第317話 さらば愛しき世界よ

 黒い霧の最後の一塊ひとかたまりが消えた。



 終わったのだ。



 空を見上げれば、まだ少し星が残る夜明けの空。東の方から徐々に明るくなって行く。


 俺はきびすを返して、真っぐに丘へ向かう。俺とグロスデンゲイルの最後の会話は皆に聞こえていたみたいで、奴の最後を皆が知っていた。そしてそれぞれに手を取り合い、肩を組み苦難が去ったことを喜んでいた。


 その中で、フォリアは一人こちらを見ていた。彼女だけではない。カリンもまた、そこにたたずんで俺を見ていた。


「なんだよ、みんなと同じく勝利を喜べばいいのに」


 俺はついそんな憎まれ口をたたいてしまう。


『ヒロキ、其方そなたのおかげで脅威は消え去った。礼を言うぞ』


「へへ、よかったなフォリア」


 俺は辺りを見回した。


 夜が明け、ほの白い明るさがあたりに広がって行く。


 騎士団の皆がお互いの無事と女神様の勝利を喜びあっている。ユリウスはその中でジークさんの前にひざまづき、借りた銀の短剣を返している。


 その短剣を受け取るジークさんの口元が少し笑みを浮かべていた。


 少し離れたところでは、カシラが正気を取り戻したみたいで、ボロとダズンが抱き合って喜んでいる。


 村の方でも歓声が上がり、カールとエレミア、コリンがこちらへ走ってくるのが見えた。村の入り口には奥さんに支えられたデルトガ村長の姿も見える。


『ヒロキ』


 フォリアが泣きそうな声を出す。またかよ、と思いながらそちらを見ると、女神様は本当に涙を浮かべていた。


 同時に俺の身体から淡い光の粒が舞い上がり始める。


『時間だ』


 早いな。

 もう少しだけ待ってくれ。


 俺はカリンを探した。


 さっきまですぐそこにいたのに。


 急いで丘を駆け上がると、そこに彼女がいた。こちらに背を向けている。俺の部屋があった場所を見ているのだろう。


「カリン」


 俺の声に彼女は振り返る。その瞳には涙が浮かんでいた。


「行くのですね」


「うん……元気で。村はこれから良くなるよ」


「私は——ヒロキと一緒に過ごせて、幸せでした」


 カリンの瞳から涙がこぼれた。

 俺も泣きそうだ。


 でもこれが最後なら、俺は泣くより先に、彼女に言わなければならないことがあるんじゃないか?


 淡い光に包まれながら、消えゆく俺はカリンの腕をつかんだ。


「俺、君の事、好きなんだ」


 カリンの頬が薔薇色に染まる。


「ヒロ——」






 つづく

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