第八話=それは、死した者の思い出

  主の代わりにエリハイアへ向かっている。主はまだ幼い、その故知識を持たない。だから、今は主の代わりに俺がいろんなことをやっている。

  ダーリク様と王妃様は訳あって他の大陸へ行って、それから帰る事はなかった。幼いのにダーリク様の伝えでラルフ様に新たな魔王になっていただいた。他にももっと優秀な後継者が居るにも拘らずダーリク様は何故かラルフ様に継がせようと頑なに。

  何か理由があるのでしょう。けれど、俺にはわからない。ダーリク様は何故、ラルフ様に姫様を殺させたのでしょう。

  ……いやいや、主の信念に疑いを持ってはいけない。

  エリハイアへの馬車の中に、俺は一人で読書している。護衛を連れて来ずに。

  目を閉じれば、またあの日の惨劇が目の前に浮かんでしまう。あれから、まだ一ヶ月しか経ってないなんて。自分的にはすでに十年は過ぎた気はするけれど、現実は残酷だ。段々と慣れていかねばならない。

  一ヶ月前、ダーリク様は王妃様と共にラルフ様に姫様を殺し合わせた。勝利したのはラルフ様で、姫様は亡くなってしまった。一体何故、ダーリク様はそのようなことをさせたんでしょう。疑問は持ちますが、さすがにダーリク様を信じなければならない。

  彼は、俺の主であるがために。

「後どのくらいで着きますか?」

「はい、もうすぐで着きますのでご安心くださいませ。」

  車夫に質問して、返って来た返事が曖昧で少し苛立ちました。それを後にして、読書に戻った。

  可笑しなことに、何故か王妃様と姫様の名前が思い出せない。そして、その惨劇のあとに、もう一つの存在が消えた気もする。その存在は誰なのかは分からないけれど、何故かその存在を思い出そうとすると心の中が怒りに満ちてしまう。きっと憎たらしい存在だったんでしょう。


  少し時間が経ち、やっとエリハイア城に着いた。城下町へ入ってから、外の様子は見てないが、周りに居る多くの存在の力の流れ方は、人族のものだ。活気のあふれる街だと、少し感心した。

「到着いたしました、グランバール様。」

「ああ、分かった。」

  本を閉じて、車夫が門を開くのを待っている。けれど、なかなか開きにこない。


「こ、困ります、デュランダル様!」

「いっていって!相手はグランだろ?ならば……」

  しばらくしたら、外から男性の声が響いてきた。そのさわやかな声を、俺は何度も何度も聞いたことがある。

「おお!我が友、グラン!久しぶりだな!」

  門を開いたのはデュランダルだった。

「久しぶりだな、デュラン。相変わらずで何よりだ。」

「へへっ、おめえもだよ。んじゃ、行くか。」

  車夫は困った顔でこっちを見ている。まぁ、今回の用件については、車夫が知らないのは当たり前でしょう。

「ああ、案内よろしく。」

  先ずは、ハイム王のところに謁見しにいかなければならない。それは、友好国への当然の礼儀である。


………………

…………

……

「ほう、北にある小国、アイリスティアの王の行方が分からないので、情報が欲しいと。」

  北にはアイリスティアと言う国がある。そして先日、何故かそこの王が行方不明になってしまったらしい。

  最後の目撃情報がここ、エリハイアだとは聞いたが、果たしてそれは本当だったんでしょう。

  行方不明になったせいで、アイリスティアの方々は大騒ぎになっている。かの王が居なければ、さらに北にあるサレースティの侵攻をとめることはできなくなってしまうでしょう。それだけ、その王の力は絶大だ。なんとも、特異な力(スペシャリストストレングス)だそうだ。先王様もその類のものでしたので、その力の強さは分かる。

