第72話 哀れなる者!

 狼の群れが消え去ったのを見て、隠れていた村人たちも外に出て来る。


 黒雲も晴れて、夕方近い空の色が見えてきた。


 歓声は数を増し、次第に賑やかになって行く。


「ヒロキ」


「カリンか。…やったな」


 少しだけカッコつけて口の端を上げてみる。いくらかサマになっていると良いけど。


「ええ、私達にも魔物は倒せるのですね」


 その声には喜びと希望とが詰まっている。


 カリンと俺は周りの騒ぎをよそに、2人で黒狼の巨体を眺めた。


 黒くてわかりにくいけど、首が半分もげている。毛皮が黒光りしているのはその血で濡れたのだろう。


 エレミアが馬から下りてきて俺にペットボトルをくれた。


「ほら、2人とも顔に血がついてるわよ。最後の一本だからね」


 魔物の穢れは銀聖水で祓えということか。俺とカリンは代わる代わるに手に水を取ると、それで顔を清めた。


 その時に飛んだ水が黒狼にかかった。


 熱い鉄板に水を落とした様な音を立てて白い煙が立ち昇る。


「もしかして…」


 ペットボトルに残った銀聖水を少しかけてみる。


「うわわわわ」


 湯気の様な白いけむりが音を立てて湧き上がる。


「溶けている?いや……?」


「ヒロキ、何か小さくなっている様な気が…」


 黒狼の死体が小さくなり、体毛も色が普通の狼の様な色になって行く。


「どういう事だ?」


 本体は普通の狼でありながら、黒い霧の影響であの巨軀を得たのだろうか?


 俺は残りの銀聖水をかけてやった。


 大きな犬くらいの大きさの死体が残る。


「……どこかに埋めよう」




 村では黒狼を倒した、とお祭り騒ぎだ。

 それを横目に俺とカリンは丘のふもとに元黒狼を埋めてやる。


 2人とも無言だった。


 さっきまでの喜びも束の間、俺達だけ気がついたことがあった。


 つづく

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