第278話 黒狼も浄化出来ますよね!


 数十頭の黒狼がゆっくりと前進してくる。黒い鹿達の様な、はちゃめちゃに跳んでくる攻撃とは違い、群れならではの『狩り』の体勢だろう。


 しかし、こちらもただ狙われる獲物では無い。なんたって騎士団だ。数では及ばないが、鋭い槍をたずさえて、右翼に展開する七騎が前に出た。


 左翼側が出ないのは、リール村の方への護りなのだろう。


 空いた右翼には弓隊が同じ数だけ移動した。位置を確保すると、彼らは一斉に矢をつがえた。


 それを察知したのか、黒狼達が走り出す。徐々にスピードを上げて、あっという間に近づいて来る。


 それ合わせてこちらの槍部隊も前進する。それぞれの騎馬の足並みが揃っていて、こんな時なのにその美しさに目を奪われた。


て!!」


 ジークさんの号令を合図に、矢が放たれる。それは雨霰あめあられと黒狼達の上に降り注いだ。


 ギャッ——!


 矢が刺さった黒狼が、飛び跳ねる。残念ながら刺さった数は多く無い。奴らもすばしこいのだ。しかも加減して射る為、致命傷にならない奴はそのまま走って来る。


 黒狼のかたまりと、前進していた騎士団とがぶつかり合った。


「うわぁ!」


 俺は驚いて声をもらす。

 それほど激しい衝撃だった。騎馬に蹴散らされた黒狼が吹っ飛ぶし、飛びかかって来た奴は槍の餌食になる。


「あ、あの、死んじゃいますよ?」


 俺がさっきの話を蒸し返すと、ジークさんは「よく見ろ」と指差した。


「あれらは普通の狼よりも大きな体躯たいくをしている。動きを奪うにはあれくらいでちょうど良いのだ」


 そう言われると、確かに倒れている黒狼はいない。ひるんだように下がり、槍部隊と距離を取る。


 その中でも特に傷付き、戦列から離脱しかけている黒狼を俺は見つけた。


「カリン、ダズン、手伝ってくれるか?」


 二人は無言でうなずく。


 俺は水鉄砲を持って、走り出した。




 戦列を離れた黒狼は、ややリール村側に近づいていた。俺達は騒がしい前線から離れたそいつの前に立ち塞がる。


 俺達に気が付いたソイツはカリンを狙って飛び掛かろうとしたが、身体中傷だらけなのか、途中で攻撃をやめた。俺はその隙をつく。


「今だ!」


「はい!」


 俺とカリンとで銀聖水をぶっかける。


 ギャウッ!


 傷に染みるんだろうな。清めの水はよく効いて、ヤツは逃げ出そうと向きを変えた。


 しかしその前に立ち塞がるのはダズンだ。ガシッと取り押さえる。黒狼も大きいが、ダズンだって人間の規格外の大きさだ。


 押さえつけている黒狼に更に銀聖水をかけると、傷口から黒い霧が抜け出て来た。


 身体から追い出してしまえば、銀のナイフで浄化出来る。


 俺は小さなナイフで立ち昇る黒い霧に切りつけた。




 それは柔らかな手応えで、大きな抵抗は無かった。切りつけた所から銀色の光の蒸気のように色が変わり、冷たい冬の空気に消えていく。


「カリン……これで良いのかな?」


「ええ、ヒロキ。いつもの浄化が出来ています」


 本隊の方へ逃げようとする残りの黒い霧を、更に切り裂き浄化した。


 ダズンが抑えている狼は気絶したらしく、グルグル目になっている。


「えーと、ソイツは戦場の端っこに置いとこう。目を覚ましたら鹿と同じに逃げて行くだろう」


 うぉう、と返事してダズンが運んで行く。そこへリール村から人影が飛び出して来た。


「カール⁈」




 つづく


「ヒロキ!応援に来たよ!」


「村の中に入った鹿は?」


「へへん。みんなで投げ縄して捕まえちゃった」


 カールは得意げに語る。

 結界が再び塞がれたので、中にいた牝鹿は動きを鈍くしたらしく、カールの指示でロープを投げ縄にした捕獲作戦が成功したと言う。


「すごいな!カール!」


「ヒロキこそ!黒狼の浄化してたね!」


 俺達はガシッとヒジを合わせてニヤリとした。


「本当は魔力の矢が有ればもっと浄化出来るんだけどな。落としたみたいなんだ」


 俺が愚痴ると、その背中をツンツンとつつかれた。振り向けばそこにはエレミアがニヤニヤしながら立っている。


「ふふん、あたし達をなんだと思っているわけ?あたしとカールはヒロキのお守り役なんだからね」


 そう言って俺の前に、数本の矢を突き出して来た。


「うわ、危ないなぁ。あ!これ魔力の矢だ」


「土壁の側に落ちてたわよ。まったく、あたし達がいないとダメねぇ」


 くう、そんなに言わなくてもいいじゃんか。


 俺がへの字口をして顔を歪めたので、カリンまで笑い出した。


「カリン、そんなに笑わないで……」


「すみません。なんでしょう……すごくほっとして」


 わかるよ。

 いつものメンバーが揃ったんだから。


 そこへガシャリと軍靴の音がした。


「私も行くぞ」


「ユリウス!少しは休めたか?」


「まあな。休息がてらに鹿を水桶に突っ込んで来た」


 おおー。

 やるね!ユリウス。


「よし、ジークさんのところへ行こう!」



 ……なんで、そこで嫌そうな顔をするんだユリウスは……。

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