最終話 ありがとう

 時間切れ、だったのだろう。


 彼女が最後に俺の名を呼んだ所で、俺は別の空間にいた。


 真っ暗な中に身体が浮かんでいる。


 ここはフォリアの作る異空間だ。


『馬鹿者』


 え?


 振り向くとフォリアがいた。


 銀の髪に宝石のような紫色の瞳。俺をあの世界に連れてきた女神様。


『お前があの者を選ぶとは——』


「思いもしなかった?」


『ふん、お前が人の命を軽んじる者ではないことは知っておる。だから——』


 ある意味覚悟はしていた、と女神様は言った。


『お前が此処ここに居られるのも、あとわずかな時間だろう。お前に言っておきたいことがある』


 なんでしょう?


『以前、お前にスキルや魔法が欲しいと言われた事があったな。そして私は誰もが何かの魔法を持っていると答えたな?』


「ああ、俺も何か身に付けるだろうって、と励ましてくれたっけ」


 フォリアはふっと笑った。


『料理ができる、裁縫ができる、剣が使える、馬に乗れる。お前の世界なら勉強ができる、運動ができる、絵が描ける、音をかなでられる。それだけではない、それは精神のあり方にも生まれる力だ』


「精神のあり方?」


『心が強いこと、優しいこと——それらもやはりお前が持つ魔法の力と呼べるのだ』


「そんなもんなのか?」


『そんなものだ。人は皆、生まれながらに魔法の力を持っている。得手不得手えてふえてはあるがな』


 女神様はまた笑った。


 それから右手を差し出してくる。


『ありがとう、ヒロキ』


 俺は差し出された手を同じく右手で握った。


「ありがとう、フォリア」


 握り返されたと感じた瞬間、ふうっと暗くなった。フォリアの姿がき消える。


『すまぬ、力がもう——』


 俺はその声に答える。


「ありがとう!俺を助けてくれて!」




 その声がフォリアに届いたかどうかはわからない。俺はゆっくりと宙を舞う感覚の中、身をよじられて上下左右がわからなくなる。


 真っ暗な空間の中、俺は元の世界に戻るのだと感じた。


 その時、目の前に突然、黄金色こがねいろの麦畑が広がった。俺は逆さまにそれに浮いてそれを眺めている。


 秋の空の青さ。


 黄金色の麦畑。


 心地よい風が吹いて、豊かに実った麦の穂をゆったりと揺らす。


 急にざあっと風が強く吹き、俺が見るべき場所を教えてくれた。


 空から見えるのはその麦畑の中に立つ、一人の少女。


 金色の長い髪をゆるくまとめ、青い服に白いエプロン。


 彼女がふと空を見上げる。


 一瞬、目があった気がした。


 これはきっとフォリアの最後の贈り物なんだ。


 一年後の実りの季節。


 無事にリール村は収穫の時を迎えたんだ。


 少女の唇が何かを言っている。



 ——ヒロキ。






 目覚めると、俺は自分の部屋にいた。ベッドから跳ね起きると、窓の外を見る。


 そこには、昔からある病院の壁があった。


 机にはに行った時のまま、コンビニの袋に菓子パンと水の入ったペットボトル、オレンジ色の炭酸ジュースとマンガ本が入ってた。


 俺はベッドのふちに腰かけると、少しの間ぼんやりとしていた。


(濃い夢だった、なぁ)


 念のため身体を触ってみるが、怪我したり汚れたりしていないようだ。制服も破れたりしていない。


(ふへへ、なんだよ俺。マジですっげー夢なんか見ちゃってさ)


 妙にリアルだったな、などと思いながらポケットからスマホを出す。何気なにげなく、写真のフォルダを開く。


 俺は夢の残り香を探していてのだろう。指が勝手に動いていく。


 そして——。




「ふへへ」


 画面を見ながら俺は泣いた。


 たった一枚だけ、何故なぜか残っていたのだ。みんなで撮った笑顔の写真が。







 完

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