電車に揺られたその先は

湖月もか

電車に揺られたその先は

 〇番線に電車が参ります。ご注意ください。



 いつも通り聞きなれたアナウンスがホームに流れ、見慣れた青い電車が滑らかにホームへ到着した。

 軽やかな音を立てて扉が開く。終電の時刻が近いからか日中よりも人がまばらだ。


 ふと見上げた扉の上。

 電車の行き先を表す電光の文字はかなり崩れていて読むことが出来ない。どうせ、電光の不具合だろう。

 例え読めなくともこの電車の行先は解るし、自分はこれに乗って今日こそは帰るんだ。と徹夜続きで疲弊した身体を半ば引き摺りながら乗車する。


 ああ、やっと帰ってお布団で寝れる。


 ガラガラの車内で無事に端の席に座れた私は、そのまま頭を壁に預けて睡魔に誘われて瞼を閉じた。



 ****



 よほど疲労が溜まっていたのだろう。

 まるで揺籃のようにゆらゆら揺れる電車に抗えなかった。

 それがいけなかったのか?


 --否、乗った電車がいけなかったのだろう。


 目が覚めた私は今、海の上にポツリと浮かぶホームに止まった車両の中だ。


「……あー、疲れてるのか。これは夢だ夢」


 そう決め込み、また瞳を閉じた。

 しかしながら、開いたドアから入る風が若干生暖かく磯の香りをたっぷりと含んでいる。


 五感で感じた結果。

 これは現実で自分は見ず知らずの場所に止まる電車の中にいるのだと理解せざるを得なかった。


 降り立ったホームには駅名無く、視界に移る人影も建物すらも捉えられない。

 むしろ駅舎すらない。

 ホームと言うよりもこれではただのコンクリートだ。


「えー……どこ、ここ」


 プシューと音を立て、扉が閉まる。


「ちょ、待って待って! 私も乗せて連れ帰ってほし……あー、行っちゃった」


 目の前で残酷にも閉まり、そのまま滑らかに滑り出した青い電車は海と同化し見えなくなった。


「どうしたらいいのよ、これ。降りられもしないし人っ子一人いないじゃない」


 太陽の光を浴びてキラキラ輝く水面。

 そもそも23時くらいの時間に乗ったのに、既に朝を迎えているのも不自然だ。


「……あるじ様! 発見しました」


 可愛らしい女の子の声が聞こえる。

 周囲を見渡しても人影はなく、自分しかいない。


「お? あいつか? ……あのくたびれて黄昏ているスーツの女か?」


 今度は少し偉そうな男の声。


「徹夜続きで寝てないのよ! 仕方がないでしょ!」


 まともに寝ていないうえ、合わない化粧品を使った為に肌はガサガサでツヤはない。そして睡眠不足で隈が酷いのだ。

 それを見知らぬ男に指摘されるのは腹が立つものである。


「……あいつ、かわいそうだな」

「かなわいそうな、まもってあげたい子がいいっていってたじゃないですか」

「いや、だがあれは気が強い女だろ。どうみても」


 前の彼にも、その前の彼にも『護ってあげたいというか、共に戦いたい戦友って感じだよな、お前。それに、俺いなくても1人で生きてけそうじゃん』という全く同じセリフを言われた。

 その自覚は確かにあるが、人間1人では生きてけないだろうよ。と思ったのは記憶に新しい。


「失礼な! ……てか姿見せなさいよ」

「目の前にいるだろう」

「したです。した」


 水平線を見ていた視線を言われるままに下げる。


 ぽちゃんと魚が跳ねた。

 残念ながら名前は分からないが何やら大きくて、背びれからヒラヒラしたものが着いた魚と縁日でよく見る赤い金魚がそこにいる。


「……………………は?」

「あるじ様、ほらよく見てくださいよ。とてもかわいらしいかたですよ」

「いやあ……隈がひどいし目も充血しているじゃないか。家に返して寝かせてやろう。な? そうしようそうしよう」


 その魚達が顔を見合わせている。


 これ異世界に来ちゃってる。

 そう理解した働き詰めだった頭はオーバーヒートし、目の前が真っ暗になり強制シャットダウン。


 遠のく水平線の分からない青一色な世界に、つい心の中で叫ぶ。



 異世界でも魚が喋るのは想定外!!

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