第四話=間違い?
エリハイア王国―ハイム暦36年魔月妃日―
「ど、どういうことだ、これは!」
王城までまだ距離はあるが、それでも良く見えてしまうこの惨況。街のほうが、真っ赤に燃えて、真っ黒な煙が湧き上がってる。
「お、おい!ガキ!これはどういうことだ!!」
「ボ、ボクに聞いても分からないよ!と、とにかく、早く救助をしに行きましょう!」
こ、こいつ……!!
「魔族の分際で、良くもそんなことをほざけるな!」
「うっ!!」
カッとなって、ガキの腹に力を入れて殴った。
「アンタのところの兵でしょうが!!今すぐ止めろ!」
「止めたくてもここから距離が遠いから話せないでしょ!だから、早く街へ行って、そこの人たちを助けましょうよ!!今はここで喧嘩してる場合じゃないです!」
ちっ!!てっきりここで「そもそもお姉さんがボクを攫ったせいでこうなったんでしょ!」って返事が来て、俺にこいつを殺す理由をくれると思ったのに。
台無しだ!
「うるせぇ!アンタなんかに助けてもらうことなんて、俺の民もそう望まねぇだろう!だから……!!」
剣を抜いて、ガキに向けた。すると、あいつが不可思議な行動をとった。
「ボクを殺せば、グランさんを止められるならやってください!」
と、まさか手を広げて、俺に殺せ!と言わんばかりに。
「くっ!魔族のくせに……!!生意気だ!」
剣を振って、ガキは目を閉じた。
シュー!パシャー!血が流れ出した。いや、噴出した。
「えっ……?」
「危なかったな。」
しかしその血は、ガキの血ではなかった。
「お、お姉さん……?この人は……?」
「大よそアンタが主因だと思って、アンタを殺そうとした雑魚だろ。」
ガキの後ろには一人の平民が居た。俺の前で俺の所有物に傷をつけたいと思えるのは……さすがに無謀すぎる。やつの頭を刎ねたんだが、それでも気がすまない!
ブスッ!と、剣でその平民の心臓を貫いた。
「急ごう、俺んちへ。」
「……」
「なにをボーとする、早く来い。」
「は、はい!今すぐ!」
こいつは驚いてるんだろ、なんで俺が自分のことを殺さなかったのか。そして同時に、なんで自分を護ったんだと。
……驚いた。まさか魔族の王たるものが、こうも勇気があるとは。そして、その同時に、自分の命より多くの人の命を大事にしてるとは。
こいつ、本当に魔王?本当に魔王とは思えないくらい、弱くて、軟弱で……人族の血を引いたとはいえ、生まれも育ちも魔の国だったんだろう。なのに、どうして……?
「その逆に、俺は……!!」
「お姉さん、どうかしましたの?」
「うるせえ、黙れ。」
俺は人族の姫、それなのに仁義とか、慈愛とか、そこらへんの感情は一切ない。なんか、おかしくね?
人族だぞ?神族の血を引き継いだといわれてる、人族だぞ?そんな俺が、こいつ、魔族なんかよりも冷酷とか……おかしいだろ、こんなの。
もしかしたら、こいつのほうが……?いや、それはない。こいつの頭には小さな角や、背中には小さな黒い翼がある。だから、こいつが父親より、母親である人族の女の血を引いたわけがない。でなければこんな特徴がないはずだ。
一体……こいつは……まさか本当に……?
