とあるいもうとの過去回想 前編

「なんで、こんな遠いところまで来なきゃいけないの?」


 オンナノコの服に着替えたもみ兄さんに連れられて、バスに三十分ぐらい乗ったところにある、僕たちはとなり町の商店街のにきていた。お休みの日なのに半分ぐらいのお店がシャッターを閉めていて、すっごいさびしいなって思うところだった。どうしてこんなところまで来たんだろう?


「まあ、いいから付いてきな」


 もみ兄さんはそれだけ言って、入り組んだ商店街の中を僕の手を引いていく。ここを右。つぎ左。曲がるかと見せかけて、実は道なりにまっすぐ。もみ兄さんがいなければとっくに迷いそうなふくざつな道を抜けた先に、「服屋 杏子」って看板を見つけた。なんて読むんだろう?きょうこかな、あんずかな。


「ここがもくてきち?」


服を買いに来てたはずだから、きっとここがもくてきちなのだろうと思って、もみ兄さんに聞いてみる。すると、


「せや。ここが知る人ぞ知る、男性向け女性服販売店の聖地。「服屋 杏子あんず」や」


いつも落ち着いているもみ兄さんにしてはめずらしく、こうふんした口調で答えてくれた。あんずだったんだ~、って思ってたら、このお店についてもみ兄さんが熱くかたってた。


「理由は如何いかんにしろ女性の格好をする人たちは、共通のことで悩んでる。それはサイズや。同じ身長でも、身体的性が男か、女かで体格がだいぶちゃうねん。やから、気に入った服を見つけても体に合わないことがあるんや。そうなると、体に負担が掛かってしまって、よくない。かといって、試着は普通の店ではできない。下手すると、前科がついてまうからな。けど、この店の服は「男性用」の名の通り、男性が着ることを前提に作られとる優れもんなんや。いまうちが着とる服もここでうたもんや。デザインももちろんいいからね。後は下着やな、特に上の方はとことん合わへんからな。スリーサイズだなんて言うとるけど、実際は4つ目があ・・・」


「わかったから、早く入ろうよ」


もみ兄さんの説明をとちゅうでさえぎって、お店の中に入る。そうでもしないと永遠におわらない気がした。


「いらっしゃい。おや、かわいいお客さんだね。ちょいと食べてしまおうか。イーッヒヒッ」


「!!」


 お店に入った僕たちをでむかえてくれたのは、真っ黒なローブを着たおばあさんだった。というかマジョだった。何あの人、怖い。僕のすぐ後に入ってきたもみ兄さんの後ろに逃げ込んで様子をうかがう。


あんずさん、あんまりからかってやんないでくださいよ。楓が本気で怯えてるじゃないですか」


「ハハッ。御新規の、それもあまりにかわいいお客さんなんで、からかいすぎちまったみたいだねぇ。ごめんよ、


「もう。嫌われても知らんからな」


あんずさんと話した後、もみ兄さんが僕に向き直って言った。


「楓、この人はこの店のオーナーだ。本名は漢字一字のあんずのくせして、店には二文字のあんずを使う変人やけど、魔女とかではないから安心しぃ」


あう。思ってたことがばれてる。恥ずかしい。僕が顔を赤くしてうつむいていると、


「で、杏さんのことだから、もう用意してるんでしょ」


「勿論さ。見た目重視から、実用性も兼ねたものまで、取りあえず七点ほど用意しといたよ」


「じゃあ、それでお願い」


「承知したよ。じゃあ、お嬢ちゃん、こっちゃこ。綺麗に着飾ってあげるよ。イーッヒヒッ」


あれ?何か話が変な方向に向かってない?と、思う間もなくもみ兄さんに差し出された僕はあんず《マジョ》?さんに連れ去られた。

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可愛いきょうだいに愛されすぎてて困ってます 馬瀬暗紅 @umazeankou

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