第二話=ゆうしゃと師匠

エリハイア王国―ハイム暦36年魔月王日―


「起きた起きた!今日もいい天気ですよ、師匠!」

「ちっ、何がいい天気だ……忌々しい朝め……」

  私の名前はゆうしゃ、どこにも居そうで居なさそうな普通の人族です。そして、さっき朝が忌々しいと言ったのが、私が剣術を教えていただている、私の師匠だ。師匠はどうも朝が苦手らしいので、起きたらいっつもそれを言う。


「ささ、起きて朝食食べるのですよ、師匠。そのあと、昨日の続きをさせて貰いますからね?」

「はーい、まったくゆうしゃ君は相変わらず真面目だね~」

「真面目でもなんでも好きに言ってくださいね。」


  眠そうな瞼をこすって、師匠は眠たげを残しながら言った。

  師匠の着替えをベッドの隅に置いて、カーテンを開けた。

  いつも思うけど、師匠は弟子に着替えを持たせるべきなのか?。ましてや私は男で、師匠は女性。これはちょっとイケナイんじゃないかな?とも思ってる。


「はいはい、着替えればいいでしょ、まったくもう~」

「うわわ、ちょ、ちょっとちょっと師匠!何度も言いましたが、私が居る時に着替えようとしないでください!こっちの身にもなっていただけませんか!」

「あ~らら~?」


服は半脱ぎで、師匠はこちらに近づいてきた。


「な~んだ……アタシみたいなおばさんの裸見てコウフンするの~?ヘ・ン・タ・イ・さん?」

  そして、毎回毎回私を挑発する。

「しません!大体、師匠に欲情するとか、出来るわけないじゃないですか。まったく……」


  やれやれと、首を横に振って、さっさと部屋から出た。

  師匠ももういい年齢になったし、そろそろいい男と結婚すべきだと、母からよく言われる。

  そのいい男ってのは、私じゃあダメですか?って、さすがに言えない。それは、自分に自信がない訳ではなく、好きではないって訳でもなく、他に意中の子が居るからだ。

  その意中の子は、プリスティン様である。

  ふと、昔、城下町で見た姫様のお姿を思い出した。

  私のようなごく普通な男性には眼もくれぬその高貴な姿に、心を強く打たれた。それ以降女子とあんまり接触せずに、鍛錬の日々を過ごした。

  すべては、姫様を護るために。

  姫様に気に入られるためには、先ず、自分の力を鍛えないと。昔、姫様に告白したことある友人に聞いたら「あの姫様は強い人しか目に入れられない!」と嘆いてくれた。まぁそれも仕方がない、こんな時代だ。

  今の世間はひどく荒れている。誰かのせいではなく、どの種族のせいでもなく、この世界自体が争いを求めてるようだ。多発する気象異常、それに伴って資源の枯渇。枯渇し続いてる資源をめぐって、国々が争ってる……

  そして、あの時、世界中の存在たちの脳の中に、直接響いたあの声。

  (各種族の中で一番の強者だけ、私に会うことを許可しよう。)と。あの時、世界中の皆が耳にしたあの言葉を信じてるのは、恐らく私以外いないだろう。あれは神の声だと思うが、周りの人はそれを信じようともしなかった。