………………
…………
……
時間を遡って、未明のアリアにて、狂ってしまったグランバールが兵を集めようとする。
「も、申し訳ございません!森にて賊を見失って、せ、成果もなく帰って来てしまいました!」
「ええ、いいです。」
「よ、よろしくございません!賊は我らの王を攫ったんでございますよね?そんな……!!」
「いや、いいんです。それでいいのです。」
「ど、どういうことですか?」
「これより、一気にエリハイアを攻め落とすから。」
「え!?ど、どうして!?かの国とは今まで友好だったのでは!?」
「王を攫ったのはエリハイアの姫だったから。彼女は我らに攻める理由をくれたんです。」
「そ、それは……!!しかし、どうして攫ったんですか!」
「残念ながら、理由は分からない。貴方達は、そんな悪逆非道な連中を許せますか?理由もなしに、ただ面白いだけに我らが王を攫ったあの国の姫を!」
「ゆ……許せません!!」
「そうだそうだ!やつらを許すな!」
「今こそ、我ら魔族の力を示す時だ!」
「そうでしょう……ならば、この門を通して、やつらへの侵攻を始めよう。」
「門?」
そこには、長距離の転移魔法が施された扉が一つ、開いている。転移先はエリハイア王城がはっきり見える郊外。
転移魔法は、距離が長いほど、精神への攻撃が強くなる傾向があるため、長距離の転移魔法は普通な存在にとっては大きな負担になってしまう。
長距離の転移魔法を使用した者の中には、使用した末、生き人形になってしまった者もたくさん居たという。
「こ、これは……!!しかし、こんな長距離で……!?ちゃんと精神は保たれるんですか?」
「大丈夫ですよ、ほら、行って来なさい。」
「……」
一人の兵士が入っていった。しかし、彼は当時光明魔王の力によって、すでに精神的に死んでいる兵士であって、普通ではなかった。
「ほら、大丈夫ですので、皆さんも早くお入りください。」
「し、しかし……」
「まだ何か問題が?」
「……いえ、大丈夫です。行かせて頂きます。」
「よろしい。では、行ってきなさい。」
「はっ!!」
魔族が一人ひとり、続々と門を潜って行った。
その中には大砲を担ぐ魔族も居た。これでエリハイア侵攻も完璧だと確信したグランバール。
やがて、召集された魔族の兵士が全員入って行ってしまった。そんな状況を見て、グランバールは静かな声で言った。
「すべては、神の仰せのままに。」
門を潜ったグランバールの目の前にあるのは、生き人形になってしまった魔族の大軍。
「これより、我らが主敵エリハイアの侵攻を、始める!」
グランバールは魔族の威勢のいい叫び声を聞きたかったんだろう。だが、現場に居るすべての魔族は、すでに自我意識を持たない、ただ命令を従う従順な人形になってしまった。グランバールは少しだけの後悔を胸に抱き、前へと進んだ。魔族の大軍と共に。
同時にエリハイア王城ではすでに大騒ぎになっていた。
「ええい!まだプリスティンを見つけておらぬか!」
「は、はい!申し訳ございません!」
「あのじゃじゃ馬め……一体どこへ行ってしまったんだ?」
「は、ハイム様、こ、これを。」
「……なんじゃ?」
ハイム王は、メイドから一通の手紙を受け取って、絶句した。
「こ、これは!なぜじゃ、何故こんなものが……!!」
その手紙は、一昨日メイドの手による、プリスティンへと渡ってしまった手紙だった。
「古の盟約?んなもん聞いておらんぞ!しかも、この字は!」
この字は、グランバールでも、ラルフ=ハーモスの字でもなかったことに、ハイム王は気づいた。
どこかで見たことあるような字では有るものの、ハイム王はうまく思い出せなかった。
いや、思い出せないではなくて、「その記憶が何者かによって意図的に消された」のほうが正しいのかもしれない。
「誰だ、一体誰だ!誰が我らを謀った!誰がハーモスの名を騙って仕掛けた!一体……!!」
「教えて、差してあげましょうか。」
「誰だ!」
影から、一人のメイドが現れた。金色のツインテールをし、赤い目をした小さなメイドが、静かに言いました。
「これも、神様の遊戯の一つに過ぎません。クスクス……」
「神様だと?この世に神は居ない!もう居ない!誰か、このものを捕らえよう!!」
「はっ!」
周りの兵士が剣を抜いて、小さなメイドを捕らえようとした。
「あらあら、あたしのような小さな女の子に剣を向けるんですか……」
そして、小さなメイドは力をちょっとだけ解放して、周りに居るすべての存在の行動を止めた。
「ど、どういうことだ!か、体が、う、動かない……!!」
「体中がびりびりしてる……!?この子、もしかして雷(サンダー)系統の使い手か?しかも、レベルは……!!」
「さてさて、もうすぐここが戦場と化してしまうんだろう。では、失礼いたします。」
「なっ!戦場?どういうことだ!さっさと言え!」
「クスクス……すぐに分かるでしょう。クスクス……」
言い終えたら、小さなメイドは雷光と共に姿を消した。
「どこだ、見つけ出せ!やつを捕らえろ!」
