きい声で語り掛け、そのまま、横にいる小銭達にも声をかける。
「そして、小銭界の最前線でいつも人の為に活躍している様に見える500円玉や100円玉さん達も勘違いしている所があるよね。実は僕の方が募金で使用されている小銭ランキングでは1位って事は知っているかい。僕たち1円玉こそ、多くの人々の命を救ってきたんだよ。真の意味でどっちが人間の為に働いているかは一目瞭然だよね」
500円玉と100円玉は1円玉の意見に特に返答せずに端の方に移動した。
「で、50円玉さんって人から『100円じゃないのかよ』とか『5円かと思った』って悪口言われがちだよね。僕は1回もないよ。他の小銭と間違えられるなんて、ちょっと恥ずかしいよね。僕のこのフォルムをみろよ。唯一無二のオンリーワンさ」
1円玉は次に50円玉の後ろに隠れている10円玉に目を向ける。
「10円玉くんの悪評もよく聞くよ。君を触った後は手が銅臭くなるって人間がよく言ってるよ。それって触れる機会が多いこの小銭界では致命的だよね」1円玉は10円玉の前で鼻をつまんで見せ、最後の5円玉の目の前に立つ。
「最後に5円玉くんだけど。君って『ご縁がありますように』って言われて財布の中に大体、残りがちだよね。お金としての仕事を全う出来ない可哀そうな奴だよ。それに比べて僕はフル活動だよ。経済の歯車としてフル活動だぜ」
1円玉は全てのお金たちに語り掛け終え、皆の中心を陣取った。
「つまり、君達は一見、僕より価値があるように世間では思われているけど、僕が1番人の為に働き、愛されているんだよ。羨ましかったら、僕みたいに1円玉になったらいいじゃないか。あ、それは無理かー。可哀そうにね」お金達は何も言わず1円玉の高らかな笑いをジッと見ていた。
1円玉がお金達を笑っている間に田代は買い物を終え、レジで財布を開いていた。
「お支払いは、16666円になります」田代は店員に言われ財布を開き、お札を順に取り出した。残りのお金を取り出そうと小銭入れ部分を開けたその時、走り回っていた1人の子供がぶつかってきて、小銭達がレジ下に潜り込んだ。
「やばっ」田代と子供は急いで床に這いつくばって下に落ちた小銭を探した。
2人は並んでいる他のお客の目を気にしながら、急いで落ちた小銭をかき集めた。子供の手には110円が、田代の手には555円が握られた。
「お兄さん、ごめんさない。まだ、拾ってないお金があるんじゃないの」
「もう、これだけあれば、大丈夫だよ」田代は、子供から110円を受け取り、支払いが困難となったため一旦、レジに預けた16000円を申し訳なさそうに回収した。
「すみません。カードで」店員はクレジットカードを受け取り、支払いを済ませた。
「あの人間は、俺の価値が全然わかってない。駄目な人間だな。でも、逆にラッキーだったな。あんな駄目な奴より、もっと俺の価値を知っている奴はいる筈だ」
閉店後、店員はレジ下をのぞき込み、1円玉を見つけた。
「くそ、1円かよ」
店員は身に着けているエプロンのポケットに適当に放り込んで店を後にした。
金銭感覚 盛田雄介 @moritayu
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