「強くなって、世界を救うのだ。」


  そのためにある勇者だ。そしてその勇者になるためにある私、ゆうしゃだ。

  階段を下りて、食卓の前に着いた私は、師匠が来ることを待っていた。

  ……そして十分経過。師匠は食事をしに来ず、足音も聞こえなかった。


「またか……」

  もう一度師匠の部屋に、師匠を起こしに行った。そして、扉を開いたら……

「あいたっ!」

「し、師匠!どうかしましたか!」


  師匠の悲鳴?らしき声を聞いて、急いで扉を開こうとしたが、なかなか開けない……まるで、何かに塞がれたようで……ちょっとしか開けられないから、中の様子が見えない。

  そして次の瞬間、ドスン!と中から大きな音が。


「も、もしや……こうしては居られない!早く、早く師匠を助けないと!」


  その思いが頭を充満して、血迷ったか、剣で扉を切り倒そうと思った。部屋から剣を持って来て、扉を切り、そしてまた、師匠の悲鳴が聞こえた。

「ひぇぇ!こ、殺さないで!」

  おかしい……あの師匠がこんな事を言うはずがない!よっぽどのことがあるのだろう。扉を破って、師匠の部屋へと入ってきた。そして……

「あれ?賊は?」

  部屋内には賊が居ない。さらに、どこにも侵入された痕跡がなかったようだ……そして、師匠は扉に覆われてた。


「ど、どうしたんですか、師匠!」

  ドコドン!扉を急いで退かし、師匠を抱き上げて、怪我を探したが……異様なまでに怪我はなかった。

「こ、今度こそダメなのかと思ったよ……」

「ちょ、し、師匠!?」

「怖かったよぉぉゆうしゃ君!」


  泣きながら、師匠は私に抱きついてきた。取り乱れた師匠、これを見たのは久々だけど……今度はどうしたんだろう。

「どうしたんですか、師匠?」

「あ、あのねあのね?扉開こうとしたら、まさか扉が衝突してきたの!」

「うんうん。うん?」

「びっくりして尻餅付いて、急いで開こうとしたらね?剣が刺さってきたのだよ?こわかったよおおおお!!」

「うんうん、怖かったねー。よしよし……」


  うむ、事情は大体わかった。

  誰かがこの家に侵入してきて、師匠を殺そうとしたんだ。賊は今でもこの家の中に居るはずだ。急いで見つけ出してしばかないとダメだ。

  だが、師匠を一人にしてたら、また賊が来てしまうかもしれない。そしたら今度こそ師匠が死んでしまう……あの剣の達人である「クリア=ブリエンティ」なのに、なんと恥ずかしいこと……突発的なことに滅法弱くて、一度当たったら何かを食べるまでずっとポンコツのままだ。だから今一番重要なのは……

「ささ、朝食はもう出来ている。朝食にしましょう。」

「う、ヒック!うん、わかったよ、ゆうしゃ君。グスン。」

  師匠の頭をなでながら階段を下りて、食卓に着いた。


  朝食のとき、私はさっき起きたことを整理した。

  扉を開こうとしたら扉が衝突してきた……これをあの時、私が扉を開けて、師匠が発したあの声と連結させると……扉と衝突させたのは、私だ。

  それと、剣が刺さったって……あれも多分、私だろう。尻餅付いて急いで扉開こうとしたが、私のほうが早かった。まぁ、私の部屋は真正面にあって、剣も扉のすぐ隣に置いてあったから、師匠が立つ前に、私が剣で扉を破ろうとしたんだ。そのせいで師匠はポンコツ師匠に変わってしまって……

  うむ、すべては私のせいだった!けれど、このことは……師匠には教えないで置こう。さもないと今度は私が殺さないで!を言う番だ。


「うーん!!やっぱりゆうしゃ君が作った飯は美味い!」

「はは……どういたしまして。」

「なんだいなんだい?褒めてあげてるのに、あんまり嬉しくなさそうとは……どうしたの?」

「いや!なんでもない!なんでもない、ははは……」

「???へーんなの!ははっ!モグモグ……」

  とにかくまぁ、運よくそこまで追求してこなくてよかった……

「さてと!さっきアタシを襲った賊を討伐しに行くか。」

「えっ!?ぞ、賊はもう居ないかと……」


  飯を食べ終わった師匠は席からはずして、さっきの「賊」を探そうとしてる。だがまぁ、その賊の正体を知ってるのは私だけでしょう……師匠には嘘をつかなければならないのが、何よりも心を痛む。

「うん?そりゃあどうしてだ?飯の途中で物音しなかったから、出て行ってはないでしょう。だから……」

「いや、た、たぶん転移の魔法でも使ったんじゃないかな?」

「むむ……そうだとしても……」

「ま、まぁまぁ、こうして師匠は生きてるだけでいいじゃないですか。ささ、今日の修行を始めましょうよ。」

「ゆうしゃ君が勤勉なのは有り難いが……」


  師匠が気を静めて、周りの情報を探っているようだ。

「うーむ、近くにはアタシとゆうしゃ君しかいない、こりゃあ賊は居なくなってしまったのかな。」

「でしょでしょ?きっと転移の魔法を使って逃げたんだよ。」

「ちっ、仕方ない……じゃ、食器片付いて修行を始めるか。」

「はい、わかりました!」

  ふー!やっと始められる!幸い師匠は剣の達人だけど、頭の悪さも屈指の実力者だ。この様子だと一生気づくことはないだろう。

  食器を片付いて、今日の修行を始めた。


………………

…………

……


  時間をちょっと遡って、若き魔王と若き姫君の対話に戻そう。

  同日未明、若き姫君と若き魔王はエリハイア領土内のある洞窟に身を隠していた。

「ちっ!よりにもよって、今雨降るのかよ!」

「そ、そんな事を僕に聞いても……」

「アンタには聞いてねぇよ、黙ってろ、ガキが。」

「は、はい……」


  ちっ!雨のせいでびしょびしょじゃねぇか。まったくついてねぇ。

  おまけに、あいつからはなぜか懐かしい力を感じてる。さらにはさっきこいつを攫ってた時についた傷も、ちょっと広まってきた。これはもしかしてやばいかもな……

「あ、あの……」

「あ?なんか文句あんのか?」

「い、いや、そうじゃなくて……」

  あ、あれ?なんであいつが二人になってるの?視界もちょっと……霞んできてる……


「だ、大丈夫!?」

「うるせぇ……俺に触るんじゃ……くっ!」

  ダメだ、意識を保たなくちゃ……こいつを逃がしたら……!