「はっ!エリハイアと共に!」
「報告!!」
「なんだ!簡潔に言え!」
兵士達は、まだそう遠く離れておらぬうちに、伝令兵が入ってきた。
「み、南方面の郊外にて、魔族の大軍を発見!!攻めて来る様子でございます!」
「ど、どういうこと!?なぜじゃ、何ゆえじゃ!我らが何もしておらぬというのに、やつらは何ゆえ攻めて来た!しかも国境を越えた報告もなしに!」
「わ、分かりません!ですが、偵察班によると、やつらからは生気を見られない様子でございます!」
「生気を見られない様子?……ちっ!長距離転移魔法を使ったということか!そこまでしてここを攻めたいということか!!しかし、王宮には結界が張っておる。やつらも簡単に突破できないのだろう。」
「そ、それが……」
「なんじゃ?」
「軍を率いるのが、かの魔将軍グランバールであるため、長くは持たないと予想されております。」
「グランバール直々来るのか……止むを得ない……!!おい、急いで奴に知らせろ!エリハイア存続の危機だと伝えろ!」
「は、はっ!」
「これで多少は耐えるだろう……おい、住民にも魔族が攻めて来たことを知らせて、避難させろ!損害を最小限に留めろ!」
「分かりました、今すぐ!」
「プリスティン……おぬしはどこに消えてしまったのじゃ……しかし、さっきの者が言っていた『神の遊戯』とやらにも、少々引っかかる……調べておく必要が有りそうだ。」
ハイム王も現場から離れ、己の力を駆使して真実を辿ろうとした。
………………
…………
……
「うっ!」
街に入る前からある臭いが漂ってた。硝煙の臭いだけだと思ってたが、城門に近づくとその正体が明らかになった。
そして、その臭いの正体を知ったガキは、吐いてしまわないように口を塞いだ。
「吐かないでくれ、そして現実から背けるな。これは、アンタんとこのグランバールがやったことだ。」
「し、しかし……!」
「しかし、なんだ?この期に及んで、まだ奴の肩を持つの?周りにある魔族の死体を見れば分かるだろ。」
その死体に着けられてる鎧の上には、奴の国の国章。
認めたくはないだろうが、ここは認めてもらうしかない。そして、その罪を償ってもらうしかない。……とはいえ、これは恐らく俺が招いた結果だろ、今更奴を責めるつもりはない。
「ぐっ……はぁ……はぁはぁ……!!」
「!!だ、大丈夫ですか!?」
路地裏から傷だらけの兵士が出てきた。体中大きな傷が見られる。おそらくもう救えないだろう。
それでも、ガキは前へ行った。
「くっ……!!魔族め……!!殺してやる、殺してやる……!!」
「しーー!静かに。今から治療しますので!」
男は剣を握って、ガキに振り落とそうとしたが、俺を治療してたときと同じく呪縛の魔法を掛けられて、動きを止められた。
「ッ!!」
しかし、振り落とす途中で止められた手から剣が落ちて、ガキの足に当たってしまった。
それでもガキは治療に専念した。
「おい、やめろ。」
「静かにしてください、お姉さん!今忙しいのです!」
「おい……やめろだつってんだろうが!」
「やめません。ボクの力が消えぬ限り、ボクはこの人を治療する!」
「こいつ……!!」
またかっとなって、奴を殴ろうとしたが、やめた。
代わりに剣を抜いて、兵士にトドメを刺した。
「グハッ!」
盛大に口から血を吐いた男を見て、俺は心から嬉しく思ってしまった。
それは、奴に解放を与えて嬉しかったという感情ではなく、殺しに対しての嬉しさだった。俺は、殺すことに、少しずつ快楽を覚え始めてしまった……!?
ウソだ、ありえない!仮にでも人族だぞ!しかもかのエリハイア最強の女勇者「エリス=ユーテスティン」の一人娘だぞ!そんな俺が、殺戮に対して快楽を覚えて良いわけねぇだろうが!
「お、お姉さん!なにしてくれるんですか!!」
「どうせ死ぬからさっさと葬っただけだ!つべこべ言わずにさっさとグランバールに会いに行け!」
「どうせ死ぬ?もしかしたらまだ助かるかもしれないでしょ!いくら外見がこうなったとしても、中身さえ壊されて無ければ!」
「うるせぇ!!」
クソが!この、クソガキが!!誰に説教告ってんの!?あぁん!!
腹が立って、あの死体を微塵切りにした。八つ当たり?知るか。俺さえ楽しければいいんだよ!
「あ、あぁ……あああああ!!」
「これからは、俺が救えないと判断したものに対してまた治療をしようとすれば……分かるよな?」
「ぐすっ……」
ふん、ガキが。泣きやがった。
「泣くんじゃねぇ、返事を聞かせろ。」
「……分かったよ、これからは、そうする……」
「良い子だ。」
「だけど、一つ、聞いてもいいんですか?」
「あぁ、答える範囲ならば。」
どうせ「どうやって相手は救えるかどうかを判断するんですか?」とかだろう。ま、適当に答えればいいだろ。
「お姉さんは、本当に人族ですか?」
「ッーー!!」
その瞬間、俺の背筋が立って、心中が怒りに満ちた。そして同時に、自分の生まれにも疑問を持ち始めた。
こいつ……!!俺が一番気にしてることを……!
