第299話 仲間を取り戻せ!


「ヒロキの旦那……」


 ボロとダズンが俺を見ている。ボロは涙を浮かべている。俺は力強くうなづくと、更に続けた。


「今はあの村で暮らしてるんだ。仕事もして、褒められたりするんだぞ!」


 最初はさ、警戒されてたよ。

 黒い霧の手下になってたし。

 それに見た目も良くない二人だもの。


 でも、あいつらなりに頑張って、村のみんなに受け入れられたんだ。


「本当はお前も——カシラも、そういう風に過ごしたいんじゃないのか?」


 ピクッ。

 黒い霧に取り憑かれているカシラの指がわずかに動いた。奴の中のカシラの気持ちがそうさせたのだろうか。


「聞こえるか?カシラ!この二人はお前を待っているぞ!」


「カ、カ、カシラッ!戻ってきてくだせい!」


「うぉ……カシ、ラ!」


 仲間の声を聞いて、心が揺さぶられたのか、カシラが身を震わせる。


 これはもしかして……。


「二人とも、もっと呼びかけるんだ!」


 二人の呼びかけに反応して動きを鈍らせたカシラを、銀聖水を飲ませるか身体ごと銀聖水に浸けてやれば、カシラも元に戻るに違いない。


「カシラ!ボロでやす。戻って来てくだせい!」


「カシラ……カシラァ……」


『うう……』


 カシラが震える足でこちらへ近づいて来る。生気のない手で頭を抱えながら、うなっていた。


「カシラ、また銀龍亭へ行きやしょう!旨いもの食って、酒を飲むのが俺達の楽しみじゃねぇですか」


 ボロはカシラをこちらへ引き寄せるために、手を伸ばして前へ出た。


『ボロ……』


「へい、ボロでやすよ」


 カシラも白茶しらちゃけた乾いた手を伸ばして来た。二人の手が触れ合う。ガシッと掴んできたのは、カシラの方だった。


「カシラ……⁈」


『……』


「いっ、痛え!カシラ、離して——」


 ミシッという音が、握られたボロの手首から聞こえた。


「ギャアッ!」


『死ね』


「やめろ!」


 奴の伸びた黒い爪が、ボロ目掛けて振り下ろされる。俺はとっさに水鉄砲を逆手さかてに持って、ボロをガードするように二人の間に差し込んだ。


 引き裂かれるプラスチックのタンクから銀聖水が飛び散る。


 その飛沫しぶきひるんだのか、カシラはボロを離した。ボロは折られた手首を抑えてうずくまる。


 すかさずダズンが奴に掴みかかる。カシラはすい、と身をかわすと指を鳴らした。


『お前の相手はコイツだ』


 黒熊が後脚で立ち上がった。ダズンは背中に背負っていた丸太棒を手にして構える。ガッと鈍い音がして、巨体同士が組み合う。


 その重量級の勝負に目を奪われていた一瞬の隙をついて、カシラの乾いた手が俺の首を掴んだ。


 しまった!


 細いくせになんて力だ。両手でグイグイと締め上げて来る。ふっと足が浮いて首にかかる力が増す。持ち上げられている!


「……!」


 ダメだ、声が出ない!


 俺は力の限りもがく。しかし、引っかこうとも振りほどこうとしてもカシラの腕はびくともしなかった。


『アヒャヒャヒャ!いいねぇ、すぐに騙される!ここまで我に染まったが、簡単に自我を取り戻すものか!』


 くそっ!大口開けて笑ってやがる!


『お優しいお前さんのおかげで、楽させてもらってるぜぇ。コイツに銀の武器は使えないんだろ?そこまでしてを救いたいのかねぇ』


 うう……。

 確かに銀の武器は使えないけど……。


 こうなったら仕方ないのか……?


 でも、でも、そんな死なせ方をさせたくない……!


 俺は必死に、何かないか制服のポケットを探った。





 つづく

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