「ねぇ、本当に大丈夫?顔が真っ青ですよ?」

「だ、大丈夫だっつ……!」

  いきなり立って、やつに恫喝しようとしたら、なぜかふらついてしまった。

  まさかとは思うが、追ってきたやつらの矢には毒が入ってるんじゃないで

しょうな!どうしても体をうまく動かせねぇ!

ドスン。と、体を支えられなくて、俺は倒れてしまった。


「!ね、ねぇ!大丈夫?ねぇってば!」


  やべぇ、意識が……

  と思った瞬間。あいつがまさかの行動を取った。

「あ、アンタ、なにしてんの!」

「しっ!静かにして!今治療に集中してるから!」

  あいつが、俺に、治療を?ふざけてる!

「やめろ!アンタなんかに治療されるなら死んだほうがマシだ!」

「……」

  あいつは言葉を返さずに、治療に専念してる。

  なんでだ?俺なんかのために、なんで力を使ってるの?ていうか、この力は、まさか……!

「やめろ!これ以上お前ら魔族の闇で蝕むな!」

「……」

  それでも無言で治療してくれてる。

「やめろっだつってんだろうが!」

「……」

  そう言ってるけど、体が動かない……!あいつが俺に動かせないために呪縛したか。本当、魔族ってロクなやつがいない!

「よし、これで終わったかな。」


「あ、あれ?体が……なんともない?」

  治療が終わって、あいつがかけた呪縛の魔法も解けた。そして、俺はまだ俺で居られてる。

  おかしい……

  あの力は闇ではなく、優しいなにかだった……恐らく光(ライト)系統の力の使い手だろう……でも、魔族なのに?魔族のくせに光!?おかしいだろ!


「アンタ、さっきのはなんだ。」

「うん?ただの治療ですよ?知らないんですか、ヒールの魔法ですよ。」

「それくらい知ってる!」

  剣を抜いて、あいつの首に当てた。

「ヒールの魔法は光系統の存在でなければ使えることはない……で、アンタはただの魔族。そんな事が出来るはずがない!アンタは何者だ!」

「うわわ、や、やめてよお姉さん!僕は、ただ……」


  俯いて、しばらくしたらまた顔を上げた。


「僕はただのハーフですよ、魔族と人族の。だからこの力に恵まれた。」


「ふざけるんじゃねぇぞ?魔王たる者が、ハーフであるわけねぇだろうが!正直に言え!」

「ほ、本当だってば!どうしたら信じてくれるの?」

「ふん。」

  一旦剣を納めて、右手をやつの頭に当てて、ちょっとだけの力を使ってやつの身分を確認した。

  ラルフ=ハーモス。こいつの血の中には俺ら人族の血と、魔族の血が混ざってる。やつが言ってることは間違いなさそうだ。


  まさか、あのじじぃが言ってた「昔のダーリクは人族の女性に恋して、子を孕ませた。」というのは本当だったとは……しかし、なんでそんな忌々しい子供に王の座を譲った。他にもいっぱいいるだろ、ダーリク=ハーモスの血族。


「ど、どうですか?これで信じてくれますか?」

「あぁ、アンタはハーフなのはわかった。でも、なんでそんなアンタが王になれるかが理解できねぇ。」

「そ、それを僕に言っても……僕より優秀な子は他にもっと沢山居るけど、お父様が僕を選んだ理由は、誰もわからないらしくて……」

「ちっ!つっかえねぇな!」

「あいた!」

  カッとなって、やつを蹴った。


  こんなやつが俺を攫おうとしたのが腹立つ。こんなしょうもないクソガキだったとは、正直言って、まだ完全に信じたわけではない。もっとかっこよくて、強い魔族の男性だと思ってた。まさかこんな使えそうにないクソガキだったとは……

「あぁ腹立つ!」

  力を剣の先端に集って、思い切り振った。

「うわわ!あ、危ないじゃないですか!」

「知るか!アンタみたいなクソガキなんかさっさと死んでしまえ!」

「ひ、ひどい!」

  俺に逆らおうと、やつが俺に向かって力を解放しようとした。


「あなたを治療した僕が馬鹿でした。」

「!!」

  あいつの手のひらの中から、力の紋章が湧き出てきた。

「おい、ウソだろ!」

それを見て、俺は絶句した。

こいつが、嘘だろ……!

「ど、どうしました?」

「ちっ!雨ももう止んだし。ガキ!急ぐぞ!」

「急ぐって、どこへ!?」

「俺の家だ!」

「えええ!?って、ま、待ってよ!僕、この辺のことわからないから置いていかないで!」

  二人は走り出した。未知なる未来へと。

  若き魔王は何もわからないまま、ただひたすらに流されているだけだが、若き姫君は「何か」を分かったようだ。

  その「何か」は、彼女二人の運命を大きく揺るがすことを、彼女はまだ知らないまま。


(つづく)

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