「はい。情報によると、最後に寄った国がここ、エリハイアと分かりました。もし、何かご存知であればと思いまして。」

「我が国もかの王の行方を追っているが、残念ながら何も分からぬ。」

「ですが、最後の目撃情報はここであると言う報告が。」

「残念ながら我々は何も知らされておらぬ。」

「そう、ですか。では、失礼します。」

  ハイム王は何かを隠している。

  彼の様子は明らかにおかしかった。普段のハイム王はそのような発言をしないはずだ。

  部下達に散々文面で聞けばいいと言われてきたが、それだとこの事実を分かることはなかったんでしょう。

  ……想像はしたくないが、まさか彼がかの王を……?いや、そんな事あるわけがない。

「お、おい!グラン、ちょっと待って!」

  謁見の間を去った俺の後ろに、デュランが追ってきた。


  デュランの案内で、俺達はエリハイアの庭園に来た。周りは草花がいっぱいで、リラックスできそうだ。

  庭園の中にあるスベースで、デュランの誘いを受けてちょっとしたティータイムを始めた。メイド達が紅茶や茶菓子を運んできて、他愛無い話をした。

「お……いや。我はそのようなことを言った覚えはないぞ。」

「我?ずいぶん偉そうじゃねぇか。どうした?」

「気にするな、ちょっとした思い付きだ。」

「へぇ~」

  まだ前みたいに俺で言ってもいいけれど、さすがに強く出なくてはならない。今の主はラルフ様。まだまだ8歳の主には持つ力がなく、俺が代わりに護って差し上げなければならない。そして、必要のない戦いを避けるためには、より強い威勢で相手を押し倒すと。今話している相手はデュランだからまだいいかもしれないが、こんなところから少しつづ慣れて行かなければなるまい。

「ところで、ダーリクの息子、確か名前は……」

「我が主のことですか。ラルフ様ですけれど、どうかした?」

「ラルフ、そそ、そのこ。この前は自分の姉を殺したそうだね。」

「……」

  こいつ、簡単そうに言うてくれる。ラルフ様はどれだけ心を痛んだのかは知らないのか。

「確か……一ヶ月前でしたかね。」

「そうだが、どうかしましたか?」

「変だなぁと思っただけ。」

「どういうこと?」

  手を招いて、近くに来いと言っているようだ。耳を傾けて、小さな声で言った。

「一ヶ月前、うちのエリスちゃんが帰ってきて、プリスティンっていう娘を残して消えたよ。」

「それがどうかした?」

「いや……」

  離れて、また面と面を向かった。

「偶然じゃないか、ただの。第一、ダーリク様の王妃はエリスではなかったはずなので。」

「それはそうかもしれないけど。でも、偶然にしてはさすがに妙じゃない?」

「どこがだ。姫様は我の前で殺されて、我が埋まったんだぞ。」

「ううん……それもそうか。まぁ、さっきの話は忘れて。」

「言われなくても。」

  ずずっ、紅茶を一口。エリハイアの紅茶は相変わらず不味い。それともただ、アリアの紅茶に慣れすぎたせいだけ?

