第277話 両翼展開、敵を殲滅……しないでよ!

 さて、俺達を黒い鹿から助けてくれたのは、ジークさんの両脇を固める十五騎、弓隊だ。その弓隊は聖なる丘の正面に展開する。


 その少し前方に左右に分かれて二隊、それぞれ馬上で槍と小振りの盾を身に付けている。しかも皆、今構えている武器以外にも鞍に剣を備えていた。


「あのう、ジークさん」


「なんだ?」


「奴らの身体から黒い霧を追い出すと、黒い帯みたいに霧が集まって、他の奴に入ろうとするんだ。気をつけて」


「なるほど。……あの馬鹿でかい牡鹿おじかはそうやって出来たのか?」


「はい。俺は出来るだけ動物を助けたかったんです。霧が出て行った動物達は、皆普通の生き物なんです」


「むう、難しい事を言うな……我らにもそれをせよと言うのか?」


 ジークさんは眉根を寄せた。既に俺達を助けるために何頭か黒い鹿を矢で射ているのだ。その鹿は黒いまま絶命していた。後で浄化してやらなければ。


「……無理ですか?」


「無理とはなんだ、無理とは!我らが騎士団を舐めるでない!」


 ジークさんはよく通る声で指示を出す。


「黒き魔物は殺さぬようにせよ!傷つけるだけで良い!後はこの村の『救世主』殿が魔を祓うゆえ!」


 あう。

 俺の仕事が増えた?


 でも、銀のナイフで黒い霧を切り裂けば、カリンのツバメと同じように霧を浄化出来るかもしれない。


 一方、指示された騎士団の人達は「ええー……?」と声をもらす。そんな戦い方をした事ないんだろう。


「う、うるさいッ!罪無き生き物に宿りし魔を討ち滅ぼす事こそ、我等が使命ぞ!」


「……確かに、隊長のおっしゃる通り!我等が敵は『魔』そのもの!」


「そうか、悪しきものこそ真の敵!」


 美人の隊長に言いくるめられ、団員達は納得した顔付きで、武器を構え直す。


 ……脳筋か。




「ヒロキ、気をつけて」


 カリンはそう言いながら、自分も水鉄砲を抱えている。ついて来る気だな。


「カリンこそ、絶対無茶するなよ」


 ホントは丘に残って欲しい。ここが一番安全なんだから。


 そう思いながら、前方を見据みすえる。


 前に狼達と戦った時は、黒狼は一匹だけで、他は普通の狼だった。黒狼に操られていたように見えたけど、今回は目の前に広がる戦場(広大な麦畑)を埋め尽くすように黒狼がウジャウジャいる。


 そして巨大な鹿と、カシラの乗る黒い熊。


 これが俺達と対峙たいじしている敵だ。


「まずは小手調べといくか」


 ジークさんは数の違いが戦力の違いでは無いというように、珍しく不敵な笑みを浮かべた。




 つづく





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