「残念ながら人族だ。」
「本当ですか?」
「しつけぇぞ。俺の母は『エリス=ユーテスティン』、エリハイアでは最強の女勇者と呼ばれてる者だぞ。俺が人族じゃねぇわけねぇじゃん。そちらこそ、父は魔族なのにずいぶん優しいんじゃねぇか。」
「それは、そうだけど……うーむ……」
「ほら、そろそろ行くぞ。グランバールの野郎は恐らく王宮に居るんだろうから、さっさと歩け。」
「……分かりました。」
移動の途中、腹減ったからちょっと店に寄った。
店の中には当然のように店主は居ない。避難しに出たんだろう。
「アンタも腹減ったんだろ、適当なものとって食べろ。」
「ええ!?よくないよ、盗むのは。」
「盗みじゃねぇ。ここは俺の国、んで、国民のものは王族のもの。つまり、俺が良いって言ってんだから、いい。」
「で、でも……」
ちっ!相変わらずしつけぇな!と思いながら、俺は棚の上に置いてあるものを適当に取って、食べ始めた。
「……」
そんな俺を見て、ガキはまだ躊躇ってる。それもちょっとだけだった。
ぐうう~と、ガキの腹から音が聞こえた。
「ほら、さっさと取れ。」
「うーむ……すみません、店主さん。一つ、頂きますね。」
と、手を合わせて、ガキも適当にパンを取って食った。
奴のやることが全部、魔族らしくない。まるで奴が魔族の血を引いてないように見えてしまうが、外見から見ると一目瞭然。奴は確実に魔族の血を引いてる。
……なのに、俺は……
手のひらを広げて、力を手に展開し、自分の力の紋章を確認した。
似すぎた。
奴の力の紋章と似すぎた。上下が逆だけで、他の部分は全部一緒。言い伝えによると、双子に生まれた者たちの力の紋章は上下が逆になるって。まるで俺と奴が双子みたいな言い伝えだ。
だが、そんなわけは無い。
俺はエリスの一人娘。エリスは息子を産んだこと無いはずだ。
……
ちょっと目を閉じて、休憩しよう。さすがに二日くらい全然眠ってないのは体に来る。
「おい、ガキ。俺はちょっと休憩する。」
「え!?今ですか!?早くグランさんに会いに行くじゃなかったのですか!?」
「あぁ……すまん、ちょっと疲れたんでね。その間、警備を……任せる……」
「うーむ……分かりました、僕にお任せください!」
ふん、頼もしいじゃねぇか。よわっちいくせによぉ……
目を閉じて、ちょっとだけ頭ん中を真っ白にした。そうしたら、すぐに眠りに落ちた。
「お休み、お姉さん。」
と、小さな声が聞こえた。
夢の中で、俺は母と再会した。
いや、それだけではない……ここは、どこだ?隣に居る男は、父だろうか。
「あ~らら、おはよう、プリスティン~」
「おぎゃあ!おぎゃあ!!」
「えー!俺が近づくだけで泣くこともないだろ!?」
「こらこら、――――!あんまりプリスティンに近づくなってあれほど……」
「そ、それはすまなかった……んじゃ、俺はーーーーとちょっと遊ぼうかな~」
「はは!ははは!」
「プリスティンと違って、――――は優しいねぇ~お父ちゃんが近づいても泣かないし。」
「ふふ……ねぇ、――――。」
「なんだい?エリス。」
「私たち、そろそろここに居られなくなるんでしょ?」
「そうだな……そうなったら、家族四人で、一緒に逃げよう。国のこととか気にせずに、どう?」
「それはダメだろ、――――?」
「あら、貴方もいらっしゃってたのですか。」
「お前ら全員居なくなったらこの国、そして隣の国も皆パニクってしまうだろ?常識的に考えろ。」
「そんなこと言われても……」
「なんなら……これでどうかな?」
金髪の男が、俺の父に何かを言ったのかは聞こえない。その前に起きてしまった。
「……えさん……お姉さん!そろそろ起きて!」
「……あぁ、すまん。どれだけ寝たんだ、俺……」
何か、懐かしい夢を見た気がする……?
「大よそ2時間くらいだったのかな?だから、そろそろ行きましょうよ。」
「あぁ、そうだな……」
ダメだ、思い出せない……まぁ、ただの夢だし、大丈夫か。
「では、行くか。」
「王宮に行くんですよね、行きましょう!」
相変わらず元気だな、このクソガキ……
(つづく)
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