「相変わらず不味い。」

「ははっ、そりゃあすまんな、うちの紅茶は魔族用ではないんで。」

  紅茶は不味いけど、ケーキは割りと美味い。どういうことだろうな、これ。わが国とは逆だな。

  アリアは紅茶だけ美味くて、ケーキとかは別にそれほどではなかった。本当、もしできれば両方の良点だけ取り組んで、一つの国にしたいくらいだ。


  ティータイムを終えて、ちょっとした散歩をしようとする。そして、またデュランが案内をしてくれるそうだ。

  そこで、俺は、あの子を見つけた。


「デュラン、あの子は誰ですか?」

「あぁ、あの子はプリスティン様だな。前にエリス様が連れてきた子。確か、彼女の娘だったはず。」

「そうですか。」

  似ている。姫様に似ている。だが、その姫様は死んだ。それは分かっている、だから目の前に居るのは姫様であるはずがない。

  それでも、俺は……

「お、おい!グラン!」

「お嬢ちゃん、お名前はなんていいますか?」

「ああ?俺が誰であってもアンタら魔族にゃあ関係ねぇだろうが。」

  そっぽ向かれた。言葉扱いがかなり荒い。そこは似ていないな。

「姫様、そんな言葉を使ってはいけませんよ。」

「うっせぇな、デュラン。てめぇにも関係ない話だろうが。」

「こらこら。まったく、困ったお子様だな。」

「は?誰がお子様だ!まだ8歳しかないけど、俺は立派な大人だ!」

  8歳?ラルフ様と同年ですか。それはうれしい。もしできれば、この子にラルフ様と結婚して欲しい……ただし言葉扱いは直してからのほうがいいですね。

「お嬢ちゃん、我はグランバール。ハーモスの魔将軍。お名前は?」

「アンタが誰であろうとも俺にゃあ関係ねぇってつったんだろうが。」

「姫様、ちゃんと名前を教えて上げなさい。」

「うるせぇな!ちっ……プリスティンだ。プリスティン=エリハイア。これで満足!?」

  さっきデュランから聞いた名前と同じだ。まぁ、そこはしょうがないでしょう。

「もういいだろ!俺に構うな!あっちいけ!」

「ははっ、こりゃあずいぶん嫌われたものだな。」

「まぁ、この子は誰に対してもこうだから、気にするなよグラン。」

  でも、何か原因があるんじゃないのでは?何かの原因で、この八歳の幼い子供をここまでしたの……気になる。

「ねぇ、プリスティンちゃん。」

「ちゃんつけんな!子供じゃねぇだぞ!」

「はいはい、プリスティン様。」

「ふん。なんか用?」

「貴女はどうして、ここで一人ボーとしてるんですか?」

「アンタにゃあ関係ねぇ。」

  やっぱり。まぁ、仕方ないって言われたら仕方ないか。

「デュラン、なんか知ってるかい?」

「姫様のことはまぁ、本人が教えてくれないからなんも。」

「あら、そうでしたか……」

  プリスティンちゃんに一瞥して、またデュランとの会話に戻った。


「ところで、アンタ疲れたんだろ?今日はここで休んで明日に帰る予定でしょ?」

「はい、そうです。それがなにか?」

「先に部屋に案内したほうがいいんじゃないかなぁと思って。ほら、荷物もまだ片付けてないでしょ?」

「そういうことか。では、よろしく頼む。」


  庭園を後にし、部屋へ案内を頼んだ。したら、その中にはすでに俺が持って来た荷物があった。どうやら使用人が先に片付けたみたい。

「んじゃ、夕食の時に呼ぶから、その間は自由にしてていいよ。」

「はい、分かった。」

  部屋を出ようとしたデュランが、ちょっとだけ言い忘れたことがあるみたい。

「あ、でも、なんか東にある塔には行かないようにね、王様がそこで実験をしてるみたいなんて。」

「実験?」

「詳しい話は聞いてないが、まぁどうせたいしたことはないだろう。んじゃ。」

「はい、ではまた。」

  東にある塔、か……これはそこに行けってこと?

  目を閉じて、精神を研ぎ澄まし、周りの情報を感知(サーチ)した。東にはなんか特別な力があるようだ。しかし、その力は強くはなく、ただたんに、特別なだけだ。

  この力の流れ方、初めて感じたものではないけど、ほぼ初めてに等しい。それともただ、俺が世間知らずなだけだったりする?

「ふう。」

  精神を緩めて、ベッドに腰を掛けた。床に座るのは礼儀正しくないけれど、しばらくだけでいい。それにここは誰も来ないでしょうし。

  あぁ、ラルフ様。今も兄弟に虐められていないでしょうか。心配だ。今すぐにでも国へ帰りたいけれど、さすがに夜も近づいてきたし、夜道は危ないので帰りたくとも戻れない。……魔物に襲われても俺だけだったら大丈夫だけど、さすがに車夫に迷惑を掛けてしまう。

「そうだ。」

  さっきの子のところに行くか。なんだか、彼女から懐かしい力がする。彼女は一体誰でしょう……プリスティン=エリハイア、貴女は一体、誰でしょう。


  庭園に来た俺はそこでまた、あの子に話しかけた。

「プリスティン様。」

「……」

  俺の挨拶を無視して、一人でボーと空を見上げている。

「プリスティン様の母上はエリス様と聞いた。彼女は今、どこにいますか?」

「ッ!」

  そして急に、ナイフを突き当てられた。

「お母様の名前を出すな、クソ魔族が。」

「どうしてですか?」

「アンタに教える筋合いはない。ただ黙っていろ。」

「そうですか。でも。」

  ナイフを手で掴んで、彼女に返した。そのまま掴むのはさすがに手が傷つけられるので、力を使って手を強化してから掴んだ。

「こういう行動は危ないから、やめたほうがいいと思いますよ。」

「知るか。」

  ナイフをしまって、またそっぽを向いた。


「あ、あの雲、犬に見えませんか?」

「ふん。」

  俺の話には全然興味ないけれど、それでも彼女はここに居る。何のためかは分からない。

  度々話を掛けるが、毎回無視されるだけ。ちょっとは悲しいけれど、それでも何か、彼女の心の扉を開きたい。なぜでしょう、見ず知らずの娘なのに。いくら母親はエリス様とはいえ。

「おい、魔族。」

「なんでしょう。」

  突然に、彼女から話題を振られてきた。

「お母様は、どんな人だったんですか?」

「お母さんなのに、分からないんですか?」

「うっせぇな。お母様は、俺一人置いてどこかに消えていってしまったよ。」

  俯いて、小さな声で話した。その横顔は、明らかに寂しがる気持ちがいっぱいで、今すぐにでも泣き出しそうな。

「そうですか……これは失礼しました。」

  しかし、エリス様、ねぇ……我が国ではいい話をほとんど残してない。どう答えればいいのやら。

「彼女は昔、一度だけ先代の魔王様に決闘を申し込んだ。その決闘で二人の間に友情が芽生えて、今のエリハイアとアリアの友好関係を築けた。」

「なんで?お母様はただの女戦士だけだったんだろ?どうしてそれで両国の友好関係を築けたの?」

「それは我も存じておりません。ですが、彼女は昔、エリハイア最強の女勇者とまで言われたので、そこに理由があるんじゃないでしょうか。」

「ふーん。」

  夕日に向かって、彼女が手をかざした。

「いつか俺も、お母様みたいに、エリハイア最強の女勇者になれるのだろうか。」

「ええ、それはきっと。」

  手を伸ばし、撫でようとした瞬間、彼女が俺の手を振った。

「やめろ、俺は子供じゃない。」

「そうですか。」

  エリス様に関しては、謎が一杯だ。ダーリク様と戦ってたのは覚えている。だがその後が覚えていない。ダーリク様とどうやって友好関係を築けたのかは覚えていない。あの時俺もそこに居たはずなのに、全然覚えていない。やっぱり年でしょうか。

「あ、いたいた。グラン、そろそろ飯だぞ。」

「ああ、分かった。行こうか、プリスティン様。」

  先に立って、手を差し出した。

「一人で歩ける。」

  だが彼女は俺の手を受け取らずに、一人で食堂へと向かった。


………………

…………

……

  あれから10年が過ぎて、我はまたここへ来た。

  今回は国賓ではなく、敵として。侵攻者として。死ぬ間際で、我はまた、そのものに出会った。

「まったく、哀れだな、グラン。」

「お前は、アマドリ……!!」

「おうおう、そう怒るなって、ちょっとしたゲームだしさ。」

「貴様のせいで、どれだけの人と魔族が死んだと思っているんだ!くっ!」

「だからそう怒るなって言っただろ?でないと、傷口が広がっちゃうよ?」

「貴様さえ、貴様さえ討てば、我の命などどうでもいい!」

「そうか?ねぇ、何か思い出せないの?」

「何の話だ。」

「たとえば、ですね……お前のその姫様を、とか?」

「姫様?姫様は10年前にラルフ様に殺された!」

「あれれーそうだっけ~?」

「貴様……!!」

「いつまでその間違った記憶を信じるんですか?ねぇ。」

「ど、どういうこと?」

「思い出せよ。お前の主を。お前の女王を。お前の姫様を。……すべて、思い出せよ。」

「貴様、な、なにを……!!」

  突然、周りの空気が変わって、体を重く重く圧迫した。それで倒れたが、何故かアマドリには効果がないように見える。

「これぞ私の力、絶対なる力(アブソリュートストレングス)。なにもかも捻じ伏せる絶対なる力。」

「な、何がしたい……!!」

  タッタッと、段々と近づいてきた。

  しゃがんで、我の頭に手を負って、力を注入された。

「き、貴様!また、我を操るつもりか!」

「いや?そんなつもりはないぞ?」

「くっ……!!頭が、破裂しそう……!!」

「思い出せよ、すべてを。」

  それだけ言って、奴はまた消えていった。だが、脳の中にある奴の力で、我は思い出した。

  先王様、ダーリク様のことを。王妃のことを。姫様のことを。このすべてを。

  我々は10年前から、ずっと奴の手の内に居る。いや、もっと前かもしれない。

「あぁ、王妃様……!!貴女様のことを忘れてしまうとは、臣下として有るまじき行為!どうか、どうかお許しを!」

  一人だけ残された部屋で、一人で泣いていた。


  しばらくしたら我は傷だらけの体を引き摺らして、外に出ようとした。そこで、我はまた、再び、姫様に出会えた。


(つづく)

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